BanG Dream!~隣の天才~   作:TRcrant

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第143話 病院での出会い

「それでは、こちらでお待ちください」

「はい」

 

翌日。

僕は看護師に促されて待合室の長椅子に腰かける。

周囲には人の姿もなく、静寂に包まれていた。

 

(はぁ、憂鬱だ)

 

今日はこの間の心臓の病気の経過観察を兼ねた定期診察で病院を訪れていた。

ペースメーカーを埋め込む手術を拒否したことによって、短いスパンでの定期診察と、薬が処方されるという事態になっていた。

本来は、祝日にあたるので病院はお休みだが、救急外来や予約のみの診察は受け付けているので、人気が高い病院だ。

とはいえ、待つときはかなり待つが。

そして、この待ち時間がとても退屈で仕方がないのだ。

ちなみに、今日は義父さん達は来ていない。

何でも華道の集まりに行かなければいけないらしい。

 

(大丈夫かな? ライブ)

 

今日は花女の文化祭当日だ。

本来であれば、万が一に備えて僕も花女でスタンバっておくつもりだったが、病院に行く日と重なってしまったため、それができなくなってしまった。

代わりを頼もうにも、啓介と田中君は雑誌の取材で花女に行くのは難しいらしく、森本さんにお願いすることにした。

森本さんは少し考えこんではいたが、何とか引き受けてくれたのが幸いだった。

それはともかくとして。

 

(今度日菜さんと来ようかな)

 

あまりの退屈さに、そんな危険なことまで考えはじめていた。

まあ、彼女が一緒にいれば退屈な待ち時間もあっという間に感じるだろうが、それによって被る僕の疲労は半端な

 

くなるのは言うまでもないだろう。

 

「……飲み物でも買ってくるか」

 

そんな危険な思考を振り払うべく、僕はぽつりとつぶやくと自販機のある場所に移動するのであった。

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、お茶といえば『ヤッホーお茶』に限るね」

 

自販機で販売されていた緑茶飲料の代表と言っても過言ではない銘柄を購入した僕は、早速それを一口飲む。

お茶の甘くなく、されとて程よい苦みが口に中に広がる。

 

「さてと、気分転換もできたことだし、待合室に……ん?」

 

戻ろうかと思った僕は、視界の片隅に走っていく誰かの姿が見えた。

 

「今のって……山吹さん?」

 

それが僕にはなぜか山吹さんに見えた。

 

(とりあえず、あとを追いかけるか)

 

もし人違いならそのまま立ち去ればいいだけなので、確認するべく僕もその人物が走り去って行ったほうに駆けだした。

 

 

 

 

 

しばらく走ると中庭と思わしき開けた場所に出た。

その先には僕の勘違いなどではなく、山吹さんの姿があった。

今日は文化祭当日。

本来であれば、彼女は学校にいるはずだ。

それなのに、ここにいる。

その理由は、考えるまでもなかった。

 

「山吹さん」

「……っ。美竹君? どうしてここに……」

 

後ろから、しかも予想だにしていない人物から声をかけられたことに驚いた山吹さんは、警戒した様子で尋ねてくる。

 

「ちょっと野暮用でね。そういう山吹さんは千紘さんの付き添いといった様子かな」

「……うん」

 

やはり、というよりそうでもなければ山吹さんはここには来ないだろう。

山吹さんの母親……千紘さんは昔から体が弱いらしく、良く貧血などで倒れたりしてしまうらしい。

本来であれば大人しくしていないといけないのに、本人の性格からか、頑張りすぎてしまうようだというのは、昔父さんから聞いた話だ。

 

「今朝、立ち眩みみたいのを起こしてたんだ」

「そうか……」

 

僕はそれ以上何も言わなかった。

 

「ところで、ライブ。行かなくていいの?」

 

その問いは、間違いなく地雷を踏むことになるが、それでも僕は聞かなければいけなかったものだ。

 

「……香澄たちから聞いたの? それなら、私は」

 

僕から顔をそらして、山吹さんはそれ以上口にはしなかったが、その先に続く言葉が何なのかは簡単に想像がつい

た。

 

「山吹さんがドラムを止めたのは千紘さんのことが心配だから……でしょ? まあ、他にもこまごまとしたものが

あるみたいだけど」

「……母さんが倒れた時、私はお祭りでライブを――「知ってるよ」――え?」

 

山吹さんの口から語られたのは、僕が知っている出来事だった。

知っていると告げた僕の言葉に、山吹さんは驚きに満ちた表情で僕のほうへと振り返る。

僕たちの間に沈黙が流れる。

聞えるのは時々吹く、心地よい風の音といった自然の音だけだ。

 

「何で……」

「ちょっと、昔話をしようか」

 

どうして知っているのか、と疑問を口にしようとする彼女の言葉を遮るように、僕は静かに口を開く。

それは、彼女が、バンドを止めるきっかけとなった事件のさわりの部分。

どういうわけか、巻き込まれた事件の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは忘れもしない一年前。

夏祭りなど、夏恒例のお祭りが開かれる季節のことだ。

 

(オーディションでは、どの曲を演奏したほうがいいか……)

 

当時、事務所に所属するためのオーディションを受ける準備のため色々と動き回っていた時期でもあった。

準備と言っても、どの曲を演奏するのかというごく初歩的なものだが。

それでもかなり重大な内容であったりもするわけだ。

演奏できる曲はいろいろあるが、どの曲にも長所と短所……特徴が存在する。

このオーディションで演奏するのにふさわしい曲を決めるのは、現時点での最重要課題でもあった。

 

(こりゃ一回みんなに確認でも取ったほうがいいか)

 

「ん?」

 

一度楽曲候補のリストでもみんなに渡そうかと考えていたところで、着信を伝えるように携帯が鳴り響く。

相手を確認すると、発信者は中井さんだった。

 

(なんだろう?)

 

「もしもし」

 

突然の中井さんからの連絡に、首を傾げつつも僕は電話に出た。

電話口から、祭囃子のような音が聞こえてくる。

 

『突然、すみません。ちょっとお願いしたいことがあってご連絡いたしました』

 

電話口から聞えてきたのは、中井さんの物ではない何者かの慌てた様子の声だった。

 

「……あなたは誰です?」

 

声色から女性の物と思われるその人物に、僕は警戒を強める。

 

『私は、海野夏希と申します。実は、この携帯の持ち主の方が倒れてしまって』

「っ!? 場所はどこですかっ!」

 

電話口の海野夏希と名乗った女性の話に、僕は思わず声を荒げてしまった。

 

『え、えっと場所は―――』

 

女性から場所を教えてもらった僕は、そこから離れないよう告げて電話を切ると急いで、彼女たちがいるであろう場所に向かった。




アンケートの開催期間ですが、次章までとなりました。
詳細は次章で改めてお知らせいたします。

とは言いましても、まだまだこの章は続くわけですが(汗)

読みたい話はどれ?

  • 1:『昼と夜のChange記録』
  • 2:『6人目の天文部員』
  • 3:『イヴの”ブシドー”な仲良し大作戦』
  • 4:『追想、幻の初ライブ』
  • 5:一つと言わず全部

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