「中井さんっ」
女性から言われた場所は、何らかのお祭り会場に臨時で作られた救護スペースだった。
そこにはパイプ椅子の上に寝かされている中井さんの姿があった。
見たところ、けがなどはしていない様子で、おそらくは寝ているだけのようだ。
そんな彼女の傍に、付き添う形で立っていた黒い長髪の少女と、黒のツインテールのような髪形の少女、そして栗色の髪の少女の三人の姿があった。
「あの、あなたがさっきの電話の―――」
「ええ。早速で申し訳ないが、どういうことなのか、納得のいく説明を頼めます?」
栗色の髪の少女の問いかけに答えながらも、僕は彼女に聞き返す。
その僕の言い方がきつかったのか、それとも表情が怖かったのか、三人は一歩後ろに下がる。
「その、実は―――」
そして、彼女の話を、僕は真剣に聞く。
「なるほど。つまりは、本来出るはずのドラマーが会場を抜け出し……そのことでどうしようか悩んでいたところ
に、彼女が現れヘルプを買って出た……これで相違はないですね?」
「は、はい」
簡単に言ってしまえば、なんとも言えないことなのだが今日の催しでドラムをやるはずのメンバーが、何らかの理由でステージを抜け出してしまったのが、そもそもの発端だ。
欠けてしまったドラムのメンバーをどうするか悩んでいたところに、ちょうど通りかかっていた中井さんが『何かお悩みですか?』と声をかけてきたとのこと。
少女たちが事情を説明すると、中井さんは自らヘルプでメンバーとしてドラムを演奏すると言い出した。
最初は彼女たちも遠慮していたが、もう時間がないこと、そして中井さんが意思を曲げようとしなかったことから、ヘルプをお願いした。
その結果、演奏を終えた瞬間に中井さんが倒れてしまったらしい。
何とかしなければと慌てた彼女たちは、中井さんの持ち物である携帯の履歴から、僕のほうに電話をかけて今に至る。
「正直に言うと、君たちの主張を信じる材料はどこにもない。彼女もこの様子ですからね」
僕の言葉に、彼女たちは怯えたような表情を浮かべて息をのむ。
中井さんは寝息を立てていることから眠っているとは思うが、どういうわけか起きる気配がない。
「そもそも、その抜け出したメンバーとは誰でしょう? ステージに穴をあけるようなことをしたことだけでも許しがたいのに、人を巻き込んだことがなお許せません。そのメンバーの名前を教えていただけますか?」
「え……でも……」
「言ってください。そうでなければ、今の話は全て嘘で、意図的に彼女をこのような感じにしたと解釈し、私がどうなろうとも、徹底的に出るとこ出て責任をとっていただきます。どっちがいいですか?」
仲間をかばっているのか、抜け出したメンバーの名前を言おうとしない彼女たちに、僕は殺気を込めて問いただす。
これからオーディションを受けるという大事なこの時期に、仲間を傷つけられたのだ。
怒らない者などどこにもいないはずだ。
「山吹……沙綾です」
「ナツ!」
しばらく重苦しい沈黙が流れる中、栗色の髪の少女が絞り出すように告げたのは、僕がよく知る人物の名前だった。
「……申し訳ない。もう一度名前を言ってもらえます?」
「山吹沙綾です」
彼女の名前を口にしたことで咎めるように名前を呼ぶ黒い髪の少女をしり目に、僕は思わず頭を抱えたくなった。
(もし、この三人の話が本当だとすると……もしかしなくても千紘さん関連かな)
山吹さんが慌ててステージを抜け出すとすればそのくらいしか思いつかなかった。
千紘さんは体が弱いという話も聞いていたのが、さらに確証を持たせる要因でもあった。
「……わかりました。とりあえず、あなた達の言うことを信じましょう」
こちらの知る人物の名前を口にしたのだから、相手も彼女のことを知っているはずだ。
ならば、あらぬ疑いをかけておく必要もない。
完全に信じたわけではないが、ある程度は信じるようにしたのだ。
「とりあえず、彼女が目を覚ましたら、話を聞いて事実関係をはっきりさせます。その連絡のために、1人でいい
ので名前と電話番号を教えてほしいんですが」
「それじゃ、私ので。名前は―――」
栗色の髪の少女……海野さんの電話番号を聞き出した僕は、教えてもらったばかりの番号に電話をかける。
すると、海野さんが慌てて携帯を取り出したのを確認して、僕は通話を切る。
「申し訳ないですが、番号を確かめさせてもらいました。とりあえず、連絡をしてくれてありがとうございます」
僕はそこで初めて彼女たちにお礼の言葉を口にした。
「あ、いえ。私たちが原因ですから……すみません」
さっきまでは、幼馴染でもあり仲間が倒れたということを知らされて気が動転していたが、落ち着いてみれば彼女たちは悪い人間には見えなかった。
(僕も、もう少し慎重になったほうがいいよね)
いくらなんでも最初から犯人のような扱いは問題がありすぎだったと、僕は心の中で反省する。
「あの!」
そんな僕の考えを遮るように、海野さんが口を開く。
「どうして、いきなり私たちのことを信じてくれたんですか?」
「……」
真剣な面持ちでされた海野さんの問いかけに、僕は答えるべきかどうか悩んだが、答えることにした。
「お互いの共通の知り合いの名前が出たから。それ以上でも、以下でもないですよ」
もっと言うなれば、山吹さんの知り合いでそうそう悪い人はいないという理由でもあるのだが。
「え?」
「遅れたけど、僕の名前は美竹一樹。よろしく」
目を真ったかせている海野さんに、僕は今更だが自分の名前を告げる。
「あ、はい。よろしくお願いします」
「よろしくついでに、一つ頼みたいことがあるんだけど、いいですか?」
「頼みたいこと、ですか?」
今までの僕たちのやり取り上、仕方がないが頼みたいことという単語に、海野さんたちは顔をこわばらせた。
「このことを彼女……山吹さんには内緒にしてほしいんです。もしこのことを知れば自分を責めるでしょうから」
よく、山吹さんと僕と似ているとからかわれたことがある。
僕的にはありえないという一言に尽きるが、万が一のことを考えてこのことを内緒にさせておいたほうがいい。
もし僕だったら、かなり責任を感じて思いつめるだろうから。
「わかりました……ありがとうございます。沙綾の為に」
海野さんのお礼の言葉を受け取った僕は三人にここは僕に任せるように言って帰らせると、中井さんを背負って自宅に送っていくことにした。
女性一人くらいは背負っていけると思っていたのだが
「……どうするよ? これ」
ある事実を知った僕は、その場に立ち尽くしていた。
それは、彼女の持ち物らしき、たくさんの紙袋の数々だった。
後に本人から聞いたところ、この日はショッピングセンターでセールをやっていたので買い物をしてきたのだとか。
色々目移りした結果が大量の紙袋の数々ということのようだ。
いくら何でも、背負った状態でたくさんの荷物を持つのは不可能に近い。
「あれ? 裕美ちゃん」
「え?」
どうしたものかと悩んでいたところに、中井さんの名前を呼ぶ女性が現れた。
その人物こそ、中井さんの先輩の牛込ゆりさんだった。
これが、僕とゆり先輩の出会いだった。
尤も、
「貴方、私の後輩を連れて行ってどうするつもり?」
誘拐犯に間違われるという出会い方だったが。
無事に誤解を解いたのちに、彼女を自宅まで送り届け、後日目を覚ました中井さんから事の経緯を聞いて、海野さんの話と間違いがないことを確かめることができた。
そして、海野さんにも連絡を入れ改めて尋問のような対応をしたことを謝った。
彼女とはそれっきりで終わったと思ったのだが、12月に入ったところで、海野さんから留守電が入っていたのだ。
内容は、山吹さんが何の理由も言わずにバンドを止めたというものだった。
次回で文化祭編は終わり、次の話になります。
……アンケートを実施中のあらすじに、登場人物をわかりやすくさせようかなと考えていたりします。
読みたい話はどれ?
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1:『昼と夜のChange記録』
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2:『6人目の天文部員』
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3:『イヴの”ブシドー”な仲良し大作戦』
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4:『追想、幻の初ライブ』
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5:一つと言わず全部