「おはようござ……います」
練習の次の日、芸能事務所のミーティングルームに足を踏み入れた僕は、その光景に一瞬固まりそうになったが、すぐに正気に戻ると、開いている席に腰かける。
「それでは、そろったようですので、早速ですが始めさせていただきます」
今日は僕が最後だったようで、僕が席に腰かけたのを確認した相原さんは、静かに説明を始める。
「本日お集まりいただいたのは、Moonlight GloryとNeoテック社とのコラボ企画の依頼があったためです」
「コラボ……ですか」
相原さんの説明に、あまりぱっと来ない僕たちの言葉を代弁する湯に田中君が相槌を打つ。
(そもそもNeoテックって何?)
あまりに聞きなれない会社名に、僕の頭の中は、はてなマークでいっぱいだ。
「詳細は、Neoテック社の広報部の方からご説明いたします」
そう言うと相原さんは壁際に腰かけている、スーツを着た短めの黒髪の男性を促す。
「ご紹介にあずかりました。Neoテック社広報部長の渡部と申します。本日はどうぞよろしくお願いします」
『よろしくお願いします』
”渡部”と名乗った男性は、挨拶を終えると僕たちに資料を配布していく。
「今お配りしました資料をご覧になりながら、お聞きください」
渡部さんに言われるがまま、僕は表紙に『コラボ企画説明用資料』と明記されたそれに目を通す。
「わが社『Neoテック社』は、主にオンラインゲームを開発・運営している会社です」
(オンラインゲーム……なんだかタイムリーな単語が出てきたな)
ちょうど先日、リサさんたちとの話で出てきた単語なだけに、作為めいたものを感じてしまった。
「現在、弊社が力を入れている主力のタイトルが『Neo Fantasy Online』……通称NFOとなります。プレイヤーの皆様に支えられまして、おかげさまでもう間もなく、リリースから1周年を迎えることとなりました。それを受けまして、弊社では現在1周年記念のイベントを企画しております。こちらのタイトルと、Moonlight Gloryの皆様とコラボをさせていただきたいと思います」
「えっと、具体的にはどのような内容でしょうか?」
僕の問いかけに、渡部さんは資料のほうを見るよう促しつつ、コラボ内容について話し始めた。
「コラボ内容としましては本タイトルのテーマソングを1,2曲ほど作っていただきたいと思います。そしてNFO内でコラボイベントとしましてイベントのボスとゲーム内のアイテム案を皆様にはお考えいただきたいと思います」
どうやら、今回のコラボはNFOのテーマソングの作曲とボスなどのアイデアを出すことらしい。
ただ、ここで一つの問題が生じる。
「よろしいですか? 私たちは申し訳ないのですが、本作については素人同然です。そのような状態でゲーム内のアイデアをまとめろとおっしゃられましても……」
田中君は言葉を濁したが、間違いなく無茶というものだ。
僕たちは、NFOについて何も知っていないのだから。
「そう思いまして、もう一つの企画をご用意しております」
その問いかけを待っていましたといわんばかりに口を開いた渡部さんは、いったんそこで言葉を区切るとを一つ咳ばらいをしてから、再び口を開く。
「本日から、Moonlight Gloryの皆様に、本作NFOの世界観を知っていただきたく為に、実際にプレイしていただきたいと思います」
『………えぇ~~っ!?』
さすがにその方向性までは予想していなかっただけに、驚きもまた大きかった。
(もしかして、ここにいるカメラって、そういう意味か)
ミーティングルームに入った際に一番最初に目に留まった複数の業務用のカメラの存在に、僕はこの時ようやっとその理由を知ることができた。
そして渡部さんが取り出したのは一つのノートパソコンだった。
「こちらのパソコンにはNFOがインストールされております。こちらのパソコンを使って、新規登録の方法をご説明します」
そして、渡部さんから丁寧なレッスンを受け、今回のミーティングは終了となった。
「さてと、始めますか」
自宅に帰った僕は、夕食までの時間を利用して、早速NFOの新規登録を始めることにした。
「何とかインストールできてよかった」
少し前にDTMをやるために買ったノートパソコンに、何とかNFOのプログラムをインストールすることができたのは幸いだった。
調べてみるとノートパソコンはデスクトップパソコンに比べて、オンラインゲームなどにおいて処理速度が追い付かないことがあるらしい。
一応、一番いいスペックのパソコンを買ったので大丈夫だとは思うが不安がないといえば嘘になる。
「えっと、まずはキャラクター名だったっけ」
ゲーム上での架空の名前を付けるのだが、こういうのはあまり得意ではない。
「『KAZU』でいいや」
よって、数十秒で名前の一部をとった名前になった。
その下には職業の選択がある。
吟遊詩人は主にパーティーメンバーに対してのステータスのアップなどのスキルが使えたりすることができるらしい。
ヒーラーは、パーティーメンバーに対して回復などの治癒魔法を得意とする職業らしい。
ウィザードはその名の通り魔法を使った攻撃などをメインにしている職業。
ネクロマンサーは防御力が低い代わりに、攻撃力が高いのが特徴の職業らしい。
そして、タンクは大きな盾を使い、パーティーメンバーを敵の攻撃から守ることができるのが特徴の職業らしい。
(これは悩むな)
ざっと見ただけでも二桁にも及ぶ職業の数に、僕は首をかしげる。
(バーサーカーはないしな)
敵の攻撃一撃で体力が大幅に削られる代わりに、凄まじい攻撃力を誇る職業だが、初心者が選ぶには無謀だろう。
「よし! ここはウィザードにしよう」
僕はそう言い切ると職業の選択を終えた。
こうして僕は見事、自分のキャラクターを、ゲームに登録することに成功したのだ。
「夕食までまだ一時間くらい時間があるし、軽くプレイしてみようかな」
時計を見ると、夕食の時刻までまだ一時間以上はあった。
一度このゲームがどういうのかを体験しておくのも悪くないと思った僕は、NFOを始めるのであった。
今にして思えば、この時の選択が僕の今後を変える大きな分岐点だったのかもしれない。
会社名などは架空の物です。
というよりNFOの職業などの設定の資料が少ないので、これで間違っていないかという不安があったりします(汗)
もし間違いなどがありましたら、お知らせいただけると幸いです。
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1:『昼と夜のChange記録』
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2:『6人目の天文部員』
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3:『イヴの”ブシドー”な仲良し大作戦』
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4:『追想、幻の初ライブ』
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5:一つと言わず全部