そして、今回はすごく短めです。
(変だ)
肌寒い12月に入った頃、俺は心の中で考える。
一樹の様子が最近おかしいのだ。
例えば、朝の通学路で、くだらない話をしていた時のこと。
「それで、一樹はどう思う?」
「………」
森本さんに意見を聞かれた一樹は、何も答えずに、前を見て歩いていた。
「一樹?」
「え? 何?」
「いや、だからさ――」
森本さんがもう一度名前を呼んで、ようやく気が付いて、同じ話を一樹にする。
それがこの日だけではなく、毎日のようにあるのだ。
何か考え事でもしているのかと思い、俺が聞いても”何でもない”と答えるだけだった。
学園でも同じ感じのようで、俺は嫌な予感しかしなかった。
「ストップだ!」
この日、バンドの練習をしていたが、途中で聡志がストップをかけた。
その理由はもう明白だった。
「一樹、またギターが遅れてる」
「ごめん」
「最近どうしたの? なんだか、おかしいよ」
一樹の異変に、中井さんたちが心配そうな表情を浮かべていた。
そんな俺たちと、一樹は後ろめたいことがあるのか、視線を合わせようとはしなかった。
「ごめん。今日の練習はこれで終わりにさせてくれないかな。ちょっと一人で考えたいことがあるから」
「何があったのか話し――「明美、帰るぞ」――……わかったよ」
なおも食い下がる森本さんに、聡志はそう告げて帰り支度を促す。
そして、それは俺にも同じだった。
何も言わないが、無言で支度をしろと言っていた。
俺たちは、なんとも言えない不安を覚えながら、一樹の家を後にする。
「一体どうしたんだい? 一樹は」
「わかんねえ。こんな感覚初めてだ」
「今まで、何となくわかってたもんね。お互いの考えていること」
俺が前に感じた不思議な感覚を、中井さんたちも感じ始めていた。
「あ、雲が……」
空を見ると、先ほどまでオレンジ色の光に包まれていた空に、うっすらと雲がかかり始めていた。
「これは雨でも降りそうだね」
「雨か……嫌な予感がすんな」
空を見ていた聡志の言葉は、俺の中にある不安を一気に増させるのに十分なものだった。
(本格的に降り出したな)
家に帰るのと同時に降り出した雨に、俺は窓から外を見ながらつぶやく。
「……」
練習が思った以上に早く終わったため、まだ夕飯には時間がある。
(考えてても仕方がない。一回一樹に話を聞きに行こう)
俺はこの不安を解消するべく、傘を手に家を出た。
俺の家は一樹の家から歩いて10分ほどの場所にある。
少し速足で雨の中を歩いていると、途中の小さなころによくみんなで遊んだ公園に、傘もささずに立つ人影があった。
(もしかして……)
「一……樹?」
まさかと思い近寄りながらかけた俺の声に、その人影はゆっくりと反応して、こちらに振り返った。
「一樹……おまえ」
一樹の表情を見た時、俺は何も言えなくなった。
一樹の表情は、怒りでも悲しみにでも、楽しさでもない表情を浮かべていたのだ。
雨で髪が皮膚に張り付いているその姿が、さらに不気味さを増させる。
「この間……」
「え?」
突然話し始める一樹に、俺はうまく言葉が出ない。
「この間さ、電話があったんだ。僕の叔父にあたる人から」
(それって、美竹さんのこと?)
電話口で美竹さんが”連絡を取ってみます”と言っていたが、本当に取っていたのかと、俺は思っていた。
「会って話がしたいって言うから行ったら、養子になれって言われて」
(なるほど、そのほうが家族のような感じでいいもんな)
「でも、僕はそんなのは嫌だ」
「え? ど、どうして?」
一樹の口から出た衝撃的な言葉に、俺は慌ててその理由を聞く。
「だって……だって、何もかもがなかったことになるんだよっ? 父さんたちのことも、みんなとの今までのことも全部、全部っ」
雨の音でかき消されているにもかかわらず、俺の耳に聞えたその声は、心からの悲鳴だった。
「断ったよ。でも、『現実を見ろ、このままでやっていけるのか?』って言われて。何も言い返せなくて……それでこう言われたんだ」
一樹はそこで空を仰いで言葉を区切り、顔を俺のほうに戻すと
「『友達が君を心配している。安心させてやったらどうだ』って」
「っ!?」
まるで、頭をハンマーでたたかれたような衝撃だった。
「だから、受け入れたんだ。中学を卒業してからっていう条件をのんでもらってね」
「か、一樹。俺はそんなつもりで」
俺は、こんな形で助けることを望んではいなかった。
一樹が幸せになる、その一心で。
「それでね。僕いっぱい考えたんだ。皆に心配かけちゃったけど。いっぱいいっぱい」
「やめ……ろ」
俺には、一樹が何を言おうとしているのか、なんとなくではあるが察してしまった。
でも、それを受け入れたくはなかった。
嘘であってほしかった。
「それで、決めたんだ」
その時の一樹の表情は、何かが吹っ切れたような表情で、
「バンド、やめよう」
そして、
「『HYPER-PROMINENCE』は、次のライブで解散するって」
悲しげだった。
『”孤独とは森の中ではなく、人の中にある”。この言葉をよく頭に刻むんだ』
一樹が事故にあった時の父さんの言葉。
俺は、何も理解していなかった。
その結果がこれだ。
自己満足で動いた挙句に、俺は一樹の人生すべてを破壊してしまった。
もうどうしようもない。
俺が何かをしようとしたところで、手の施しようはない。
もはや、俺たちの運命は決まってしまったのだ。
それから先のことは何も覚えていない。
だが、このことだけははっきり言える。
俺は、大きな償え切れない罪を犯したんだ、と。
次回から視点が一樹になります。