「ねえ、一樹君」
バンドの練習の休憩中、気分を入れ替えるべく外の空気を吸いにスタジオの外に出ていた僕のもとに、リサさんが声をかけてくる。
「何?」
「どうして友希那と紗夜にあんなことを言ったの?」
「あんなこと?」
真剣な表情で聞いてくるリサさんに、僕はあえてとぼけた風に答える。
「『逃げる』だとか、『レベルが下』だとか、あれじゃまるで――「あの二人を煽ってるみたい……とか?」――そうそう。普段の一樹君だったらああいうことは言わないと思ってさ」
(まあ、言わないわけじゃないけどね)
基本的に相手から喧嘩を吹っかけるか、何らかの目的さえなければ、あのような言動はしない。
気づかないうちにしている場合はともかくとして、不用意にそれをしたところで何の得もないのが明白だからだ。
「あの二人のことだから、どうせレベルが見合わないとか言って拒否してきそうなのは分かってた」
隠すほどのことでもないので、僕はあの言動の理由をリサさんに話す。
「ああいうタイプは、基本的に煽りに弱いところがあるから、露骨に煽っておけば後は向こうが勝手にこっちの思った通りの展開にしてくれる。そう思ったからああいう風に言ったまで」
「なるほど~……って、やっぱりワザとだったんじゃん!!」
幼馴染を嵌めたからか、リサさんは少し不機嫌そうに頬を膨らませるのを見て、僕は頬を掻きながら。
「別に、湊さんたちに危害を加えるためにしたわけじゃないんだから、勘弁してほしいんだけど」
「それはわかるんだけど、ただ複雑なだけっ」
リサさんのことでわかってきたのは、彼女を怒らせると長引くということだったりもする。
というより、それはどう考えてもよろしくない状況だ。
出来ればこの手は使いたくはなかったが、しょうがないので僕はあるカードを切ることにした。
「わかったわかった。二人にはあとでタイミングを見てちゃんと謝る。それでいい?」
「……だったらいいけど」
謝るというのは、二人に対して今回の計画のネタバラシをするようなものだ。
そんなことをすれば、もう二度とこの手は使えなくなる。
(誇りを持つのは悪いことじゃない。ないけど、それにこだわりすぎるのは視野を狭めるんだよね)
視野が狭ばれれば、彼女たちのステップアップにつながるであろう可能性がある道も閉ざされることになる。
(まあ、そこら辺は追々彼女たちにわからせていけばいいか)
渋々ではあるが納得した様子のリサさんを見ながら、僕は心の中でそう呟くのであった。
それから数日後、僕は近くの本屋に立ち寄っていた。
目的はもちろん、とある本を手にするためだ。
(えっと……あった)
本屋内で目的の本を探すこと数分。
ようやく僕は目的の本を見つけることができた。
それは、文庫でも漫画でも参考書でもない。
タイトルは『特装版 Neo Fantasy Online攻略ガイド』だ。
ゲームが人気な為か、又はそれ以外の要素のためかはわからないが、残り一冊という奇跡的な状態で見つけることができた。
「「あっ」」
その本に手を伸ばそうとしたとき、本の前で誰かの手とぶつかってしまった。
「す、すみません」
「い、いえこちらこそすみません。何も見てな……って一樹さん!?」
何かの漫画のベタなワンシーンのような感じの出来事の相手は僕の顔を見て驚きをあらわにする。
「あこさん?」
対する僕は、驚き半分やっぱりという気持ちが半分で彼女の名前を口にする。
同じ本を買おうとしていたのは、あこさんだったのだ。
「どうして一樹さんがこの本を……あ、もしかしてこのゲームやってるんですか!?」
「まあね、ちょっとした成り行きで」
普通は成り立たないであろう、本を買おうとしている=そのゲームをやっているという公式を成り立たせてしまうのが、攻略本というものだ。
「あこさんも、この本を買いに?」
「はい! NFOの公式のお知らせを見て楽しみで発売されるのを待ってたんです! この本はですね、あと少しで1周年を迎える記念に制作された本で、数日後に始まるコラボイベントの攻略とかいろいろな特典が詰め込まれたNFOファンだったら喉から手が出るほど欲しい本なんです!!」
この本を手に取ろうとしている時点でわかりきったことを聞いてみたところ、凄まじいぐらいの熱弁があこさんから返ってきた。
「………」
「あ、すみません。このゲームが好きなので、つい」
「いや、全然かまわないよ」
その熱意に目を瞬かせていると、引いたと勘違いしたあこさんが謝ってきたので、僕はそれに首を横に振りながら応える。
「でも、この本高いけど、買える?」
「う゛っ!?」
特装版と銘打つだけあって値段もかなり張る。
特装版の内容は、通常版でも付いている僕たちの作曲やゲームのデモプレイ映像を収めた映像特典のDVD(もしくはBD)に加え、コラボ楽曲をゲーム用に収録したバージョンおよびフルバージョンで収録されたCDとPVのようなものの映像がセットになったアルバムという豪勢な内容になっている。
そのお値段、なんと1万2千円。
いくら何でも高すぎだとは思うが、こればかりは先方の都合なのでどうにもならない。
(まあ、通常版でもコラボ楽曲のゲームバージョンを収録したCDがついてるみたいだからいいけど)
「ちょっと待っててくれる?」
「は、はい」
僕は本を片手にレジに向かい、会計を済ませた。
(お給料が入ったばかりなのに)
ここで万を超える出費は少し痛いが、気にしないことにしつつ、僕は紙袋で包装された本を手にあこさんの元に戻ると、彼女にそれを差し出す。
「はい」
「え?」
最初何が起こったのかわからなかった様子で僕と紙袋を交互に見たあこさんだが、
「この本、あこさんに譲るよ」
僕のその言葉で、意味を理解したようで、目を白黒させ始めた。
「そ、そそそんなっ。だって、これは……」
「僕は本の内容をチェックしたかっただけだから。こういうのは本当に欲しい人の手に渡るべき。だから、これはあこさんに」
本来であれば買う予定などなかったのだが『美竹君、明日発売される本、もちろん買うわよね?』という某元子役の圧を感じるようなメールによって買うことになったものだ。
”自分への取材でどのように雑誌に掲載されたのかを確認するべく、取材された雑誌はちゃんとチェックしておくべき”ということらしい。
「で、でもそれだと一樹さんが……」
「いいっていいって、本だけならいくらでも探せばあるだろうから」
本当はそう思っていない。
ここに来るまでの情報で、通常版はどこも売り切れ、特装版も残りわずかという状態とのことだ。
通常版の雑誌が定価の5倍、特装版に至っては10~50倍の値段で転売されているという噂まである。
でも、せっかくこの本を純粋に欲しいと思っている知り合いが目の前にいるのだ。
そのようなことを気にするのは違うと思うのだ。
「ありがとうございます。あこ、いつか一樹さんがびっくりするようなお返しをしますね!」
「うん、楽しみにしてるよ」
とりあえず本は受け取ってもらえたのでよかった。
どういうお返しを用意してくるのかが少し気になるけど。
そんなわけで、僕たちは本屋を後にする。
「そういえば、一樹さんってHNは何にしてるんですか?」
「え゛!?」
あこさんのごく普通の問いかけに、今度は僕が変な声を上げてしまった。
「今度一緒にあこと一緒に冒険しましょう! あ、あこは『聖堕天使あこ姫』っていうんです。かっこいいですよね!」
「そ、そうだね」
(やっぱりあれはあこさんだったのか)
とわかりきったことを心の中で呟く。
「もしかして、白金さんもやっていたりする?」
「はい! りんりんもやってますよ! ウィザードでチャットがものすごく速くていつもあこを助けてくれるんですっ!」
恐る恐るといった感じの僕の問いかけに、あこさんは興奮気味に答えるが、その内容はやっぱりというか予想通りのものだった。
(それじゃ、僕があの時一緒にプレイしていた相手は白金さんとあこさんだったのか)
とりあえず、断定できたとはいえ、問題なのは僕のHNを言うべきか否かだ。
普通ならHNを伝えてしまえばいいのだが、問題は白金さんだ。
一度だけとはいえ同じゲーム、同じクエストをしたのだから、明かせば多少は会話ができるようになるかもしれない。
だが、本当にそれでいいのだろうか?
まるで物で人を釣るような行為をするのが、汚いことのようにも思えるのだ。
(とはいえ、このまま黙っているわけにもいかないし)
現にあこさんが寂しげな表情でこちらを見ているし。
「あの、もしかしてHN言うのが嫌だったりしますか?」
「そんなことはないよ。僕のHNはただ自分の名前をローマ字にしただけだよ」
そして僕は言ってしまった。
「一樹さんの名前をローマ字に……あぁっ!?」
抽象的ではあったが、あこさんには十分すぎるほどピンポイントの答えだった。
「もしかして、この間の”KAZU”さんって」
「僕のこと。ひねりのないあれでごめんね」
我ながら、もう少しひねりのあるものにすればよかったと思う。
まあ、多分あれが限界だったとは思うけど。
「すごいです! あこ達、一樹さんと一緒に冒険してたんですねっ。また一緒にクエストやりましょう!」
「もちろん喜んで。ただ、一つだけお願いしていい?」
「はい! 何でも言ってください!」
彼女の言葉を聞いて、僕はそのお願い事を告げる。
「白金さんには、僕のことは言わないでもらいたいんだ」
「え……どうしてですかっ? りんりんも驚くとは思いますけど、嫌がったりは――――」
「そういうことじゃないんだ。ただ、自分から正体を明かすのは僕的にはやらないほうがいいと持ってるんだ」
「でも、多分すぐにりんりん気づくと思うますよ? だって、リンリンもこの本予約してましたから」
それは百も承知だ。
特典映像を見れば、あの時のHNの人物が僕であることなどすぐにわかるはずだ。
それでも
「それでも、僕は言いたくはないんだ。彼女がその真実を知るまでは、ね」
「一樹さん……」
しばらくの間、僕のことを見ているその目に込められた感情は、寂しさなのかそれとも別の何かなのか。
「わかりました! あこ、りんりんにはこのこと隠しますね」
「すまない」
それでも、あこさんは頷いてくれた。
こうして、その日はあこさんと別れて帰路につくのであった。
ちなみに、これは余談だが
「美竹君!」
「はい!?」
スタジオに入るなり、いきなり僕を呼ぶ声に思わず背筋を正してしまった。
それが怒鳴っているからというわけではなく、その声を発したのが、白金さんだったからだ。
「あの、美竹君ってNFOやってますか?」
その問いに、僕は悟った。
彼女も気づいたのだということを。
いくら特装版でも万を超えるのは高すぎだなと思う今日この頃です。
読みたい話はどれ?
-
1:『昼と夜のChange記録』
-
2:『6人目の天文部員』
-
3:『イヴの”ブシドー”な仲良し大作戦』
-
4:『追想、幻の初ライブ』
-
5:一つと言わず全部