「そういえばさ」
スーパーやけ食いセットを食べ終え、一息ついていた中、何かを思い出したようにリサさんが口を開いた。
「一樹君がこの間言っていた『観客が私達に求めていることは何か』っていう課題だけど、結局答えは何なの?」
「あー、そういえばそんな課題出してたっけ」
「出してたっけって……自分で出しておいて忘れないでほしいわ」
呆れたような目でこちらを見てくる皆に、僕は頬を掻きながら謝る。
僕としては、どちらかというと経験値云々のほうを彼女たちにわかってほしいという気持ちが強かったので、もう一つの方には気が回っていなかったのだ。
言うなれば、ついでみたいなものだ。
「答えなんて至極単純で、考えること自体がばかばかしい答えだけど、言ってしまえば”そのバンドの音”何だよね」
「音?」
「そう。ステージの上は決闘の場。敵は観客でも、参加しているほかのバンドでもなく自分自身。観客が求めるのは完璧な演奏なんかではない。そのような演奏が良ければロボットとか機械がやればいいだけの話」
前半はともかくとして、後半はパスパレの皆にも説明していることだ。
ステージというのは自分との決闘場のようなもの、いつ何時も戦う相手は自分自身の限界という相手なのだ。
「観客は僕たちから見れば素人のような存在。でも、感受性は豊かだ。なんとなくでも”良い・悪い”という感想を持つ時点で観客たちもまた、僕たちと同じプロなんだ。だからこそ、おごらず侮らず、持てる技術すべてを駆使して、全力で演奏をすることこそが観客たちに対する礼儀であり、それをしないような者たちにはステージの上に立つ資格はない」
『………』
一通り話したところで、全員の顔を見ると、みんな驚いている様子だった。
「まあ、これは父さんからの受け売りだけどね。当時は意味もよく理解してなかったし」
それを見ていると、少しだけ恥ずかしい気持ちが芽生えた僕はちょっとだけ、彼女たちから視線を逸らしながら付け加えた。
「美竹君の父親って、ミュージシャンだったりするかしら?」
湊さんの疑問も、当然だ。
このような言葉を言うのは、自分自身も同じミュージシャンであることと同義なのだ。
「……さあ、わからない」
でも、僕の答えはどっちつかずの物だ。
「とてもいいお父様ね。今度ぜひお話を伺ってみたいわ」
湊さんの柔らかい笑みに、僕は彼女には失礼だと思いながらも、そういう表情ができるんだと思っていた。
今まで、彼女のそういった表情おみていなかったから、尚更驚きが大きかった。
「あはは、ありがとう」
自分の親をほめられてうれしくない子供なんていない。
例外はあるだろうけど、それでも僕には嬉しかった。
それでも、湊さんの要望には応えることはできない。
(もう、この世にはいないもん)
なぜなら、僕にミュージシャンのイロハを叩き込んだ父さんはもうこの世にはいないから。
そして、僕は父さんの正体を薄々ではあるが勘づいている。
(まあ、言う必要もない、か)
何もかもが今更だ。
あえて言って場の雰囲気を悪くすることもない。
それでも
「……」
事情を知っている紗夜さんに、つらい表情を浮かべさせてしまったことが、僕にとっては罪悪感を抱かせるのに十分だった。
「本当に、良いの?」
「良いったら良いの」
帰り道、申し訳なさそうに何度も聞いてくるリサさんに、僕は何度目かの答えを返す。
「今回のライブのお詫びみたいなものだと思って」
「でも……全部払ってもらうのは……」
白金さんも申し訳なさそうな表情で食い下がってくる。
その理由は、ファミレスでの『スーパーやけ食いセット』6人分の代金を僕がすべて支払ったからだ。
お詫びという理由は本当だし、他意はない。
とはいえ、これでまたお小遣いがピンチになったけど。
結局この後、湊さんが止めてくれたおかげで、この話はお開きになった。
そして、この後の自宅での夕食で腕によりをかけて作ったという”カツ丼”を食べることになったのは余談だ。
こうして、反省会は幕を閉じるのであった。
それからしばらくしたある日。
僕は一人でSPACEを訪れていた。
理由は下見だ。
(ここが閉店になるだなんて、今年一番の衝撃ニュースだよ)
つい数日前にライブをした場所が閉店になるという知らせを聞いた時は、驚きを隠せなかった。
ちなみに、この情報はゆり先輩から中井さん経由に伝えられたものだ。
それによれば、次回のライブをもって閉店にするらしい。
「あれ、美竹先輩?」
「戸山さんに山吹さんたちも。あなた達もここのオーディションに?」
SPACEに足を踏み入れた僕に声をかけてきたのは戸山さんらPoppin'Partyのメンバーたちだった。
ここはガールズバンドの聖地。
だとすれば、彼女たちがここにいる理由も推測しやすい。
だが、彼女たちの表情はどこかすぐれない。
「受けようとしたんだけど、断られちゃったんですよ~」
「……どういうこと?」
若干ショックを受けた様子の戸山さんの言葉に、僕は無意識的に身構えてしまう。
彼女たちが断られた理由によっては、僕のプランがとん挫する可能性だってあるのだ。
「実は……」
理由を探ろうとした僕に山吹さんが放してくれた内容は、簡単にまとめると先日落ちたオーディションを今日受けに来たところ、『足りてない』と言われて断られたというものだった。
「なんというネバーギブアップ精神」
昨日の今日でもう一度受けようとする彼女たちのその精神は、ある意味尊敬に値する。
嫌味ではなく、まじめに。
「ねえ、美竹先輩は何が『足りない』と思います?」
「……演奏を聞いたわけじゃないから、答えを出しかねる」
そう答えた瞬間、待合スペースに音楽が鳴り響きだす。
見ると、天井の角のほうに取り付けられたモニターにはライブ会場のステージの様子が写し出されていた。
そこに映っていたのは、山吹さんの一件で知り合った海野さんたちだった。
彼女たちの演奏はうまいというわけでもなく、色々とミスが目立っていた。
やがて、演奏が終わる。
この後は審査員でもあるオーナーの合否判定だろう。
演奏技術で見れば普通であれば、彼女たちの結果は聞くまでもない。
だが
『はい! 今、私たちができることはすべて!』
審査員であるオーナーが彼女たちに何かを聞いたのか、力強く答えた彼女たちに、オーナーが下したジャッジは、声こそ聞えなかったが、モニターに映し出される彼女たちの喜びようから合格であることはすぐにわかった。
「合格だって!」
「マジか……」
「すごいっ!」
「あはは、とうとうナツたちに先を越されちゃったか~」
合格という結果に、立ち上がっていた彼女たちは、自分のことのように喜ぶものもいれば驚きを隠せない者がいたりと様々な反応だった。
「……一体何が違ってたんだろう? 曲? それとも、オーナーの問いに大きな声で答ええたこと?」
そんな時、花園さんが漏らした言葉に、再び重苦しい雰囲気に包まれようとしていた。
「なるほど。そういうことか」
だが、僕にはなんとなくではあるが、答えのようなものがわかったような気がした。
確証はないが、もし僕の予想が正しければRoseliaが合格になるのは間違いないだろう。
(下見としては十分な情報も得られたし、ここは帰るとするか)
「あの、何かわかったんですか!?」
「ヒント! ヒントだけでもいいので教えてください!」
「お願いします!!」
不用意につぶやいた僕の一言に反応した、戸山さんたちが一斉に頼み込んできた。
(答えを言うのは簡単だけど……彼女たちのことを考えるのであれば)
答えを言ってしまえば、そこまでだ。
彼女たちの成長を止めてしまう可能性もある。
それを避けるのであれば
「よく考えてみること。以上」
僕に言えるのはそれだけしかなかった。
「え……」
期待していたものと違っていたのか、呆然とした様子でこちらを見ている彼女たちに背を向けて、僕はSPACEを後にする。
(これ以上は言えないよ。”考えて出したのが正解だ”なんて)
学業などとは違って、音楽の世界に正解というものはない。
あるのは”最適解”のみだ。
だからこそ、バンド内で考えて出した結論が答えになるのだ。
それが、どんなに的外れなものだったとしても。
(頑張れ、Poppin'Party)
僕は心の中で、彼女たちにエールを送りながら、Roseliaの練習を見るべくスタジオに向かうのであった。
ここから、原作の最終話に向けての話になります。
9/11
矛盾する内容が含まれていたため加筆修正を行いました。
読みたい話はどれ?
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1:『昼と夜のChange記録』
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2:『6人目の天文部員』
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3:『イヴの”ブシドー”な仲良し大作戦』
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4:『追想、幻の初ライブ』
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5:一つと言わず全部