それからさらに数日が経過したある日の夕方。
僕は、一度自宅に戻って私服に着替えると自転車である場所に向かっていた。
(今日が集まりの日だったのを忘れるなんてっ)
少し前にAfterglowで発生した空中分解の危機を乗り越えて以降、蘭も少しずつ華道と向き合うようになっていた。
そんな彼女と兄妹で話し合いを行い、色々なことを決めていたりもする。
例えば、家元の後継者は蘭が担い、僕はその補佐をするといったものだ。
どう取り繕っても、僕は養子だ。
後継者は養子ではない蘭が担うべきことなのだ。
僕は別に、肩書や地位が欲しいわけではないのだ。
当然、蘭は猛反対してきたが、最終的には保留ということで決着がついた。
蘭はとても頑固なので、彼女の考えを変えるのは中々にして骨が折れる。
そして、もう一つが華道の集まりだ。
最初のころは二人で一緒に出ていたが、集まりに来ていた人の『まるで夫婦みたいだね』という冷やかしによってNGとなった。
今は蘭と僕が交互に出るという決まりになっている。
そして、これが災いしたのだ。
実は、この日は元々蘭が出る予定の集まりだったのだ。
だが、バンドの用事ができてしまい行くことができなくなった為、蘭から僕が出る人交換してほしいと相談を受けたのが数週間前のこと。
僕も特に予定がなかったので二つ返事で了承したが、ついうっかりそのことを忘れてしまっていた。
携帯のスケジュール帳を見なければ、大遅刻をすることになっていただろう。
かくいうわけで、急いでいるわけだが、実際問題として、そんなに時間がひっ迫しているというわけではない。
だからとはいえゆっくり行くのもあれなので、少し急いでいたりする。
(あれ、山吹さんにりみさんだ)
少し走ったところで、前のほうを歩いている山吹さんたちの姿を見かけた僕は、立ち話をする程度には時間に余裕ができたこともあって声をかけることにした。
「山吹さん!」
「あれ、美竹君。どうしたの?」
声をかけると不思議そうな表情で聞かれる。
確かに、この時間に私服で自転車に乗っているのは滅多にない。
それこそ本当に急いでいるか、少し遠い場所に出かけるくらいしか。
「ちょっと家の集まりでね。そういう三人は練習?」
「まあ、そんなところ」
あれから頑張ってるんだなと、僕は一人感心していると、花園さんが一歩前に……僕のほうに近づいて、じーっと見つめ始めた。
「ジー」
……しかも本当に声に出しながら。
「花園さん?」
「おたえちゃん? どうしたの」
そんな彼女の奇妙な行動に、りみさんが不思議そうに話しかける。
「へ?」
そんな時、いきなり僕の腕をつかんだ彼女は、
「一緒に来て!」
と言い放った。
「美竹先輩に、私たちの演奏を聞いてアドバイスがほしいんです」
花園さんの言葉も一理ある。
誰かにアドバイスを求めるのは悪いことではない。
「えっと、花園さん……今日はちょっと」
だが、流石に今日は分が悪い。
立ち話程度であれば時間に余裕はあるが、さすがに練習を見るのとなると話はまた違ってくる。
「そうだよ。一樹先輩、用事があるって」
「ダメ、ですか?」
断ろうとする僕に花園さんは悲しげな表情を浮かべて食い下がってきた。
(そういうのはズルい)
そのような表情をされると、どうしても断りづらくなってしまう。
「……わかった、わかりました! ただし一曲だけだからね」
本人がそれを知っているのかどうかは別として、僕はとうとう折れてしまった。
「ありがとうございます」
「「ありがとうございます!」」
こうして僕は、急遽Poppin'Partyの練習を見ることになるのであった。
「ただいまー」
「ごめんね、クリームあんみつ売り切れてた」
最初に山吹さんたちが練習場所でもある蔵に入る。
(こういう練習場所があるのはいいよね)
僕たちも昔は家の地下に練習用のスタジオがあった。
今となっては、遠い思い出の中の物ではあるが、僕にとって、あそこでの出来事は忘れられない思い出なのは間違いない。
(絶対に取り戻して見せる。思い出の場所を)
僕は自分に言い聞かせるように、心の中でつぶやく。
「その代わり、最強の助っ人連れてきた」
「助っ人? 誰だよ」
中から訝しむような市ヶ谷さんの声が聞こえる。
「最強っていうのはちょっと違うと思う。どうもお邪魔してます」
「「美竹先輩!?」」
まさか来るはずがない僕がいるのだから、その驚きはさぞかしすさまじいものだろう。
「ちょうど通りかかったから、演奏を聞いてアドバイスをもらおうと思って連れてきた」
「あまり時間が取れないから、一曲だけどね」
ものすごく強引だったけどね、と心の中でつぶやく。
「忙しいのにありがとうございます」
「お礼はいいよ。それよりも、早速で悪いけど演奏のほう聴かせてもらえる?」
僕は急かすように言うと、蔵の中に案内される。
(一曲聴いてコメントを言って走って行けばギリギリか)
唯一の幸いは、ここが集会場がある場所と同じ方面であることくらいだろう。
おかげで少しだけ余裕ができたのだ。
そんなわけで、通された場所はこの間彼女たちライブである『クライブ』の会場になった場所だ。
全員は手早く楽器のセッティングを済ませると、こちらのほうに向きなおる。
「それじゃ、一曲お願い」
「はい! 聞いてください!『前へススメ』!」
こうして、彼女たちの演奏が始まった。
(なんだ、これは)
流れ始める旋律は、僕の頭の中をかき乱し始める。
ギターの音は外しまくっているし、ボーカルの音程もちぐはぐ。
キーボードはミスタッチが目立つし、ドラムのほうもリズムキープがうまくできていない。
それは、ある種の不協和音だった。
(それに、この感じ……)
そして、音を聞いていた僕は、さらなる問題に気づく。
(この感覚、つぐの時と同じ)
それは、前に一度Afterglowの演奏を聞かせてもらった時に感じたのと同様のものだった。
(この音は……戸山さんか)
そして、その音を発しているのが戸山さんであることも、僕は突き止めた。
そこで、演奏は終わる。
「どうでしたか?」
「……逆に聞きたい。この演奏をどういう風に思っているのかを」
こちらに意見を促す戸山さんに、僕は逆に聞き返した。
「え……」
僕のまさかの問いかけに、戸山さんは口を開いたまま固まってしまう。
「……単刀直入に言おう。評価するにも値しない」
『っ!?』
僕が彼女たちに告げた評価は残酷なものだった。
「全パートにおいて音程がめちゃくちゃだしバラバラ。キーボードはミスタッチが多い。リズム隊はリズムキープが全くできていない。はっきり言って、あんたたちのはただの不協和音だ」
結成してからの期間を考慮すれば、評価は変わるが、音楽は結果がすべて。
過程部分は評価の対象にもならないのだ。
「一つアドバイスをするのであれば、演奏中に見る場所を改めること」
「え? 見る場所?」
僕の出したアドバイスに、戸山さんたちは分からないのか首をかしげる。
彼女たちの一番の問題は、演奏中に観客であるこちらを見ていなければいけないのに、自分のことしか見ていないことだ。
ライブ中、自分のことしか見ていなければ、それが音として観客に伝わる。
それは、ただの独りよがりの演奏でしかない。
前を向いていれば、自ずと観客たちものってくれるというのが僕の持論でもある。
無論、前を向くというのは比喩であるが。
だが、それ以上の問題をこのバンドは抱えていた。
「それ以前に、一回音楽から離れて休むことをお勧めする」
「ど、どういう意味ですか?!」
「今練習しないと、オーディションが……」
僕のアドバイスに、りみさんや戸山さんたちが異論を唱えてくる。
それもそうだろう。
大事なオーディションを控えた人に、”休め”というのは普通は言わない。
「僕の記憶違いでなければ、オーディションはあと2回ある。次の1回をあえてスルーして休養に充て、最後のオーディションにすべてを託すというのも手だよ」
あえて無理して次のオーディションを受ける必要はないという意味を込めた僕の言葉。
「でも――――」
「もちろん、無視するのならそれはそれで構わない」
それでもなお食い下がる戸山さんの言葉を遮るように、僕は口を開いた。
「ただ、もし次のオーディションに出るのであれば」
僕はそこまで言うと、棒立ちになっている戸山さんの前まで移動して、それを口にする。
「あんた、死ぬよ」
「っ!?!?」
その言葉に、戸山さんはこれまで以上に動揺していた。
「悪いけど、もう時間がないから、お暇させてもらう」
本当であれば、もう少しいい言い方があったかもしれないが、時間的な猶予があまりない状況下ではこれが限界だった。
僕は手早く帰り支度を済ませると
「賢明な判断を期待してるよ」
とだけ言って、唖然としている彼女たちをしり目に、蔵を後にするのであった。
外に出ると、きれいな夕焼け色の空に、雲が広がり始めていた。
(こりゃ、近いうちに雨でも降るかな)
その雲を見た僕は、どこか胸騒ぎのようなものを感じずにはいられなかった。
そして、それが現実のものになるのは少し後のことだった。
読みたい話はどれ?
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1:『昼と夜のChange記録』
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2:『6人目の天文部員』
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3:『イヴの”ブシドー”な仲良し大作戦』
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4:『追想、幻の初ライブ』
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5:一つと言わず全部