第161話です。
(絶対に見抜かれてるな。ありゃ)
僕が彼女に言った理由は、あくまで建前。
本当は、面と向かってそういうことを言うのが恥ずかしかったからという、なんとも情けない理由だ。
(でも、これで実証できた)
データは不足しているが、僕の仮説は彼女たちのおかげで立証することができた。
僕は、携帯を取り出すとメール画面を開く。
あて先は啓介たちMoonlight Gloryのメンバー全員。
件名は『今後の方針について』だ。
僕たちの今後の方針についての指示や提案を行う際に使うこの件名は、二文字入力しただけで予測変換に出てくるほど打ち込んだ件名だ。
このメールを最後に出したのは数か月ほど前。
それ以降はずっと停滞が続いていたが、今日でようやく新たな一歩を踏み出せる。
内容は、彼女たちへの手紙に書いたのと同じ文面、『心を込めて弾け』だ。
(それにしても、あれは不思議な感覚だった)
思い出すのは先ほどの彼女たちの演奏だ。
一見すれば、普通に演奏しているだけにも見えるそれが、僕の脳裏にある懐かしい光景を思い起こさせる。
それは僕たちが小さいころにやったライブだ。
どのくらい前かはわからないが、地下の練習スタジオで開いた小さな小さなライブ。
当時の僕たちの演奏技術は非常に低く、聞くに堪えない不協和音。
その時演奏したオリジナルの曲は、初心者であるという概念をすべて無視した代物で、今の僕からすればお蔵入り間違いなしの物だ。
だがそのライブで僕はいろいろなことに気づかされ、そして学ぶことができた。
言うなれば、あれが僕たちにとって本当の初ライブでもあり、そしてすべての原点となるライブだった。
もっといえば、あれが”C”の曲の原点でもあるわけだが。
(あの時、観客に父さんたち以外にもいたような気が……)
思い出そうとするものの、うまく思い出すことができない。
(まあ、いつかは思い出すか)
そう結論付けた僕は、そこで考えるのをやめる。
何時か思い出せればいいなと思いつつ、僕は帰路につくのであった。
それから数日後の放課後。
「ほら、早くいこーよ!」
「わかったから、落ち着いてって」
僕は日菜さんに引っ張られるようにしてSPACEに向かっていた。
目的はもちろん、最後のライブを見るためだ。
(一応今日はテスト返却の日なんだけどね)
この日は、すべての学生にとってある意味憂鬱な日でもあるテストの返却日だ。
テストという地獄を乗り越えてほっとしたところに繰り出されるトドメの一撃は、えげつない代物だ。
もっとも、その限りでない人たちも一部に入るわけで
「早くしないとおねーちゃんたちの演奏が終わっちゃうよ!」
「いや、いくらなんでもそれはないから」
普通に歩いて行っても開演時間には十分余裕をもって行くことができる。
どこかのクラゲが好きな知人のような方向音痴であるのなら話は別だが。
ちなみに、僕はともかく日菜さんは余裕で学年一位の成績を収めることができた。
僕はおそらく二位か三位だろう。
ちなみに、先ほどメールで追試になったという連絡が啓介から来たということを付け加えておこう。
彼には田中君のスパルタ勉強会という運命が待ち受けているが、この際それはどうでもいいだろう。
そんなわけで、僕たちはSPACEに到着すると慣れた仕草でチケット代を支払うと、ライブ会場に向かった。
『Roseliaです。早速だけど、一曲聴いて頂戴。”LOUDE”!』
ライブが始まってしばらくして訪れた彼女たちの番。
最初の曲はロック調の曲だった。
(この曲調……なるほど)
それは、僕の記憶が間違っていなければ湊さんの父親が前にやっていた曲の感じと似ているような気がした。
おそらくは、父親からこの曲を渡されたのだろう。
(相変わらずいい演奏をする。さすがはRoseliaといったところか)
「わぁ……」
僕の感想を証明するように、日菜さんは目を輝かせてステージを見続けていた。
その様子はまるで、遊園地でやっているショーを楽しんでいる小さな子供のような感じだった。
そして、彼女たちの演奏も終わりGlitter*greenの番も終わって、残すはPoppin'Partyの演奏のみとなった。
『ポピパ、ピポパ、ポピパパピポパ!』
(な、なんだ?)
そんな時、ステージ袖のほうから聞こえてきた謎の掛け声のようなものに、僕は目を瞬かせる。
「あははっ。ねえねえ、面白いね! 今のって掛け声だよねっ」
「……だと思う。たぶん」
日菜さんやほかの観客の人たちには好評だったが、僕はどちらかというと驚きのほうが強い。
「いいなー。パスパレでも掛け声とかできないかな……そうだ! 彩ちゃんにお願いしてみようっと」
(あー、丸山さん……ドンマイ)
僕は心の中で丸山さんに同情の言葉を送った。
多分そう遠くない将来に、やらされるなという予感を僕は感じていた。
ちなみに、それからしばらく後に本当に掛け声ができることになるのだが、それはまた別の機会に話したいと思う。
それはともかく、ついに、彼女たちがステージ上に姿を現す。
おそらくは手作りであろうお揃いのステージ衣装を身に纏った彼女たちは
『皆さん、初めましてっ。私たちは、Poppin'Partyです!』
戸山さんのMCに合わせるように彼女たちは声をそろえてバンド名を口にする。
その直後観客たちの声援が彼女たちにかけられる。
『私たちは結成してまだ三か月です!』
戸山さんの言うとおり、彼女たちは結成して三か月でこのステージに立てるようになったのだ。
それは才能があるからという一言で片づけられるものではない。
『私たちは香澄ちゃんに誘われたんです』
『無理やりだけどな』
『うん、あれは……ねぇ』
『えぇっ!?』
彼女たちのやり取りを聞いているだけでも十分に伝わってくる。
ここまで来れた理由、それは
(絆……か)
彼女たちの友情ともいえるそれが、音楽のほうで相乗効果として発揮されたのだろう。
『聴いてください! ”夢見るsunflower”』
そして始まった彼女たちの演奏は、おそらくこの場にいる観客たちの記憶に残るであろう素晴らしいものだった。
こうして、SPACEでの最後のライブは終わりを迎えるのであった。
「おねーちゃん、カッコよかったなー」
「そうだね。中々良い感じだった」
ライブも終わり、興奮冷めやらぬ様子の日菜さんに、僕は相槌を打ちつつあのライブのことを思い起こす。
Glitter*greenも含めて、RoseliaとPoppin'Partyは素晴らしい演奏をしていた。
(また一つ成長したな)
彼女たちの成長が、僕には嬉しく感じられる。
Roseliaはライバルではなく、同じ道を歩む”仲間”だ。
悔しがる必要もない。
とはいえ、僕たちですらいまだに目標点に到達できていないのだから、日々精進あるのなのは同じなのだが。
「一君、今日はおねーちゃんたちと反省会するの?」
「いや、今日のライブの反省会は後日にするらしいから、今日はこのまま帰ると思う」
日が伸びたとはいえ、少しずつ暗くなりつつある外の景色を見ながら日菜さんに答える。
「じゃあさ、一緒に帰ろ?」
「……そうだな。帰るか」
リサさんの感じからすると、日菜さんがライブを見に来ることを紗夜さんはあまり快くは思っていない節がある。
少し前までのような感じではないものの、もし日菜さんがここにいるのが見つかれば怒られるのは確実だ、
……おそらく僕も一緒にだけど。
「悪いが返るのは氷川一人だけだ」
「え?」
突然僕達の会話に割り込むように話しかけてきたのは田中君たちだった。
啓介以外の背中には自分の楽器があることから、おそらくは練習が絵里と思われた。
ただ、皆の表情から、ただならぬ何かを感じ取っていた僕は、自然と気を引き締める。
「ごめんなさいね、日菜。私たち、この後予定があるからさ」
「むー……ま、いいやっ。じゃあね、一君!」
あえて軽く謝る森本さんに、日菜は恨めしそうな表情でこちらを見てきたものの、すぐに笑顔を浮かべて言うと、そのまま足早にSPACEを去って行った。
「……で、一体どういうこと?」
「オーディションだよ」
僕の疑問に答えた田中君の言葉は、少しだけ不安を抱かせるのには十分だった。
気が付けば、本作を投稿し始めてから一年が経ちました。
おかげさまでお気に入り件数も500を突破し、作者として非常に感謝の極みでございます。
これからもさらに皆様に楽しんでいただけるよう、頑張っていく所存です。
そして、次回でついに本章は完結となります。
次回は明日投稿の予定ですので、楽しみにしていただけると幸いです。
*追記*
誤って修正前の話を投稿しておりました。
現時点で正しいタイプの話に差し替えております。
大変ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。
読みたい話はどれ?
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1:『昼と夜のChange記録』
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2:『6人目の天文部員』
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3:『イヴの”ブシドー”な仲良し大作戦』
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4:『追想、幻の初ライブ』
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5:一つと言わず全部