セミの鳴き声がうるさいくらいになり響く夏の日の放課後。
僕は柄にもなく、一人屋上で黄昏ていた。
(SPACEが閉店するという一件以来色々あったな)
振り返るのは、少し前に開催された『ガールズバンドパーティー』だ。
ライブハウス『CiRCLE』で開催されたライブイベントで大盛況で終えることができた。
このイベントでは、スタッフが足りないという理由で、僕も手伝いに繰り出されたのだが、色々と大変だったのは言うまでもない。
とはいえ、このイベントのおかげで、バンド同士のつながりなどが増えたのは最高の収穫だと思う。
つながりが増えれば増えるほど、様々な事態の対応策を見つけやすくなるなどのメリットも大きい。
(ん?)
そんな時、ふと誰かがここに来る気配を感じた僕は、無意識的にドアから死角になる壁のほうに隠れた。
(って、どうしてわざわざ隠れてるんだ?)
屋上への立ち入りは禁じられてはいないので、僕がいたところで問題はないはず。
変な疑いを持たれてもあれなので、元居たとこに行こうかとも思ったが、ドアが開く音が時間切れだということを告げていた。
(しょうがない。ここは隠れておくか)
こうなってしまったら、隠れたままのほうが良いので、僕はそのままその場に留まることにした。
やってきたのは、聞える声から、女子学生数名ほどと思われる。
「で、あの女どうすんのさ?」
「ほんっとー、チョームカつくんですけど」
声が大きいのか、割と近くで話しているのかはわからないが、聞えてくる話の内容はあまりいいものではなかった。
「ちょっと、テレビに出たからってえらそーに」
(テレビ?)
女子学生が出した単語に、僕はふとある人物のことを思い浮かべた。
「ってかさ、雛は雛だしく、ピヨピヨ泣いてろよっての」
「ぎゃははは! マジウケるっ」
(やっぱりか)
話に上がっているのは、やはり日菜さんのようだ。
少し前にも、同様の陰口を聞いたことがあるので、まさかとは思ったが当たってしまうと複雑な気持ちになる。
(ちょっと、リスクはあるが)
僕は話している人物の顔を見るべく、壁からそっと顔をのぞかせると、そこにはこの間パスパレの一件の時に陰口をたたいていた細目で橙色のロン毛の女子学生たちの姿があった。
「いっそのことさ、階段から突き落としちゃう?」
「えー、やめときなって。あいつのファンとかに仕返しされちゃうんじゃない?」
「だったら、あいつと一緒にいるあの腰ぎんちゃくな根暗野郎に罪を着せてやればいいんだよ」
「それいーっ!」
(こりゃ、かなりエスカレートしてるな)
この学園には”反日菜グループ”(僕命名)なるものが存在している。
主なメンバーは細目で橙色のロン毛の女子学生らを中心として、数十名にも及ぶ規模だ。
日菜さんに言われた手前、放っておいたが、ここまでエスカレートしたとなると、放っておくのは難しい。
もっとも、その腰ぎんちゃくな根暗野郎というのが誰なのかによっては、ただでは済ませないというのは確定だけど。
(こうなったら、マツさんが見つけた”爆弾”でも、投下するか)
そんなことを考えていると、何かを察知したのか、彼女たちは屋上を後にする。
(どうしたものか)
僕が抱えている爆弾は、間違いなく彼女たちの人生をめちゃくちゃにすることができる代物だ。
だが、変に投下すれば宣戦布告となり、面倒ごとが起こる可能性も高い。
(やはり、ここは静観……しかないか)
結局のところ、僕は何もできずにいる。
(不甲斐ないな)
そう心の中でつぶやきながら、僕は屋上を後にするのであった。
BanG Dream!~隣の天才~ 第4部『留学の始まり』
物事、何事も始まりは唐突にという。
(とはいっても、今回のは唐突すぎだろ)
僕は目の前にある学園を前に心の中でツッコみを入れるのであった。
すべての始まりは数日前の昼休みのこと。
「美竹!」
「……何か?」
僕を呼び止めたのは、たぶん同じクラスの風紀委員だったような気がする男子学生だった。
(名前、何だっけ?)
あまり興味もなかったので、名前を憶えていないのが仇となってしまった。
名前をきこうにも、たぶん相手を傷つけることになりそうなので、それもできそうにない。
「ちょうどいいところにいた。実は頼みたいことがあるんだ」
そんな僕の心境など全く知る由もない男子学生は、ほっと安心した様子でこちらに近づいてくる。
「頼みたいこと?」
名前のことは置いとくとして、頼みたいことの内容が気になった僕は、詳しく話を聞いてみることにした。
「ああ。実はな、来週から風紀委員交流会があるんだよ」
「風紀委員交流会?」
聞きなれる単語に、僕はオウム返しに男子学生に聞き返した。
「簡単に言ってしまえば、近くの学園と交換留学の形で風紀委員のメンバーが少しの間通いながら、お互いの学園の風紀活動について話し合ったりして交流を深めるってやつなんだ」
「……面倒そう」
思わず本音を呟いてしまった。
だが、本当に面倒そうだった。
「そう! ほんと面倒だ! 学園生の間であいさつはさせられるわ、授業も受けさせられるわ―――」
僕の言葉がトリガーだったようで、男子学生から次々と不満が口に出されていく。
「最悪なことに、今年は俺が交流メンバーになっちまったんだ」
そこで一度話を区切ると、男子学生は僕の両肩をつかんで、
「それで、頼みがあるんだ。俺の代わりに留学してくれっ!!!」
とお願いしてきた。
(まあ、いいか)
面倒そうではあるが、他の学園に通うというのはある意味好都合。
何せ、違う環境で勉強をすることができるのだ。
そういう環境を味わえば、ここでん過ごし方もいろいろと感じ方が変わるはずだ。
「別に構わないよ」
「そうか! いやー助かったよ」
僕の返事に、男子学生は心の底からほっとした様子でお礼を言ってくる。
よほど、行きたくなかったようだ。
「先生には、俺から話しておくから、安心してくれ」
「それはいいんだけど……その留学先ってどこ?」
先生への連絡などはどうでもいいが、どこに行くのかが問題だ。
あまり変な場所にはいきたくないというのが一番の理由だが。
「おー、すまんすまん。場所は『花咲川女子学園』だ」
「…………」
男子学生の口にした学園の名前に、僕は時間が停まったような錯覚を覚えた。
(よりによって花女かよ……)
そんな僕の沈黙を、何かと勘違いしたのか、真顔で男子学生はこう忠告してきた。
「女子高だからって、羽目外すと、風紀の鬼につるされるから気を付けろよ?」
と。