「えっと……確かこの辺だったはず」
「あ、一樹君こっちこっち!」
中庭で、友人の姿を探していると、僕を呼ぶ声がした。
その声のほうを見ると、声の主……中井さんが手を振って場所を知らせていた。
「いきなりごめん」
向こうにしてみれば、突然の乱入者のような僕を受け入れてくれる中井さんと花音さんには感謝しかない。
「大丈夫大丈夫。なんとなくこうなるのわかってたし」
「うん。それにまたこうやって一緒にお昼を食べるのって懐かしいね」
笑みを浮かべながら言う中井さんに続いて、花音さんも嬉しそうな表情を浮かべていた。
「確かにそうだね。中学以来だから本当に久しぶりだね。まあ、あの時とは色々と変わったところもあるけどね」
思えば、恵まれた中学時代を過ごしていたんだなと思いつつ、僕は視線を彼女たちの後ろのほうに向ける。
「こんにちはっ、美竹先輩!」
「ばかっ! 声がでかいんだよ! ……ご、ごきげんよう先輩」
「あはは……こんにちは、一樹先輩」
そこには、仲良く五人そろっているPoppin'Partyのメンバーの姿があった。
(そうだよな。ここには彼女たちがいたっけ)
忘れているわけではないが、改めて思い出してみると、色々やばそうな雰囲気はあった。
……主に『世界を笑顔にするバンド』のボーカルとか。
「……なぜ?」
「あれからなんだかんだ会ったら仲良くなっちゃって」
「時々だけど、お昼は一緒に食べてるんだよ」
僕の疑問に、苦笑しながら応える中井さんと、花音さんに、僕は改めてCiRCLEで開催したライブイベンド『ガールズバンドパーティー』はとても意味のあるものだったのだと感じることができた。
「ふふ。先輩、立ってないでどうぞ座ってください」
「それじゃ、お言葉に甘えて」
くすくすと笑いながら促してくる山吹さんに感謝しつつ、僕は中井さんの隣(ちなみに僕の隣は市ケ谷さん)に腰かける。
「それじゃ……」
『いただきます』
ちょうど食べる前だったのか、戸山さんの掛け声に合わせて、僕たちも手を合わせて、昼食をとり始めた。
「あ、有咲のだし巻き卵、私のウインナーと交換で頂戴っ」
「ったく、しょーがねえな」
(とか言いながら、嬉しそうだな。市ヶ谷さん)
昼食が始まるや否や、市ヶ谷さんの持っているお弁当箱に入っていただし巻き卵と自分のお弁当のおかずを好感し始める戸山さんたちの様子に、僕は心の中でそう呟く。
「それじゃ、私はこのレタスで」
「おたえ、それ正気か!?」
「ふふ、皆仲良しですね」
「はいっ」
花音さんの言葉に、即答で答えるあたり、本当に仲がいいんだなと実感できる。
彼女たちのやり取りは、見ていて和む。
「美竹先輩はお弁当って手作りですか?」
「まあ、基本的には」
朝は台所は義母さんの縄張りのようなものなので、僕が立ち入る隙がない。
たまに、入り込んだ時には自分でお弁当を作るが、それがひと月に一日でもあれば上出来だと思う。
一体何と闘っているんだと思うことと気があるが、すぐに頭の片隅に追いやっていたりする。
「美竹先輩のお弁当、めっちゃおいしそう」
「美竹先輩、私の肉団子と先輩のからあげを交換しませんか?」
「ちょっ、先輩にいきなり失礼だろっ――「構わないけど」――ってはやっ!」
別に断るほどの物でもないので、即答で答えると、花園さんのおかずと交換した。
……なんだか彼女の目が、一瞬獲物を狙う野獣に見えたのは気のせいだと思いたい。
そんなこんなで、昼休みは賑やかであり、落ち着いた時間を過ごすことができるのであった。
「それで、今日はどんな活動を?」
「そうですね……」
放課後、ついに僕がここを訪れた真の理由である風紀活動の時が訪れ、僕は風紀委員の代表である紗夜さんに今日の活動内容について尋ねた。
なんて言っても、ここにいる間は彼女とペアで活動を行うのだ。
紗夜さんがいなければすべては始まらない。
「今日は、校内の見回りです」
「おぉ、ベターな奴だ」
様々な書類と睨めっこでもするのかと思っていたが、紗夜さんの告げた内容はある意味定番中の定番な内容であった。
「……一樹さん、一応言っておきますが、校内の見回りというのは、風紀を維持することの基本中の基本です。これを疎かにしてはいけません」
「わかりました。で、どういう風に動きます?」
紗夜さんの言うとおりだ。
どのような内容であれ、大事な活動には変わりない。
心を入れ替え、気を引き締めながら僕は紗夜さんに尋ねる。
「最近、校内の掲示板にいたずらがされているそうなので、そこを重点的に」
「いたずら?」
紗夜さんの口から出た”いたずら”が、どのような内容の物なのかが気になった僕に、紗夜さんは手にしていたファイルから一つの袋のようなものを取り出した。
中に入っていたのは写真のようで、それを僕に手渡す。
「……なんじゃこりゃ」
それを見た僕は、思わずそう声を上げてしまった。
それは、おそらく、一階の廊下にある掲示板と思われる場所に貼られた、名刺サイズの紙が写った写真だった。
一見何の問題もなさそうな写真にも思えるが、問題なのは文面のほうだ。
「『夜、屋上にたたずむ人影が現れる』……七不思議?」
筆記体はパソコンなどで入力したようなワープロ文字だ。
だが、書かれている内容からして怪文章という言い方が妥当だろう。
そこで、ふと気になったことがある。
「紗夜さん、ここに”1”って書いてるけど、もしかして他にあったりします?」
「ええ。他にはこれと、これですね」
紙の端にやや小さめに番号と思わしき数字が記されていたので、聞いてみたところもう一枚の写真をこちらに渡してくる。
「えっと……『更衣室には神がいる』さらに意味が分からないね」
「これが今先生方のほうで問題になっているので、私たち風紀委員の方でも見回りの強化を行っています」
紗夜さんの説明に、僕はなるほどと頷く。
聞けば、この怪文章はここ数日、同じ掲示板に貼ってあるらしく、早朝の時間帯に発見されることが多いとのこと。
「見回りではなく、生徒に聞きこんだりするのは?」
「先生方からの要望で、あまり生徒には伝えないでほしいと。理由はおそらく、変な噂が立って、それを確かめようとする人が出るのを防ぎたいという考えだと思います」
そこまで説明した紗夜さんは、僕に見回りを始めると告げ、僕たちはそのまま校舎内の見回りを行った。
(それにしても、いたずらにしては妙に手が込んでるよな……)
僕は怪文章の謎に頭をひねりつつも、紗夜さんに倣って周囲の異変を見逃さないように見回りを行っていくが、結局この日は何の進展もなかった。