「一樹さん、レポートは書き終えましたか?」
「何とかね」
一通りの活動を後え、日誌のようなレポートを書き終えた僕は、それを紗夜さんに手渡す。
書類は主に、その日をどのように過ごしたかという日誌のようなものだ。
正直、このようなもので本当に交流会の意義はあるのかと不安にはなるが、もう始まってしまったことなのでできる限りのことをしていこうと思う。
「確かに……書類の不備もないようですし、今日はこれで解散にしましょう。では、私はこれを先生に提出してきますので、一樹さんは――「紗夜さん」――はい、なんでしょう?」
そう言ってレポートを先生に渡しに行こうとする紗夜さんの言葉を遮り、僕はある提案をした。
「一緒に帰らない?」
「え……」
僕の”一緒に帰らない”という提案に、紗夜さんは驚いた様子で、ぴたりと動きを止める。
「せっかくの機会だし、それに帰り道も途中まで同じだから……嫌ならいいけど」
「い、嫌ではない……です」
少し小さめで、視線をあちらこちらに泳がせてはいたが、紗夜さんはそう言うと、一緒に帰ると言ってくれた。
「しょうがないですね、まったく」
本心を言うと、初日ということもあって一人で帰るとまたあの女子の軍団につかまりそうな気がしたからなのだが、それは胸の中にしまっておこうと、柔らかい笑みを浮かべながら小言を口にしている紗夜さんを見て思うのであった。
「………」
「………」
あの後、僕が書いたレポートを先生に提出するために行っていた職員室から戻ってきた紗夜さんと教室で合流した僕は、なんとなくではあるが一緒に帰ることにしたのはいいが、僕たちの間に会話などなかった。
(紗夜さん、もしかして怒ってたりするかな?)
紗夜さんの性格と風紀委員という立場から、こういったことはあまり好ましく思わない可能性もある。
「「……っ!?」」
そんな不安から、紗夜さんの様子をうかがおうと視線を向けると、偶然にも紗夜さんと目があってしまい、慌てて視線を逸らす。
そんなことを何度も繰り返していた。
(流石に、これはまずいな)
あと少しで僕と紗夜さんが分かれるポイントにたどり着く。
このまま気まずい雰囲気で分かれるのは、さすがに気が引ける。
とはいえ、そういう経験もない僕に、どう二かすることができるわけもなく、モヤモヤは強くなっていく一方だった。
「すみません」
そんな時、それまでの沈黙を破ったのは、紗夜さんだった。
「私は、こういう性格ですので、こういう場面で何を話せばいいのかがわからないので……」
「いや、こっちも突然誘っちゃったから怒ってるんじゃないかなって」
「怒るなんて、そんなっ……むしろ嬉しかったです」
紗夜さんの話した内容から、どうやら僕は勘違いをしていたようだった。
僕の予想を、紗夜さんが否定してくれたのが、少しだけうれしく思えた。
……最後のほうは小さくて何を言っているのかは聞えなかったけど。
「話す内容なんて、何でもいいよ。音楽でも、くだらないと思うことでも」
「そうですか。では……」
とりあえず、気を抜くように答えた僕の言葉を受けて、紗夜さんは前置きをすると、こちらを真剣な表情で見ながら口を開いた。
「最近、日菜の様子はどうですか?」
表情とは裏腹に、内容はものすごく軽かった。
「えっと……まあ、いつものように自由かな」
そのギャップもまた紗夜さんらしいなと思いつつ、僕は答えた。
日菜さんの自由っぷりはもはや説明してもしきれない。
「……日菜が迷惑をかけてすみません」
「いや、彼女のあの性格にはなんだかんだ言って助けられてるところもあるし、それに友達だから」
本人を目の前にして絶対に言わないことを、姉である紗夜さんに言った。
「そう、ですか」
そう答える紗夜さんのどこかうれしそうで、悲しげな表情が僕には少しだけ気にはなったが、それがどういう理由なのかは全く分からず、そのまま頭の片隅にへと追いやられていく。
「そういえば、日菜さんがうれしそうに言ってたよ。”おねーちゃんと一緒に七夕祭りに行ったんだ”って」
「っ!? 全く、あの子ってば」
紗夜さんは言葉では怒ったように言っているが、その表情はどこか柔らかそうで、僕には嬉しそうにも見えた。
七夕まつりとは、この間商店街で催された行事のことだ。
あれの数日ほど前に、色々と悩んでいる日菜さんの姿があったので、記憶に新しい。
尤も、僕に直接”おねーちゃんと一緒に七夕祭りに行きたい”という相談を受けていたので、覚えていて当然なのだが。
ちなみに、僕の答えは、”自分が関わると逆効果になりそうだからリサさんあたりにでも相談したほうがいいと思う”という、ふざけた内容だった。
僕の中では、少し前の紗夜さんに浴びせられたビンタがトラウマになっていたりする。
そんなこんなで七夕祭りを終えた後の日菜さんは、とても上機嫌で嬉しそうに僕に何度も紗夜さんと行った七夕祭りについて話してくれた。
そんな日菜さんの様子を聞いた紗夜さんの表情は、どこか嬉しそうだった。
「……あの」
分かれる場所が目前に迫ったところで、紗夜さんは再び真剣な面持ちで僕に声をかける。
「どうして、一樹さんは代理で留学に? 別に断れなかったから、というわけではないですよね?」
彼女の口から出た疑問は、とても核心をつくものだった。
「……わからない」
「わからない、ですか?」
僕の答えがよほどおかしかったのか、怪訝そうな様子で僕の答えを口にする。
「正直に言って、自分でもあまりこれといった理由がわからないんだ。別の環境で勉強をすることに惹かれたからなのか、交流会の趣旨に惹かれたのかが」
最初は前者だと思っていた理由も時間が経過するごとにおぼろげになっていき、自分の中でなんか別の理由があるのではないかという疑問を抱くようになっていた。
「ふふ……一樹さんって、変わってませんね。昔と」
「……」
何かを思い出したのか、くすくすと笑う紗夜さんに、僕は何も言うことはできなかった。
恥ずかしいやら、紗夜さんが楽しそうでよかったという気持ちやらが渦巻いで複雑な気持ちになる交流会初日の帰り道だった。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
夜、氷川家の紗夜の部屋にて。
(今日は、一樹さんと一緒に帰れた)
紗夜は、ベッドに腰かけながら、その日一日を振り返っていた。
紗夜の頬は自然と緩んでいるが、はっと表情を戻した彼女はそのままいつもの日課であるギターの練習を始める。
(今日は苦手だったあのフレーズが、できるようになっている気がするわ)
その気持ちで、紗夜は自身が何度も躓いていたフレーズの音を奏でる。
「……っ。できた」
その結果は、本人ですら驚くほど、あっけなく成功することができた。
(いえ、まだ喜ぶには早い。もっともっとうまくならなければ)
喜びから一転、紗夜は気持ちを引き締めて真剣な面持ちでギターの練習を再開させる。
その姿はどこからどう見ても、一人前のギターリストのようであった。
今回で、しばらくは投稿はお休みです。
次回の投稿は来週の日曜日になります。
今しばらくお待ちください。