あれから、数日が経過した。
花女の雰囲気にも慣れ、何とかいつも羽丘にいる時のように、学園生活を送れるようにまでなってきた。
初日の何らかの行動が関係したのか、次の日からはこちらを遠巻きに見る生徒たちもいなくなっていたのが、一番の大きな要因だと思う。
だが、それと比例するようにしてもう一つの問題は、大きくなりつつあった。
そう、怪文章事件だ。
あれから、日を追うごとに怪文章は掲示板に貼られて行っていた。
しかも、内容は5種類の物を何度も貼っているようで、先日は1番の内容が記された紙が貼られていた。
そして、貼られる時間帯にも変化が見られつつあった。
紗夜さんの話では、下校時刻から翌日の先生の見回りまでの間に貼られていることが多かった怪文章も、最近では先生の見回りから最初に先生が出勤してくるまでの間になっていた。
少しずつではあるが、生徒たちの目に留まる可能性が高い時間帯になりつつあるというのが、僕と紗夜さんの見立てだった。
「ねえねえ、美竹くん」
「何、丸山さん。何かへんてこなポーズでもひらめいた?」
「へんてこじゃないってば~! もう、日菜ちゃんみたいなこと言わないでよー」
自然に話しかけてくる丸山さんに、僕はついついからかってしまう。
頬を膨らませて怒っているんだか困っているんだかわからない彼女の反応を見ていると、丸山さんには申し訳ないが、日菜さんが彼女をからかう理由が、少しだけわかったような気がする今日この頃だ。
「で、どうしたの?」
「あのね、最近『花女五不思議』のうわさがあるんだけど知ってる?」
そして、その予想通り、ついにあの怪文章のことがうわさという形で学校内に広まり始めていた。
「知ってるよ」
「あれ、内容も怖いけど、誰が貼ってるんだろうね? ま、まさか本当にお、お化けが貼っていたりするのかな?」
「それだったらどんだけいいことか」
そういう系が苦手なのか、不安そうな表情を浮かべながらした丸山さんの予想に、僕は彼女には悪いがその通りであることを願っていた。
「全然よくないよ~」
「まあ、気にしないことが一番だよ」
丸山さんの言葉に、僕はそう締めくくってその話を終わらせる。
最初はこの怪文章のことを生徒たちに広めたくないという理由で、極秘裏に調査を進める方針だったが、この状況に先生たちも対応を変えるしかないとのことらしい。
そして、ついに決定的な出来事が発生することになる。
それは、お昼休みのことだった。
「あれって、いったい何の騒ぎだろう?」
花音さんと中井さんの二人と一緒に昼食をとった僕たちが、教室に戻ろうとしていたところ人だかりができていたのだ。
「……二人とも先に戻っててくれる?」
「う、うん」
「またね、一樹君」
僕のお願いに、二人は困惑しながらも先に教室のほうに向かっていってくれた。
(さて、この人だかりをどうするか)
おそらくは少し先にある場所に”何か”があるのか、それを見ようと生徒たちが群がってしまい、壁となってしまっているのだ。
ここを突破するのは非常に難しい。
強引の人の波を割いていけば、下手すると痴漢魔などというレッテルまで貼られかねない。
(とはいえ、モーゼのごとくこれを何とかすることなど、簡単には―――)
「風紀委員です、道を開けてください」
(できたな)
この騒ぎを聞きつけて駆け付けたであろう紗夜さんの言葉に反応するように、左右に分かれるように道が作られていくのを見て、僕は心の中で結論付けると、その道を通って原因である場所までたどり着くことができた
「これは……」
隣に来た僕に一目向けて、その原因を目にした紗夜さんは呆然と立ち尽くす。
(なるほど、確かにそうだよな)
対する僕は、どこかで納得していた。
人だかりができた場所が、霊の怪文章が貼られていた掲示板の場所であること。
何より、生徒たちの話声で『怪文章』というフレーズが聞こえた時から、何となく想像はついていた。
そこに貼られていたのは、もはや見慣れてしまった名刺サイズの紙に文字が書き込まれた『怪文章』だった。
『3階西の女子トイレに行くと金運が下がる。』
3と書かれたその内容は、僕が知っている内容と同じものだった。
(前と同じ内容だけどもしかしたらどこかに何か変わっているところがあるかも)
「ん?」
怪文章をよく見ようと顔を近づけた瞬間、微かにではあるが何かの香りがしたような気がした。
「一樹さん? どうしたんですか」
僕の声に反応した紗夜さんの言葉に返事をせず、僕はポケットからハンカチを取り出すと、怪文章を掲示板からはがした。
幸い、セロハンテープで止めているだけだったので、軽く引っ張れば簡単に外すことができた。
僕ははがした怪文章を鼻に近づけると、匂いを嗅ぐ。
(これは……もしかして香水?)
ラベンダーのような香水の匂いが、怪文章から微かにではあるがしていた。
「紗夜さん、これ匂いがついてる」
「え!? ………本当だわ」
僕が彼女の顔に怪文章を近づけると、紗夜さんも匂いを嗅いだようで、驚いた様子で頷いた。
(これって、もしかして、犯人の匂い?)
可能性としては十分考えられる。
本人がつけていた香水の香りが、何らかの理由で怪文章に写っていたとしても不思議ではない。
(とはいえ、香水なんて誰でもつけるしな)
リサさんは露骨ではないが、ものすごく軽めに香水をつけている。
本人曰く、おしゃれの一環とのことだそうだ。
ならば、香水をつける人が少ないと考えるのは無理がある。
(前途多難だな、これは)
ようやくつかんだと思えた犯人への手がかりも、一瞬で意味をなさなくなってしまった。
「氷川! それに、美竹!」
そこに紗夜さんと僕の名前を大きな声で叫びながらやってきた男性教師が現れた。
「宮田先生。実は……」
「またか……とりあえず、この怪文章はこちらで預かろう。全員ここを離れて教室に戻りなさい!」
流石は先生といったところだろう。
怪文章の一件を聞いた時、忌々しげな表情を浮かべた先生は、たった一言でそれまでその場にいた生徒が全員散り散りに去って行かせていた。
「氷川、美竹。放課後、職員室までくるように」
「はい」
「わかりました」
宮田と呼ばれた先生の指示に、僕と紗夜さんは頷くと、他の生徒たちと同様にその場を後にするのであった。
ここから、怪文章事件は大きく動き出していきます。