雨の日の翌日。
僕はいつもの練習前に、全員にあることを話していた。
「………すまない。もう一度言ってくれ」
「『HYPE-RPROMINENCE』は次のライブで解散する」
僕のその宣言に、全員が目を見開かせて固まっているが、全員の表情にあったのは驚きの色だった。
「ごめん、俺のせいだ。全部俺の――「それは違うっ」――」
啓介が自分を責めるように謝るのを遮る。
そう、啓介が悪いのではない。
「僕が悪いんだ。幼馴染だから……ずっと一緒だから何でも言葉を交わさずに通じるって思いこんでいたのが、悪かったんだ」
「おい、俺たちにもわかるように話してくれ」
田中君に促らされるまま、僕は事の経緯をすべて説明した。
田中君は悔しさからか唇をかみしめてそれを聞いていた。
「なるほど。わかった」
「奥寺君のおじさんが、そんなにすごい人だったなんて意外です」
中井さんの言葉に、僕は苦笑しながら頷いた。
まさか、父さんが華道の家元の次男坊だったなんて、今まで思いもしなかったのだ。
「でも、どうしてそれが解散になんて」
「僕たちのバンドは始まりも、曲もすべての根底には何らかの形で父さんの姿があるんだ。今までもずっと思ってた。これが、自分たちのやりたいことなのかなって」
ただ、タイミングがすべて最悪な方向で重なっただけ。
いずれにしても、解散という運命は変わらなかったんだ。
「だから、もう一回自分を見つめ直したいんだ。新しい環境になるこの機会に……音楽以外の道を、ね」
『………』
これは自暴自棄の物じゃない。
自分を見つめるための物。
そう強く思って、僕はみんなに話した。
皆はしばらくの間無言だったが
「お前が、そういうのであれば……俺は構わない」
「うん、私も。応援してるね」
「それに、絶交っていうわけでもないんだし」
「そう……だな」
快く賛成してくれた。
それでも、全員の目には涙が浮かんでいた。
(これも含めて、僕はこの決断をしたんだ)
後悔はあるが、でもこの足を止めることはない。
もう、最後のライブは決まってるのだから。
「それで、最後にふさわしいライブで、こんなのがあったんだ」
僕は話を切り替えるように、あえて明るい声でそう告げると、スマホの画面をみんなに見せる。
「『SWEET MUSIC SHOWER』?」
それはこの間僕のもとに届いたオファーだった。
電話で何件か入ってたが、出なかったのでメール送ってきたみたいだ。
「うん。プロのバンドも多く出演しているようで、フェスに出た人も出演するみたいだから、僕たちのところにもオファーが来たんだと思う」
「かなり大きなイベントのようだ……これなら最後のライブにふさわしいな」
「ジュニア部……プロのバンドの前座なのがちょっとあれだけど、でも全員を驚かせるような演奏をしたいな」
やっぱりみんなはバンドが好きなんだなと、あらためて実感する。
このイベントはかなり大きなイベントだ。
しかも僕たちは初挑戦で、フェスのステージに出演したという実績もある。
僕たちに対する期待は、かなりの物だと予想できる。
それがたとえ、前座的な立ち位置でもだ。
「時間的な面でも、演奏できるのは2曲が限界だな」
僕たちのバンドの曲は、いずれも1曲が長いので、大体2曲が限界なのだ。
「じゃあ、こんな感じでどうだ?」
そういって啓介が書き出したのは、既存曲と新曲の2曲だった。
「なんか、アップテンポばっかだな。最後の曲は静か目な曲のほうがいいと思うけど」
「そんな曲ないだろ?」
ふと、僕のほうに視線が集まる。
その視線を受けて、僕は音楽プレーヤーを出した。
「この曲はどうかな?」
「どれどれ……これはっ」
「俺にも……うおっ」
僕が夜のうちに作っていた新曲を聞いたみんなの表情が驚きに染まる。
「どう……かな」
自信はあったが、それでも不安はある。
何せ、これまで突き詰めていた路線とは全く違う曲調だからだ。
「どうも何も、すごいとしか言えないよ」
「ああ。こんな正反対な曲、びっくりした」
「これだったら聞いている人たちを、ぎゃふんと言わせられるな」
森本さんを皮切りにみんなが感想を口にする。
とはいえ、啓介に”ぎゃふんといわせるために作ったんじゃない”とツッコミを入れるのを忘れない。
「それじゃ、この二曲の練習を始めよう」
「イベントは二週間後か……まあ、何とかなるだろ」
残された時間は短いが、今の僕たちならば最高の演奏ができる。
そんな気がしたんだ。
僕は、メールでイベントの運営をしている会社に出演の連絡を送る。
それからしばらくして承った旨の変身が来たので、僕たちの出演は正式に決定となったのだ。
それから二週間は、毎日音楽の練習をした。
「啓介、音が飛び出てる!」
「おう!」
「裕美、俺の音を意識しろ」
「はい!」
「ギターもっと弾き合え!」
「「了解!」」
ドラムの田中君の指示の下、僕たちは調整を進める。
練習は大変ではあったが、久しぶりに密度の濃いものとなった。
そして、二週間後。
『SWEET MUSIC SHOWER』(以後、SMS)を翌日に控えたこの日、次の日が休みであることもあり、ぎりぎりまで練習をしていた。
「よし。今日の練習はこれでいいでしょ」
コンディションは最高にいい。
この調子で本番に励めば最高の演奏をすることができるだろう。
「だな。明日は会場集合だから、寝坊すんなよ、啓介」
「わかった……って、なぜ俺を名指し!?」
啓介のノリツッコミに、僕たちは笑いあった。
「それじゃ、また明日」
そう言ってみんなは家を後にしていく。
残ったのは僕一人。
でも、最近はなんだか寂しさを感じることはない。
それは
(きっと充実してるんだ)
明日が泣いても笑っても最後だ。
だからこそ、悔いのない演奏をしよう。
そう心の中で決意すると、僕はいつもより早めに眠りにつくのであった。
もし、神様がいるのであれば、これほど意地悪だと思ったことはない。
最後の最後で、この僕に大きな試練を与えるのだから。
いよいよ次回で本章は終わります。