そして迎えた放課後。
「あの……」
宮田先生の指示通り職員室に向かおうとした僕に話しかけてきたのは、白金さんだった。
「どうしたの? 燐子ちゃん」
僕よりも先に、丸山さんが白金さんに用件を尋ねる。
「あの、実は私……見たんです」
「見たって、何を?」
白金さんの話に興味を持った僕は、さらに深く聞いてみることにした。
「その……紙を、掲示板に貼っている方……です」
「それは本当ですか? 白金さん」
白金さんの口から出た驚きの情報に、そばに来ていた紗夜さんが白金さんに尋ねる。
「は、はい。顔までは……見えませんでしたけど……青色の私と同じくらいの長髪の方、でした」
「紗夜さん、これって」
白金さんの目撃証言に、僕たちは顔を見合わせる。
「ええ。もし本当なのであれば、これは大きな手掛かりになるわね。白金さん、話してくれてありがとうございます」
「い、いえ。お役に立てたら……嬉しい、です」
「十分役に立ったよ。本当にありがとう」
紗夜さんのお礼に、顔を赤くさせて嬉しそうに答える白金さんに、僕は改めてお礼言うと、紗夜さんにせかされるように職員室へと向かうのであった。
「「失礼します」」
これで何度目になるのかというほど訪れた職員室では、すでに僕たちに用があると思われる人の姿があった。
「こっちの部屋に入ってくれる?」
待っていた人の一人である本条先生に促されるまま、職員室脇の小さな部屋に案内される。
そこには、校内放送用の放送器具などが置かれている部屋で、中央付近には長方形テーブルが置かれていた。
僕は紗夜さんの隣の席に腰かけると、その向かい側に本条先生ともう一人の先生と思われる男の人が席についた。
「美竹くんには、紹介してなかったわね。私はここの教頭をしています。君の噂はよく耳にするよ。若いというのに有名人のようですごいね」
「いえ、そんなことはないですよ」
僕がバンド活動をしていることを知っているのか、社交辞令を言ってくる教頭先生に、僕は軽く手を横に振りながら応える。
「さて。早速で悪いんだが、話というのは他でもなく、ここ最近頻発する怪文章についてだ」
やはりというかなんというか、教頭先生の話に、僕はそれほど驚きもなかった。
「最初は秘密裏に調査をしてもらってはいたが、最近の状況を見ると、明らかにエスカレートしていると見るほうがいい。学校側としても、これ以上このような騒動が起こることは好ましくない。よって」
そこで先生は一度話を区切ると、真剣な表情で言葉を続ける。
「学校側で信頼がおける君たち二人のみで本件を解決できるよう調査をしてもらいたい。そのために、特例ではあるが君たちにはこの学校内すべてのカギを貸与する」
「そ、そんなっ」
先生が、どこからともなくテーブルの上に置いたカギの束を前に、紗夜さんが慌てた様子でを声を上げる。
それもそのはずだ。
校内のすべてのカギを渡されるということは、普通では生徒が入ることができない場所への入室を認められるということでもあるのだ。
「これ以上、怪文章事件を長引かせることがないよう、諸君らの健闘を祈る」
紗夜さんの言葉を無視して、そう言い切ると、教頭先生は足早に個室を出ていく。
「わかっているとは思うけど、この鍵の存在は誰にも口外しないこと。わかったわね」
「「はい」」
そして本条先生もそうくぎを刺すと、そのまま個室を後にした。
「……行きましょうか」
「ええ」
僕の言葉に返した紗夜さんは、恐る恐るといった様子で鍵の束を持つと、それをポケットに入れる。
そして僕たちは、そのまま職員室を後にするのであった。
職員室を後にした僕たちは、見回りもかねて怪文章事件の調査を行っていた。
(思ったよりも、大きな問題になってきたな)
階段前まで見回りを済ませた僕は、ここに来て早々に発生した怪文章事件がかなり大事になってきていることに、心の中でぼやいた。
何せ、犯人の手がかりが”青髪の長髪の生徒”ぐらいしかないのだ。
ぼやきたくもなる。
(というか、この怪文章って本当にいたずらなのか?)
いたずらにしては、妙に違和感を感じるその内容に僕は首をかしげる。
「一樹さん、どうかしたんですか?」
「いや……怪文章にちょっと違和感を感じるんだ」
話すべきか一瞬迷ったが、一人で考えていてもしょうがないので、僕は紗夜さんに話してみることにした。
「違和感……どういったところにでしょうか?」
「なんだか、書き方が七不思議のような書き方で、一件いたずらのようにも見えるけど、それで片づけるにはどうにも腑に落ちないんだ」
どこがというのは分からないが、だが僕にはこれがただのいたずらではないような気がしてならない。
「……すみません。私には、その正体はよくわかりません」
本人が分からないのだから、当然紗夜さんだってわかるはずがない。
申し訳なさそうに目を伏せる紗夜さんを慰めようとした時だった。
「あら? 紗夜に一樹じゃない!」
その場には似つかわしくない、ものすごく明るい声が僕たちの名前を呼んだ。
「貴方は……」
「弦巻さん?」
その声のほうにいたのは、この前の知り合った『ハローハッピー・ワールド』のバンドリーダーにしてボーカルの弦巻さんだった。
「二人とも、どよーんとしているわね。あたしと一緒に笑顔になることをしましょう!」
どうやらいつの間にか暗い表情を浮かべていたのか、弦巻さんは満面の笑みで大きく腕を広げながら言ってきた。
「いえ、遠慮しておきます。私たちは見回りをしているだけなので」
「えっと……弦巻さんは一体何を?」
紗夜さんが断ったところで、すかさず僕は話の流れを変える。
そうでもしないと、強引にでも巻き込まれそうだ。
「あたしは、屋上で天体観測をするのよ! あたしたちが住める星を見つけようって日菜と話してるのよ」
「そういえば、弦巻さんは天文部でしたわね」
紗夜さんの言葉で、弦巻さんが天文部に所属していることを思い出した。
(それにしても、日菜さんといい弦巻さんといい。なにかあるのかな?)
不名誉なことに、羽丘の天文部は『変人の住処』と言われていたりするが、彼女たちを引き付ける何かが、そこにはあるのかもしれないと、僕は一瞬まじめに考えてしまった。
「ええ。元々ここには天文部はなかったのだけど、夜屋上で星を見ていたら先生が天文部を作ってくれたのよ」
「そ、それはよかったですね」
ものすごく嬉しそうに話してはいるが、中学の時と校則が同じであれば夜間の屋上の無断使用は禁じられているはずだが。
(いや、待てよ)
ふと、そこで僕は怪文章のことを思い出した。
それは『1』という数字が記されたもので、内容は『夜、屋上にたたずむ人影が現れる』だ。
「弦巻さんは、天文部の活動をするときって、いつも屋上?」
「ええ、そうよ! 屋上で星を見てるのよ」
弦巻さんの答えに、僕の中で一つの仮説が成り立った。
「ありがとう弦巻さん。部活動頑張って」
僕はそう言って、弦巻さんを見送った。
階段を上っていくところから、おそらくは今日がその部活の活動日なのだろう。
「紗夜さん」
「何ですか、一樹さん」
それを見送りながら僕は紗夜さんに話しかける。
「この事件、謎が解けました」
それは、ある意味勝利宣告のようなものだった。