(とは言ったものの、まいったな)
この前、謝尾さんに対する宮田先生の半ば脅迫に近いやり取りを聞いてしまった僕は、紗夜さんを……Roseliaを守るために行動を開始したのだが、それは非常に難航していた。
(少し調べれば、何らかの噂位でてきそうなんだけどな)
僕の調べ方が悪いのか、宮田先生に後ろめたいことは何も見当たらなかった。
それは、先ほど花音さんに宮田先生のことを聞いた時の答えが物語っていた。
『宮田先生? とても怖いけど、とてもいい先生だよ』
知り合いに聞いてみた答えは、大体が花音さんと同じような答えなのだ。
”とても怖い先生”
”だけど、とてもいい先生”
その答えからは、後ろめたいことがあるとは思えない。
(うーん、僕の考えすぎだったのかな)
あの時感じた宮田先生に対するやばいという感情が正しかったのか否かの自信がなくなってしまっていた。
あの脅迫めいたやり取りも、生徒の将来を思っての教師魂が暴走した結果とも考えることは十分にできるのだ。
(あとはマツさんに頼んだ調査結果次第か)
マツさんの探偵事務所に、宮田先生に関する調査を依頼していたので、それの結果待ちだろう。
「あら、美竹くん。こんにちは」
「あ、七菜先輩。こんにちは」
「ここは3年のフロアだけど、誰かに用かしら?」
七菜先輩に言われて、初めて僕は自分が3年生の教室がある3階にまで来ていたことに気づいた。
よく階段をこけることなく上がることができたなと、我ながら感心してしまったが、そのことはどうでもいいので頭の片隅に追いやる。
「すみません、ちょっと考え事をしてたので」
「そう……怪文章のほうは、順調そうね」
七菜先輩は、特に詳しく聞くこともなく、話題を別のものに変えてくれた。
「生徒会長として、こういうのはあまり適さないことだけど、犯人が捕まることよりも、怪文章自体がなくなってくれるだけでも、私としてはありがたいわね。特にこの時期ともなると」
「あ……そうですね」
一瞬何を言ってるんだと思ってしまったが、七菜先輩の言葉のニュアンスで、彼女が何を言いたいのかが分かった僕は相槌を打つ。
3年はそろそろ受験シーズンに入る。
そんな中で、このような怪文章事件でも起こされれば、集中できるものもできなくなる。
(これは責任重大だな)
ここの生徒でないとしても、先輩でもある3年の人たちのためにも、僕はこの事件を解決させることを改めて誓った。
「そういえば、宮田先生ってどんな先生なんですか?」
僕はついでといわんばかりに、七菜先輩に聞いてみた。
「そうね……とてもいい先生よ。生徒のことをちゃんと思ってくれて指導しているわね」
やっぱり同じ答えかと思った時だった。
「ただ……」
そう前置きを置いた七菜先輩は、少しだけ躊躇した様子ではあったが、こちらの目をまっすぐ見ながら、七菜先輩は口を開いた。
「これは噂だけど、自分の思い通りに動かない生徒に対しては、指導が行き過ぎるらしいわよ」
「……」
それは、僕にとって初耳であり、そしてあの時の宮田先生とのやり取りが脅しにも近いということを根拠づける材料となった。
「あと一つだけいいですか?」
僕は、あと一つだけ七菜先輩に聞いておきたいことがあったのだ。
「生徒指導室を自由に利用できる先生って誰かいますか?」
「確か、生徒指導部の先生方は誰でも使えたはずだけど、”自由に”となるとやはり、生活指導の主任の先生くらいね」
「そうですか。ありがとうございます」
七菜先輩のおかげで、ようやくすべての問題は解決にこぎつける。
僕は七菜先輩にお礼を言うと、2階に戻るのであった。
あれから一週間が経過した。
(今日は金曜日。今日がタイムリミットか)
紗夜さんも少しだけ落ち着きがないようにも思えるが、それも今日で終わりだ。
あれから僕たちは放課後に行っていた怪文章事件の調査を、いったん保留にして通常の見回りを行っていたのだ。
紗夜さんには、”この検証に適したときじゃない”と説明しておいた。
その理由は、半分が嘘で半分が本当の物だった。
「一樹さん、今日こそは残った最後の怪文章の検証をするんですよね?」
「ええ、そのつもりです」
(僕の推理が正しければ、今日動くはずだ)
僕にはその確信があったからこそ、紗夜さんの焦った感じの問いかけに頷いて答えたのだ。
「調査をする前に、紗夜さん。生徒指導室に、教頭先生を連れてきてもらってもいい? 僕は生徒指導室前で待ってるので」
「教頭先生を? いったいどうして」
突然の教頭先生の名前に、紗夜さんは目を見開かせながら疑問を口にする。
「今度のは、それが必要だから」
「はぁ……わかりました」
僕の含みのある言い方に、紗夜さんは生返事をしながらも教頭先生を呼びに教室を後にする。
(さて、こちらも動きますか)
僕もまた行動を開始するのであった。
しばらくして、僕は生徒指導室から少しだけ離れた場所で、教頭先生を連れた紗夜さんと合流する。
「来てもらいましたよ」
「お忙しいところすみません」
「いや、構わないが……いったい何の用かね?」
突然呼ばれたことに困惑した様子の教頭先生に、僕は事情を説明することにした。
「最後の怪文章の内容は『生徒指導室に行くと、成績が上がる』です。これは言わなくてもご存じだとは思いますが」
先生側でも、この怪文章の文面は何度も目にしているはずだ。
現に、僕の言葉に教頭先生は頷いていた。
「この怪文章に書かれている内容のことが、その場所で実際に起こっていました。窃盗や盗撮、しまいにはいたずらにも近い実験などがいい例でしょう」
それがこの怪文章に共通していることだ。
「そして、この最後の怪文章の内容の通りことが起こっているとすると」
「あ、ちょっと―――」
僕は教頭先生の制止を無視して、中に誰かがいるのか明かりがついている生徒指導室のドアのかぎを開けると、そのドアを思いっきり開け放った。
「な……美竹っ! いったい何をしているんだ!!」
中にいたのは、宮田先生と指導中なのだろうか、腰まで伸びた青い髪の女子生徒の二人だった。
女子生徒はこちらに背を向け、宮田先生は突然のことに慌てていた。
「それは、こちらの質問ですよ、宮田先生」
「わ、私は生徒に指導をしていたんだ。それをノックもなしに……マナーというものがないのかっ」
珍田先生は顔を赤くして叱責するが、僕はさらに踏み込む。
「指導というのは、セクハラまがいのことを強要することを言うのですか?」
「なっ!? 貴様っ! 何を根拠にそのようなことをっ」
その僕の問いに、宮田先生は怒りからか口をパクパクさせていたが、少しだけ落ち着いたのかさらに顔を真っ赤にしてまくしたて始めるので、僕はポケットからボイスレコーダを取り出すと
「これですけど?」
と言って再生した。
『やめてくださいっ』
『いいだろう? 君が少しだけ我慢すれば、志望校に合格できるように私がお願いしてあげよう。ちょっとばかり私に付き合ってくれればいいだけだ』
それは、宮田先生の犯した重大な罪の証拠でもあった。
教頭先生が来るまでの間、僕は生徒指導室のドアの前で中の様子を録音させておいたのだ。
現場に踏み込んだところで、しらばっくれるのが目に見えていたからなのだが、こうも予想通りにいくとは思ってもいなかったため、少し拍子抜けではあった。
「そ、それは盗聴というんだ! 美竹、私はお前を許さない。お前と氷川を退学処分に――「それは君のほうだよ。宮田先生?」――き、教頭!?」
僕たちに対して懲戒処分を下すと脅しを入れてくる宮田先生だが、言葉を遮るようにして指導室の中から死角になっている場所から現れた教頭先生の姿を見て、それまでの赤い顔が一変して真っ青になった。
「とりあえず、場所を変えて詳しく話を聞かせてもらいましょうかね。宮田先生?」
「―――――」
教頭先生の言葉に、宮田先生の顔色はすっかり真っ白になっていた。
そのまま、宮田先生は教頭先生によってどこかに連行されていくのであった。
本章は次回で完結です。