「ごめん、ちょっと生活指導室に忘れ物をしちゃったから、先に言って待っててくれる?」
「それでしたら私も――「いやいや、流石に紗夜さんに付き合ってもらうわけにはいかないから、先に行ってて」――……わかりました。では、教室で」
日誌を書くために教室に向かっている中、思い出したように口を開いた僕の言葉を聞いて一緒についてこようとした紗夜さんを、僕は慌てて止めるとと紗夜さんは怪訝な表情を浮かべながらも、教室に向かって歩いていく紗夜さんに心の中で謝りながら、僕は元来た道を戻るのであった。
すべては、この怪文章事件を本当の意味で解決に導くためだ。
「ちょっといいですか?」
「はい?」
目的の人物は、割とすぐに見つけることができた。
その人物は、腰まで伸びた青い髪の女子生徒。
そう、さっきまで宮田先生の犯罪の被害にあっていた人物だ。
どうやら彼女は僕たちの先輩のようだ。
「怪文章事件ってご存知ですよね? 今学校中で噂になってる」
「え、ええ。知ってますよ」
「ぶっちゃけ、貴女ですよね? 犯人」
僕の言葉に、女子生徒はぴたりと固まる。
「な、何を言ってるんですか? 私ではないですよ」
「ちょうどあなたと同じ背格好の生徒を見たという目撃証言があっても、ですか?」
「私のような背格好の人なんて、何人もいますよ」
目撃証言のカードを切ってみたが、うまい具合にかわされてしまった。
「確かにそうですね」
なので、こちらはもう一つのカードを切ることにした。
「ですけど、その背格好でラベンダーのような香りのする生徒となると、かなり限られてくると思いますよ?」
「な、何のことですか?」
「あの怪文章から、微かに匂ったんですよ。貴女がつけているラベンダーの香りが」
僕の指摘に、女子生徒は多少ではあるが動揺し始める。
正直、これは賭けに近い。
これで躱されてしまえばもう後はない。
「こ、これの匂いが同じだったとしても、それが私の”アロマオイル”の香りである証拠なんてないじゃないですかっ」
「……」
そして、僕の狙い通りになった。
「どうして、この怪文章の香りが”アロマオイル”って言えるんですか?」
「え?」
女子生徒は、自らの手で墓穴を掘ってしまったのだ。
「普通、香りといえば”香水”とかを思い浮かべますよね? どうして、そうじゃなくてアロマオイルなんて言ったんですか?」
「…………」
僕のその問いに、女子生徒は視線を泳がせると、覚悟を決めたのか静かに目を閉じると静かにこちらのほうを見ながら目を開いた。
「狙いは、最後の怪文章……宮田先生のことを告発するため、ですよね?」
「……はい」
僕の問いかけに答える女子生徒は、そこからすべてを話し始めた。
「元々のきっかけは、私があの人にホイホイついて行ってしまったことなんです。そこに入る前に私は間一髪逃げ出しましたけど、それ以降ずっとそのことで脅されていて」
女子生徒は、そこで話すのを止めてしまった。
だが、大体の事情は想像がつく。
「それで、何とかして告発しようって思ったんですけど、先生の評判が良くて誰も聞く耳を持ってくれそうになくて」
「怪文章という形で、伝えるしかなかったということですね」
女子生徒は、静かに頷いて僕の推測が正しいことを伝えてくれた。
「怪文章の内容は最後と最初を除くと、”3階”に集中していたのは、そこの階での起こっていた事をよく知っていたから。それに、貼る曜日にも意味があった」
「そこまでわかってるんですね」
僕の推測が当たっていたのか、女子生徒の表情が強張る。
「最初からおかしいなとは思ってたんですよ。数字を書いているのに貼っている怪文章の番号はいつもバラバラ。でも、貼られている曜日……順番はいつも同じ。それで分かったんですよ。あれは、”貼られている怪文章が起こる曜日”を表していたということに」
例えば、あの4番の怪文章も、毎週”水曜日”に貼られており、その曜日は犯人が毎週担当している場所が3階の女子トイレだったり、5番の怪文章『生徒指導室に行くと成績が上がる』というのも、毎週金曜日に貼られていた。
「それで、どうするんですか?」
「どうする……とは?」
「私のことを先生か一緒にいた氷川さんに言うんですか?」
女子生徒の言葉に、僕は少しだけ考えるそぶりをすると
「全然」
と首を横に振りながら答える。
その答えが予想外だったのか、女子生徒は驚きをあらわにする。
「どうして!? それじゃ、ここまで私を追い詰めたのは一体―――」
「私はただ、誰の仕業なのかを確かめておきたかっただけですし、貴女には友人を助けてもらった恩もありますから」
前者はともかく、後者のほうの理由が一番大きい。
あの時の接触は、彼女の計画にはなかったはずだ。
それでも、僕に接触をしてまで紗夜さんの身に脅威が迫っていることを伝えてくれたのは、感謝してもしきれない。
「あれは、私のような人を出したくなくて……」
「だと思います。でも、言わせてください。本当にありがとうございます」
僕は女子生徒に頭を下げてお礼の言葉を口にする。
これが、僕が彼女に言いたかった言葉だったのかもしれない。
「ただ、怪文章事件については、貴女の考えにお任せします。では」
僕は最後にそう付け加えると、再び一礼して彼女に背を向けると教室へと戻る。
こうして、花女で発生していた『怪文章事件』は無事に解決するのであった。
「それにしても、先週はいろいろあったよね」
「うん、私も驚いちゃったよ」
翌週の月曜日の昼休み。
今日も今日とて、僕は花音さんと中井さんと一緒にお昼を食べていた。
そんな中出てきた話題は、先週まで起こっていた怪文章事件のことだった。
その理由は、今日の緊急朝礼で教頭先生直々に今回の一件の説明が行われたからだ。
「まさか、宮田先生が捕まるなんて」
「いい先生だったのにね」
その中で、宮田先生の一件が説明されたのだ。
中井さんも花音さんも、宮田先生のことをいい先生と言っていたので、その驚きは大きいはずだ。
「更衣室を盗撮して、生徒にデートを強要するなんて」
教頭先生が包み隠さずに説明したのは、この一件が週刊誌に取り上げられたのに起因する。
週刊誌では、花女で起こっていた窃盗と、宮田先生の教師にあるまじき所業の数々が報じられていたのだ。
さすがに実名は出ていないものの、実名が出てくるのも時間の問題だろう。
(なにせ、余罪がボロボロ出てきてるんだし)
更衣室の盗撮もまさか宮田先生だったとは驚きだ。
今思えば、カメラを回収したタイミングで宮田先生がやってきたのは、非常に不自然だった。
宮田先生は、花女をクビになり警察からの捜査を受けている。
おそらくは、起訴されるだろうがそんなに重くはならないだろうというのが、週刊誌の見立てだった。
とはいえ、この後の宮田先生は地獄が待ち受けているのは明らかだった。
(何せ、数十人の女子高生とそういうことをしていた証拠と、6股不倫の証拠が一斉に家族のもとに送られてきてるんだもんな)
ダメもとで調べてもらった素性調査の結果を見た時、僕は驚きを隠しきれなかった。
だが、そのおかげでこの間の突入に至ったのだから、マツさんの調査能力には頭が上がらない。
宮田先生の報復という脅威に関しては、可能性は低いと思っている。
そのために、マツさんにお願いして宮田先生が起こした事件を週刊誌にリークしてもらったのだから。
つまりは、宮田先生は職を失い、家族からは三下り半を突き付けられ、挙句に不倫をしていたことで多額の慰謝料を払う羽目になり、警察にも捕まるというまさに地獄のような未来が待っているのだから、復讐をする余裕すらないだろう。
(まあ、Roseliaと紗夜さんに対してちょっかいを出したんだから、そのくらいの地獄は見てもらわないとな)
彼女たちにちょっかいを出して僕の宿願を邪魔するような人物は、徹底して地獄に叩き落すと、僕は心の中で改めて結審する。
「一樹君、留学早々大手柄だったね」
「できればもうこういうのは勘弁してほしいかな」
教頭先生たちからは僕と紗夜さんに内申点の大幅なアップや称賛の声をかけられたが、ここまでの労力を考えると、複雑な気持ちだった。
僕とてある意味平和主義なのだ。
このまま何事もなく留学を終えたい。
今、僕たちは和やかな雰囲気に包まれていた。
「でもまあ、一樹君の活躍は姉として誇らしいよ」
「いやいや、中井さんは”妹”でしょ」
中井さんが口にした一言が出るまでは。
「「あん?」」
「ぁ……」
花音さんは何かを悟ったのか、表情をこわばらせる。
「何を言ってるの? 一樹君は”弟”だよ」
「いやいやいや、そういう中井さんが、”妹”なんだって」
こうして、僕たちは再び『どっちが姉(弟)か論争』を繰り広げるのであった。
それもまた、いつもの平和な日常なのかもしれない。
「ふぇぇぇっ、二人とも、もうやめてよ~」
……たぶん。
第1章、完
今回で、本章は完結となりました。
何度も言いますが、これ個人回の話なんです。
……ものすごく分かりづらいですが(汗)
それでは、次章予告をば。
―――
友希那たちRoseliaのメンバーは、何時ものように練習をしようとしていたところ、突然、一樹から事務所に呼び出される。
事務所で彼から、合同ライブを提案されるのだが……
次章、第2章『Road of rose』