第176話 始まりの呼び出し
花女での怪文章事件も無事に解決した僕たちだが、バンド活動のほうはある意味大きな局面を迎えていた。
「どうぞ」
ドアをノックする音に、僕は来たであろう人物に声をかける。
「失礼するわ」
「失礼します」
「うわ~、見て見てりんりん! 本物の芸能事務所だよっ!」
「うん……そうだね、あこちゃん」
「すごく広いね~」
礼儀正しく入ってくる湊さんに続いて、紗夜さんとものすごく興奮した様子のあこさんにどこか緊張した様子の白金さんや興味深げに辺りを見渡しているリサさんが部屋に入ってきた。
そう、彼女たちがいるのは僕たちが所属する芸能事務所にある、ミーティングルームなのだ。
BanG Dream!~隣の天才~ 第2章『Road of rose』
「それで、一体何の用? 今日は練習の日なのよ」
席に着くなり、湊さんは不機嫌な表情を隠すことなく口を開いてきた。
「まあまあ、落ち着こうよ友希那。一樹君が何の理由もなく呼んだりするはずないんだからさ」
そんな湊さんをリサさんが宥めてくれる。
今この場にいるのは、Roseliaのメンバーと、僕や啓介たちMoonlight Gloryのメンバー全員の計10名だ。
とは言っても啓介たちはあくまで見届け人的な立ち位置なので、基本的には口は挟まないことになっている。
「それについてはもう少しだけ待っててもらえる?」
「……わかったわ」
不承不承といった様子で頷いた湊さんの答えに、場の雰囲気が少しだけ重苦しい状態になる中、少ししてノックと共にミーティングルームに入ってきたのは、手に資料と思わしきプリントを手にした相原さんだった。
「遅れてしまい申し訳ありません。皆様もう集まられているようなので、さっそくではありますが、始めさせていただきます」
遅れてきたことを詫びながら、相原さんは説明を始める。
「Roseliaの皆さん。本日は突然のお呼び出し、大変失礼いたしました。私はMoonlight Gloryの専属スタッフの相原と申します。以後、お見知りおきを」
「……ご丁寧にありがとうございます」
突然集合を呼び出したことを謝りながら、相原さんは自己紹介をすると湊さんに名刺を手渡す。
「それで、一体どういうご用件で私たちは呼ばれたんでしょうか?」
「実は、Moonlight Gloryは三週間後にライブを予想しております」
「ライブ、ですか?」
首を軽くかしげながら相槌を打つリサさんに相原さんは、”ええ”と頷き返す。
「収容可能人数は、約一万人の会場でのライブとなります」
正直に言うと、今回の規模はかなりの挑戦だ。
何せ今までのおよそ二倍のキャパのある会場を使用するわけなのだから。
確かに、チケットでは抽選落ちがかなり多いらしいけど。
「い、一万!?」
「うはぁー、なんだか一樹君たちのバンドがすごいって言うことを改めて実感しちゃうよね~」
「出るのは俺達だけじゃないけどな……というか、何他人事みたいに言ってるんだ?」
「え、それってどういう意味ですか?」
顔を引きつらせながらのリサさんのつぶやきに言い放った田中君の言葉に、今度はあこさんが首を傾げる。
「いま聡志さんからもお話があったように、今回のライブは他のバンドの方をゲストとしてお招きする、合同ライブとなっております。そこで、Roseliaの皆さんにご提案なのですが」
そこで一度言葉を区切ると
「今回の合同ライブにゲストバンドとして出演しませんか?」
と湊さんたちに告げた。
『………』
その提案に、ミーティングルーム内に沈黙が走る。
『えええ!!?』
そして彼女たちの絶叫にも近い驚きに満ちた声が響き渡る。
「す、すごいですよ! 一万人ですよ! 一万人」
「い、一万……ひ、人が……いっぱい」
「……これって、ドッキリ?」
キャパの人数に驚きか、それとも嬉しさからなのかはわからないが興奮気味に騒ぐあこさんに、人数の多さに顔を青ざめる白金さん。
そして、なぜかこれをどっきりということにして現実逃避しかけているリサさんと、ミーティングルームにはまさにカオスな状態になってしまった。
「宇田川さん、白金さん、今井さん。騒がしいですよ!」
「紗夜の言うとおりよ。気持ちは分かるけど、まだ話は途中よ」
そんな中、それを紗夜さんと湊さんの一言で見事に収めることができた。
「す、すみません」
「ごめんなさい」
「ご、ごめんね~。ちょっと驚きすぎちゃったよ」
申し訳なさそうに謝るあこさんたちに、相原さんは苦笑を浮かべていた。
「それで、いかがでしょうか?」
「……その前に、一つだけいいかしら?」
「はい、どうぞ」
少しだけ考えこんだ湊さんの言葉に、相原さんは静かに先を促す。
「どうして私たちなのかしら? ほかにも招待するバンドはいくらでもあったはずよ」
湊さんの問いかけは尤もだった。
おそらくは、こちら側に”裏”がないのかを見定めている意図があるのだと思う。
確かに、湊さんの言う通り、招待するに値するバンドはいくらでもある。
でも、僕のお眼鏡にはかからなかった。
ただ、それだけだ。
「最初は同じ事務所に所属する『Pastel*Palettes』さんに依頼をしようとしたのですが、生憎とスケジュールの都合が合わず、一樹さんの候補に挙がっていた皆様にお話をするに至った次第です」
「つまりは、私たちは滑り止めのような理由で選ばれた、ということですね」
相原さんの答えを、悪い方向で捉えてしまった紗夜さんは顔をしかめる。
「おい、氷川。それは言いすぎだし、ありえないだろ」
「……確かに、少し言い過ぎました。ですが、事実でしょう?」
紗夜さんの言葉に反応する田中君と、それに対して一歩も引かない紗夜さんとの間で不穏な空気が流れ始める。
(これは、僕がどうにかするしかないな)
このままだとまとまる話もまとまらなくなる恐れがある。
「確かに、そう取れるような形の声掛けになってしまったことについては、Roseliaの皆さんにお詫びします」
僕は静かに立ち上がってそう言うと、彼女たちに頭を下げる。
その僕の行動が意外だったのか、みんなが息をのむのが分かった。
「だけど、先ほど説明した通り、皆の技術であれば僕たちのライブを見に来てくれたオーディエンスたちを満足させるのには十分可能だ。パスパレについては、大人の事情として悟ってもらいたい」
今回の合同ライブは、元々Roseliaと一緒に開催するつもりだった。
だが、さすがに同じ事務所にいる姉妹バンド(非公認だが)のパスパレに声をかけないで行うのは、波風が立つため彼女たちに一度声をかける必要があった。
正直に言えば、スケジュールが合わなくてよかったと思っている。
尤も、彼女たちがOKだったとしても、オーディエンスを楽しませるライブは十分できるので、それはそれで僕的にはよかったりするのだが、今これを言えばややこしくなりそうなので黙っておくことにした。
「このライブは、僕たちだけじゃなくRoseliaにとっても大きなプラス……レベルアップにつなげられる一つのきっかけになると僕は思っている。改めて聞くけど、僕たちと一緒にライブに出ない?」
僕の言葉に、湊さんは静かにこちらの目を見続けてくるので、こちらも目をそらさずに見返す。
「………ふぅ」
やがて、静かに息を漏らした湊さんは、
「わかったわ。合同ライブの提案、ありがたく受け入れさせてもらうわ」
と、柔らかい表情を浮かべて答えるのであった。
こうして、Moonlight GloryとRoseliaによる合同ライブの開催が、決まるのであった。