仕事などのごたごたによって、予約投稿の日付を間違えて投稿しておりました。
「ということ」
僕は紗夜さんのくだりを省いて彼女たちに話し終えた。
「うーん、でもサポートだから仕方がないんじゃないかなと思うけど、でも一樹君の気持ちを考えるとね」
「ひどいバンドね」
「ええ、まったくです」
僕の話を聞き終えた彼女たちの反応は、僕と同じようにいい気分ではないものが数名と、複雑な心境の物が数名という状態だった。
「ところで、紗夜さん。黒髪のツインテールでキーボードをやっていること、ボーイッシュな感じのドラマーの知り合いっている?」
「……もしかしたらですが、ここに来る前にいたバンドの方たちだと思います」
「なるほどね。道理で紗夜さんの悪口を言いまくってるわけだ」
僕の口にした人物の特徴で検討が付いたのか、紗夜さんの答えのおかげでようやく彼女たちのあの言いように納得がいった。
「まあ、紗夜さんに非があるのは確定だけどね」
「一樹さん、今のはひどいですっ」
「どうせ、紗夜さんのことだからオブラートにも包まずに、彼女たちに指摘ないしは注意したんでしょ? しかもド直球で」
「……ええ」
あこさんの非難をスルーしつつ、僕の推測に紗夜さんはバツが悪そうに頷いた。
「でも、ちょっとひどいよねその子たち」
「それは同感」
何があったのかは容易に想像はつくが、だとしてもそれを逆恨みして悪口を言いまくるのはいただけない。
特に僕相手にそれをしたのが運のツキだ。
「そこで、みんなに相談なんだけど、一つ協力してほしいことがあるんだ」
僕はそこで、姿勢を改めてあるお願い事をするのであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
翌日、CiRCLEのライブ会場。
大勢の観客たちの盛り上がりは最高潮に達していた。
それは現在演奏しているバンドによるものだった。
「いいぞー! カメレオン!」
「カメレオン最高―!」
観客たちからカメレオンこと、一樹に声援が飛ぶ。
「すごい人気ね」
「は、はい。すごい……です」
そのライブを後ろのほうで見ていた友希那のつぶやきに続くように感想を口にする燐子。
「でも、なんだか怒ってるような気がしない?」
「そうですね、ものすごく我慢して弾いているのでしょう」
一方でリサと紗夜は、一樹の演奏に感想を言っていた。
そして、この二人の言うことは正しかった。
(この前も思ったが、最悪だな。これ)
この時、一樹は彼女たちのレベルに合わせて演奏をしていたのだが、あまりのひどさに演奏がしづらい状態になっていたのだ。
「何だ、おめえらも来たのか」
「あ、聡志さんだっ!」
そんな時、彼女たちに声をかけたのは、Moonlight Gloryでドラムを担当している聡志だった。
その手には、黄色の光を発するサイリウムが握られていた。
「あの、田中さんはどうしてここに?」
「俺は一樹に頼まれたんだ。『ラストの曲のリズムをとってほしい』ってな」
そこまで言ったとき、聡志はその場にいた彼女たちを一目見ると、すべてを察したようだった。
「どうやら、お前たちも一樹に何か頼まれたんだな」
「はい。『この後、演奏をしてほしい』と」
紗夜の答えに、聡志は”そうか”とだけ返す。
「にしても、話には聞いていたが想像していたよりもひでえな」
その時の聡志の表情は、嫌悪感を思いっきり示すものだった。
「リズムキープとかそういう概念すらない。いったいどうすればああなるんだ? あれならバンドを始めたての人のほうがいい音だすぞ」
「ええ。本当にギター以外は全くダメで話にならないわ。根本的にね」
「り、りんりん友希那さんが、いつも以上に辛辣なことを言ってるよ」
鋭い視線をステージに向けながら感想を口にする友希那の姿に、あこは彼女から距離をとりつつ燐子に話しかける。
そうこうしているうちに、彼女たちの演奏は終わり、残すところあと一曲となった。
「それじゃ、聞いてください! Moonlight Gloryの曲で『FEEL MY BEAT』」
(……ほぅ、いい度胸してるじゃねえか)
彼女たちが最後に演奏をしようとした曲は、一樹たちの持ち曲だったのだ。
その事実に、聡志の手にあったサイリウムが強く握りしめられたことによって、ミシミシという音を立てる。
自然と聡志の目には怒りの色がうかがえる。
聡志はやや力強くではあるが、サイリウムを振る。
それは、一樹に頼まれていた”リズムをとる”ためのものだ。
キーボードの演奏に続く形で、ギターの演奏も始まる。
だが、その演奏は会場中に大きな風を退き抜けさせるのには十分なほどの威力だった。
「す、すごい……」
「一樹さんカッコいいです!」
ほんの少ししか弾いていないにもかかわらず、聞く者を圧倒させる演奏をした一樹に、Roseliaのメンバーの反応は言葉を失う者、興奮気味に感想を言う者という対照的な反応を示していた。
「なるほどな、やっとわかったぞ。あいつのやろうとしていることが」
「……? どういう意味かしら」
「一樹の奴、今全力でギターを弾いてやがるな」
そう言う聡志の表情は、どこか緊張感めいた物を醸し出している。
「一樹さんは、いつも全力でギターを弾いてますよ。彼自身がそう言ってましたから」
「それは、正確に言うと”現時点で自分ができる限りの精一杯”の範囲っていう意味だ。サポートの時などは、周りのバンドのレベルに合わせ、そのバンドになじむことで、一体感のある演奏を行っている。それは、手抜きということには当てはまらない……それが一樹の持論だし、やり方だ」
紗夜の言葉に首を横に振りながら、聡志はステージのほうから目を離さずに答える。
「……それにしても、圧倒的ね」
「ああ、悔しいが俺たちのバンドのライブの時だって、ここまで全力は出さねえ」
「え!? 田中さんたちと一緒の時でもですか!?」
聡志の口から出た言葉に、驚きを隠せない様子であこが声を上げる。
それは、他のメンバーも同様であった。
「一樹は周りの音と同化させて”バンド特有の音”を奏でる才能がある。それは単純に言えば、天才という言葉に尽きるだろう。俺たちの今の実力では、一樹が全力で演奏をしたところでうまくいくことはない。あいつもそれを知って、俺がそこまでたどり着くのを待ってるんだろうよ」
「天才……ですか」
聡志の”天才”という単語に、紗夜は日菜のことを思い浮かべる。
(日菜と同じ……だわ)
そう理解した瞬間、胸がちくりと痛んだ。
それは一瞬のことで、紗夜ですら大して気にも留めない痛みだった。
「とにかく、一緒にステージに立っている奴らには少しだけ同情するぜ」
「え? どういうこと? 普通に弾いてるだけ、だよね?」
首を傾げながら疑問を投げかけるリサに、聡志は真剣な面持ちで口を開く。
「自分が一緒のステージで演奏していることを想像してみろ。それで分かるはずだ」
「アタシが………あ、ほんとだ」
聡志に言われて、あのステージに自分がいることを想像したところ、聡志の言いたいことが彼女にはよくわかった。
「地獄だろうな。あそこまで圧倒的で暴力的な演奏をされちゃったら」
聡志の言葉はまさに的を得ていた。
今、ステージ上は地獄絵図と化していた。
(な、なに?! 怖い、怖い怖い怖い!)
(カメレオンさんに、潰されるっ)
(何だよこいつ、私の音をすべて抹消してきやがるっ)
それまでは、楽しく(彼女たちにはだが)演奏していた彼女たちだったが、一樹のまるで吹き飛ばさんとするような演奏によって、それは一変したのだ。
今は、ステージという最後の砦に必死にしがみついている物の、それすらも振りほどかれるのは時間の問題だった。
そんな彼女たちとは反対に、会場のボルテージは増していく一方だ。
やがて、その時は訪れる。
「っ!」
最初はボーカルの少女だった。
手に持っていたマイクが、汗によって手から床に滑り落ちたのだ。
スピーカーを通じて、その衝撃音が会場内に響き渡る中、少女はそのまま逃げだしたのだ。
それはきっかけに過ぎなかった。
そのほかの一樹以外のメンバーたちは次々にステージから逃げて行ったのだ。
そして、一人残された一樹は
「申し訳ありません。メンバーにアクシデントが発生しました。しばらくお待ちください」
一礼をしてステージを去って行った。
一瞬にして起こったそれに、会場にいた観客たちからはブーイングが沸き起こる。
「……行くわよ」
そんな中、友希那は静かにそう告げると、その場を後にするのであった。