本章の終了後、章の表記などの変更を行いますので、プロフィールの更新にはしばらくの時間がかかりますので、少々お待ちください。
それでは、本篇をどうぞ。
とうとう、この日が訪れた。
僕たちの最後のライブが。
(父さん。今日で終わるけどでも精いっぱいの演奏をするから。だから聞いてて)
「……行こう」
忘れ物はない。
朝食はちゃんと済ませた。
僕は余裕を持って家を後にする。
(会場に間に合うように行くには、1時間後の電車が限界)
逆に言えば1時間も猶予があるのだ。
よほどのことがない限り、遅れることはない。
商店街を抜け、住宅街を突っ切れば、駅に出るのだ。
このまま行けばライブまで十分に時間がある状態で到着できるだろう。
この時はそう思っていた。
「ふぇぇ、ここはどこなの?」
そのよく知った人物の声を聞くまでは。
(この声って松原さん?)
声の感じからして、方向音痴を存分に発揮して、また迷子になってしまったのだろう。
(知り合いを放っていくわけにもいかないし)
それに、まだ時間も十分あるから大丈夫。
僕はそう考えると、声のするほうに走っていった。
案の定、目の前にはふらふらと、不安そうに歩く松原さんの姿があった。
「松原さん」
「あ、奥寺君。こんにちは」
律儀に挨拶をしてくる松原さんに、僕はずっこけそうになるのを必死でこらえる。
「こんにちは、松原さんはどこに行こうとしてるんだ?」
「うん。あのね、千聖ちゃん……友達と喫茶店に行く約束をしていたんだけど……」
途中まで説明をすると、松原さんは恥ずかしさからか頬を赤らめる。
「迷ったと」
それしか考えられなかった。
「お願いだから、そんなにはっきり言わないで―」
「ごめんごめん。その代わりその場所まで連れて行ってあげるから、それで勘弁して」
「え、いいの!?」
まさか僕が案内するとは思っていなかったようで、松原さんはぱぁっと、表情を明るくして聞いてくる。
僕はそれに頷いた。
「とりあえず、そのチサトっていう人には……そうだな、行こうとしていた喫茶店で待ち合わせるように連絡を入れておいたほうがいいね。途中ですれ違うのを防げるから」
「う、うん。ちょっと待ってて」
そういうと、松原さんは携帯でどこかに連絡を取る。
おそらく、相手は一緒に行こうとしていたお友達だろう。
「待たせてごめんね。分かったって」
「いや、良いんだけど、それでいこうとしていた喫茶店は?」
僕の疑問に、松原さんはスマホで喫茶店の場所の地図が書かれているページを見せてくれた。
「ここって今いる場所と真逆じゃん」
「ふぇぇ、ごめんなさい」
毎回思うが、よく彼女は逆に逆に行っているが、正しいと思った道と逆のほうに進めばいいんじゃないかと。
まあ、言わないけど。
「それじゃ、行こうか」
「うん」
というわけで、僕は松原さんを喫茶店に送り届けるべく向かうのであった。
とりあえず道を引き返そうと思ったところで、僕は異変に気が付いた。
「松原さん、そっちは反対だよ」
「え!? ごめんなさい」
出だしで早速迷いそうになっている松原さんに、僕は先が思いやられる。
「あの、奥寺君」
「何? 松原さん」
頬を赤く染め視線をあちこちに向けながら、弱々しい声で松原さんはこう口にした。
「なんで手をつなぐの?」
「いや、そうしないとすぐ迷うから」
「ふぇぇ~」
ある意味当然の答えだ。
というのも、ここまで道を曲がるたびに、正しい道とは反対のほうに歩いて行ってしまうため、業を煮やして手をつないで歩くことにしたのだ。
そうすれば、迷うことなんてないから。
「でも、とても恥ずかしいよー」
「それはこっちも同じっ」
顔を赤くしている彼女に、道行く人が皆好奇の視線を送ってくるのだ。
恥ずかしくないわけがない。
「でも―――しい」
「何か言った?」
松原さんが小さな声で何かをつぶやいたので、僕は何と言ったのか聞いてみた。
「な、何でもないよっ」
と、否定されてしまった。
そこからはお互いに無言で歩き続けたが、その沈黙を破ったのは松原さんだった。
「今日は、大丈夫だね」
「どういう意味?」
「だって、昨日までは何か思い詰めているような感じだったから」
少しだけ心配そうな表情で答える松原さんに、僕は改めて申し訳ないことをしたと思った。
「ごめんね、心配をかけて」
「ううん、大丈夫だよ。元気な奥寺君を見ることができたから」
なんて彼女は健気で優しいのだろう。
「どうしたの?」
心の中で感心していると、それに気づいたのか声をかけてくる松原さんに、僕は頷きながら思っていることをそのまま話した。
「いや、松原さんと付き合う人は幸せ者だって思ってね」
「ふぇええっ!? それって、どういう――「花音!」――千聖ちゃん!?」
彼女がまた顔を赤くして何かを聞こうとするのを遮るように、友達と思われる少女の声が聞こえた。
その少女はカジュアルな服に身を包み、顔にはサングラスをかけていた。
「もう、いなくなるから心配したのよ」
「ごめんね、千聖ちゃん」
(良かった。ところで時間は……)
二人が親しげに話しているのを見ながら、僕はふと時間のことが気になり時計を見る。
(っげ!? もうやばいぞ)
集合時間に間に合う時間に到着するための電車は、すでに一本にまでなっていた。
「花音を送っていただき、ありがとうございます。私は白鷺 千聖と言います。失礼ですが、あなたのお名前を教えていただけますか?」
「もう、千聖ちゃんっ」
時間に焦っている僕をよそに、自己紹介をする白鷺さんと、顔を赤くして止めようとする松原さん。
正直、どうしてそんなことをするのかが気になったが、時間がひっ迫しているため僕は、すべてを後回しにすることにした。
「名乗るほどの者ではありません。ちょっと急いでおりますので、これにてご免っ」
啓介に前に見せられた時代劇の口調がうっかり出てしまったが、細かいフォローは松原さんに任せようと割り切った。
何気に、あの言い回しが好きだったりするのだ。
僕は急いで駅に向かって走るのであった。
「間に合ったっ!」
何とか電車の発車時間まで十分な余裕が出た。
これなら、大丈夫だと僕は改札をくぐろうとしたところで、あるアナウンスが聞こえてきた。
『ご利用のお客様にお知らせいたします。――線の電車は、隣の駅での人身事故の影響で運転を見合わせております。運転再開のめどは立っておりません。ご利用の皆様にはご迷惑をおかけしますが、運転再開まで、今しばらくお待ちください。繰り返します―――』
(なっ!?)
僕は、一瞬そのアナウンスが何を言っているのか理解できなかったが、それは、すぐにはっきりとわかってしまった。
そして、それが非常に最悪な状態だということに。
(ここから走ったところで、間に合うはずがない。タクシーは……駄目だ、かなり待ってる人がいる)
電車が運転見合わせの状態のため、タクシーやバスはどこもかなり混雑している。
(せめて自転車でもあれば)
もしかしたら間に合う可能性も出てきたかもしれないのに。
僕は、どうしようもない悔しさに膝をつきたくなるのをこらえ、抗うことにした。
(とにかく走ろう。それしかない)
そう思って走ろうとしたところで、前を横切ろうとしていた人にぶつかってしまった。
「おい、どこ見てやがんだ!」
「すみません!!」
完全に僕の不注意だ。
僕は頭を下げてぶつかった人に謝る。
「って、おめえは、奥寺一樹じゃねえか」
「え……あなたはっ!」
いきなり僕の名前を呼ばれた僕が顔を上げると、そこにいたのは金髪のリーゼントの男……花咲ヤンキースの団長だった。
「どうしたんだよ、こんなところで」
「実は――――」
僕は、団長に事情を説明した。
ライブに向かおうとしていること。
そして、そのライブに行くための電車が運転見合わせになっていること。
「なるほどな。事情は分かった」
「うわ!」
団長がそう口にして投げつけてきたのは、ヘルメットだった。
「あの……」
「乗んな。俺のバイクで送ってってやる。ちょうどメンバーの奴らと走っている最中でな」
よく見れば、少し先のロータリーに数十人のグループメンバーが集まっていた。
「でも、借りならもう」
「勘違いしてくれるな。あのくらいでは借りを返したとは言えねえよ。こんくらいしねえとな。黙って好意ぐらい受け取っておけ。それが漢というやつだ」
言ってることはよくわからないが、僕は団長の言葉に頷くとヘルメットをかぶる。
「お前ら、客人を送り届ける。俺についてこいっ」
『おー!!』
でも、大勢の人の前で歓声を上げるのだけはやめてほしかった。
それは置いといて、僕は団長のバイクの後ろに座ると、腕を回して、振り落とされないように捕まる。
そして、団長は空ぶかしをすると、そのままバイクを走らせた。
以外にも信号無視などはせず大人しめに走っていた。
そして、会場前に予定待ち合わせ時間を少し残した状態でたどり着くことができた。
「ほら、着いたぜ」
「ありがとうございました」
僕はバイクから降りながら、団長に頭を下げてお礼を言う。
「だから、礼はいらねえ」
「でしたら、もう一つお願いがあります」
僕は、頭の中に浮かんだことをこの人に頼んでみることにした。
「……言ってみな」
「これから、僕たちのライブがあります。そのライブを見に来てほしいんです。それで感想を聞かせてほしいんです」
僕たちん正体を知っているからこそのお願いだった。
「……俺には、音楽なんてこれっぽっちもわからねえ。おめえの役には立たねえと思うが?」
「それでいいんです。そういう人たちに楽しんで聞いてもらえるようにするのが、僕たちの役目ですから」
音楽を聴くのに知識など関係ない。
これはいい曲、悪い曲。
そんなものでもいいのだ。
それでも楽しませるのが、演奏をする者の役割なんだから。
「……気が向いたら行ってやる」
「楽しみに待ってます」
僕は全員に一礼をすると、今度こそ会場へと向かうのであった。
「衣装は大丈夫だな?」
「ああ。問題ない」
会場の楽屋で、僕たちは衣装の最終チェックをしていた。
チェックといっても、ただ顔が見えたりしないかという確認だが。
「『HYPER-PROMINENCE』さん。スタンバイをお願いします」
『はいっ』
スタッフの人に呼ばれた僕たちは、ステージの袖に来ていた。
「ついに始まるんだ。しっかりと演奏をしていこう」
僕の言葉に、皆が頷いて返す。
「よし、行くぞ」
そして、DSのその言葉で、僕たちはステージに立つのであった。
★ ★ ★ ★ ★
SMSのB会場。
そこには大勢の観客が集まっていた。
そこに数人の金髪の男たちの姿があった。
「団長、本当にきちまいやしたね」
「いいから、黙って見ていろ」
興奮気味に話しかける仲間を黙らせた、団長は静かにその時を待つ。
「あ、『HYPER-PROMINENCE』よ!」
「へー、あれが噂のバンドか」
HPがステージに現れたことで、会場からは歓声が沸き上がる。
(すげえ歓声だな)
たった二回のライブで、彼らはここまで上り詰めていたのだ。
「『HYPER-PROMINENCE』です。まずは一曲、聞いてください。『Devil Went Down to Georgia』」
「1,2,3っ」
GKのMCを合図にDSがリズムコールをすると、曲が始まった。
出だしから、ギターの二人の音色が会場に響き渡る。
(なんだ……今のは?)
たったワンフレーズの音を聞いた瞬間、団長は未知の感覚を覚えた。
ボーカルはDSだ。
いったん歌い終え、間奏を入れて再び歌い始める。
DSの低めの歌声が、曲にさらなる重みを加えていた。
そして、歌いきる寸前に、VAのギターが観客を魅了する。
そこからは、二人の独壇場だ。
二人がフレーズごとにまるで競い合うようにギターを弾いていく。
(なんて演奏だ。音楽に全く興味のない俺が、こんなに惹きつけられるとは)
団長は、目の前で演奏しているのが別人ではないかと思えるほど、力強い演奏をするHPのメンバーに舌を巻く。
やがてDSが歌いだしたと心で、ギターの二人は演奏を止める。
だが、それはこの後に来る波に向けての羽休めにしか過ぎなかった。
DSの歌の箇所が終わると、二人は再びギターを弾き合う。
そして、音がすべて消えた。
それは比喩ではない。
彼らが演奏を止めたからだ。
(終わった……のか)
「えぇ。これで終わり?」
「私、ちょっと飲み物でも買ってこようかな」
「他のバンドって何があるんだろう」
これで終わりだと思ったのか、失望した様子で、観客たちはその場を立ち去ろうとしたところで、ギターの音が足を止めさせる。
それは、GKだった。
最初は簡単なフレーズが、その速度を増し速弾きとなっていた。
さらに、ギターを縦に構えて目まぐるしく弾いていく。
それはまさに嵐だった。
(こいつはすげえ。観客たちを一気に連れ戻しやがった)
気づけば、立ち去ろうとしていた観客はそれをやめて、彼の演奏に併せて手拍子を鳴らしていた。
やがて、嵐は過ぎ、DSの歌が始まった。
そこからは一気にかけるように曲は終わりを迎えた。
終わった瞬間、凄まじい拍手が、彼に浴びせられる。
「次が、私たちの最後の曲です。この曲で、私たちのすべてを終わりとします。聞いてください『二つめの空』」
(どういう意味だ? すべてを終わりにするって……まさか)
団長は、理解した。
彼らが、このライブで最後にするということを。
「1,2,3、」
DSのリズムコールの後に、なり始めたのはキーボードの音色だった。
続いてほかの音色が産声を上げる。
だが、その曲に会場内がどよめいた。
(さっきまでの曲と、違う)
先ほどまでの曲は、ロック風の曲調だった。
だが、これはどうだ?
二曲目の曲調は、静かなものに感じられた。
「――♪」
そして、VAの歌声が会場内を包み込む。
それは、力強く熱のこもったものではなく、弱々しくそれでいて力強い雰囲気を感じさせるものだった。
(さっきとは違う曲調なのに、まだ俺は惹きつけられている)
彼らが、曲調の違いなど、あってないようなものなのではないかと、思うほどであった
それは演奏をしていたメンバーも同じだった。
(珍しく一樹の考えた歌詞……この一連のことを綴ってるのかもしれないな)
DSはサビの終わりの一文に、その思いを隠せなかった。
両親の死、そして大きく変わってしまった自分の気持ちをすべてぶつけた結果だった。
曲調が違うことで、ギターの音も大きく変わる。
大きくなく、さりとて影が薄くならないラインの音で奏でていた。
そして、最後はキーボードの音で締めくくられる。
曲が終わるのと同時に、最初の曲の時と同じ……いや、それ以上に拍手が送られた。
それに彼らは何度も一例をしながら答えると、そのままステージを後にした。
それは、彼らの演奏が終わったことを意味していた。
「すごかったっすね。俺、まじで感動しちまいましたっ」
「……もう、15分も経ってたんだな」
時間の経過を忘れていたことに驚きつつ、団長は別のバンドの演奏から視線を外すと立ち去っていくのであった。
★ ★ ★ ★
「終わったな」
「うん。終わったね」
最後のライブを終えた僕たちは、ゆっくりと歩いていた。
電車に乗るということも考えたが、この日は歩いて帰りたかったのだ。
すでに、日は暮れて、夜になっていた。
「今日のライブ、とっても良かったな」
「ああ。今までのライブで最高だった」
今日のライブの感想を言い合うけれども、決して”続けよう”と口にする者はいなかった。
それからしばらくして、いつもの分かれ道に差し掛かる。
「じゃあな。また明日」
「ああ。また明日」
そういって僕たちはそれぞれ分かれた。
中学3年の冬。
僕たちのバンド活動はこうして、終わりを迎えるのであった。
第一部 2章 完
今回出てきた楽曲名は実際に実在する曲ですが、作曲者(アーティスト)は架空の物です。
正しくは下記の通りとなります。
1:『devil went down to georgia』 ゲーム”Guitar Hero 3”より
2:『二つめの空』 アーティスト:UR@N
これにて本章は終わります。
次回より、物語は大きく進んでいきますので、楽しみにしていただけると幸いです。
前書きでも触れましたが、章の表記などを変行をいたします。
以下の次章予告の表記になりますので、ご了承ください。
詳細は次回のあとがきにてご説明いたします。
それでは、次章予告を
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SMSでのライブを最後に解散した『HYPER-PROMINENCE』
一樹たちは新たな環境での生活が始まる。
それは様々な出会いと、悩みの始まりだった。
次回、第二部 第1章『我が家』