「行ったか」
未だにブーイングが続く中、計画通りに動き出した友希那たちを見送りながら、聡志は静かにつぶやく。
(一樹から今日のことを相談されたときには驚いたぞ)
それは、ライブの二日ほど前のこと。
いつものように、トレーニングをしていた時に、一樹からこの日のことについて相談があったのだ。
(一樹は、ここまで大掛かりなことをしようとした理由を”観客を冒涜するから”って言ったけど、本当にそれだけか?)
聡志は、一樹がこのような作戦を計画した理由に、ある程度検討を付けていた。
(お前がここまでするのは、あいつのため……だろ)
そうでなければ……俺達だったとしても、一樹はここまではしないだろ。
と、心の中でつぶやく。
「ほんと、妬けるよな☆」
「……」
なまじっか一瞬同じセリフを考えていただけに、横から現れた啓介の言葉に、聡志は何も言うまいと固く目と口を閉ざす。
「あーあ、一樹の奴に春が来たか~」
啓介のその言葉に、聡志は閉じていた目を開けて、啓介のほうに顔を向ける。
「……啓介、そのことは―――」
「言わないさ。俺たちがちょっかいだしたら色々やばそうだしな」
啓介が、一樹たちにちょっかいを出すのではないかと危惧したが、聡志は啓介の答えを聞いてほっと胸をなでおろす。
「俺たちは今は静かに見守っておくとするか」
「だな。モテない男同士、傷口をなめ合おうぜ」
「それは勘弁だ」
『スタジオにお越しの皆さんにお知らせします』
そんなやり取りをしていると、そんなアナウンスが会場内に響き渡り始めた。
『先ほどのバンドは、トラブルにより演奏を中止とさせていただきます』
そのアナウンスと同時に、ブーイングはさらに激しさを増した。
『その変わりとしまして』
それを予期していたのか、アナウンスはさらに続いた。
『本日、あるバンドの方にお越しいただいております。それでは、どうぞ!』
そのアナウンスにブーイングの声は少しではあるが弱まり、ステージに視線が集まる中、現れたのは
『Roseliaです。一曲だけだけど、付き合ってもらうわよ』
”一樹”を加えた、Roseliaのメンバーたちだった。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
それは昨日のスタジオでのことだ。
「協力って、何かしら?」
「明日のライブで、バンドメンバーたちが演奏を放棄したら一曲、僕と一緒に演奏をしてほしい」
その僕の言葉に、みんなは固まっていた。
「悪いけれど、もう一度言ってもらえる?」
「明日のライブで、一緒に一曲演奏してほしい」
それはある種の現実逃避のようにも思えた。
「ちょっと待って。話が全く見えないわ。どうして私たちが!?」
「そうだよ! それに、その子たちが演奏を放棄するなんてこと確証もないでしょ?」
「いや、あれだったらやりかねない」
僕はこれには自信があった。
ステージでのトラブルで、観客たちのブーイングに耐え切れなくなってステージから逃亡するという話をよく聞くことがある。
僕にしてみれば、その行為をした時点で二度とライブなどするべきではないということになるのだが。
「もちろん、Roseliaに影響がないように、バンド名を変えてエキシビジョンのような形にするつもりだ」
「それはそれで、なんだかカッコよくないです」
あこさんの意見も尤もだが、Roseliaに余計な波風を立てるようなことはしたくはなかった。
「本当だったらMoonlight Gloryで何とかすることなんだけど、みんな予定があって明日はこれそうにないんだ。できる限りRoseliaには影響がないようにすることは約束する。だから、どうかみんなの力を貸してほしい」
そう言って、僕は彼女たちに頭を下げた。
「美竹くん、頭を上げて頂戴」
どれほどの時間が経ったのだろうか、それを止めるように言ってきた湊さんの言葉に甘えて、僕は頭を上げた。
「それで、演奏する曲はどうするつもり?」
「え? いい、の?」
僕はてっきり断られるものだと思っていたのだが、予想よりもすんなりと、みんなは頷いてくれた。
「当り前よ。ただし、一つ条件があるの」
「……僕にできる範囲でお願い」
やっぱりかという感想を抱きながら、僕は湊さん口から出る条件を待つ。
「バンド名は変えない。Roseliaとして出る」
「え? でも、それだと……」
湊さんが出した条件は、僕の予想を大きく裏切るものだった。
彼女たちを守るための策として考えたそれを、彼女は”不要だ”と言っているのだ。
「私たちはいつどんな時も完璧な演奏をする。だから、これだけは譲れない」
「……わかった。それじゃ、明日演奏する予定のデモと譜面を渡すね」
彼女たちの強い気持ちを感じ取った僕は、明日のライブで演奏する局のデモと譜面を彼女たちに手渡す。
そして、それからの時間は、その曲の練習に充てるのであった。
こうして、今僕たちはステージの上に立っている。
会場の雰囲気は正直言ってよくない。
これをどこまで変えられるかはわからないが、それでも。
(やるしかないんだ)
「曲は、先ほどと同じ『FEEL MY BEAT』」
「1,2,3,4!」
あこさんのリズムコールと同時に再び曲の演奏が始まる。
始まりは先ほどと同じ、キーボードからだ。
(うん、出だしは好調)
練習した時から感じてはいたが、彼女たちとする演奏はとてもしっくりくる。
啓介たちとやる時もだが、彼女たちは彼女たちでまた違う感じではあるが、うまく演奏できる気がする。
それは僕にとってとても楽しい時間でもあった。
紗夜さんの正確なギターは、見ていて安心できるし、リサさんのベースも本人が自覚してるかはわからないが、安定していい音を出している。
あこさんの曲が進むにつれてテンポが速まる癖は相変わらずだが、それもいい意味でかみ合っているように思える。
何よりも、特筆すべきは白金さんと湊さんの二人だ。
白金さんは、啓介よりもポテンシャルが高い。
だから、僕の求める”音”を奏でてくれる。
そこに湊さんの整った歌声が加わり、もはや敵なしの状態だ。
歌姫と呼ばれるだけの実力があることを、僕はいま改めて思い知らされる。
そんな楽しい演奏もついに終わりを迎える。
ギターの音が余韻となって会場内に響き渡る中、観客たちの反応は、割れんばかりの拍手だった。
(良かった。何とか持ち直せたっ)
始まり前の時とは違い、会場の雰囲気はいい感じになっていた。
それは、僕にとって今日のライブは成功したという意味でもあるのだ。
(よし)
「美竹くん?」
マイクスタンドからマイクを取り外した僕の行動に、首を傾げる湊さんをしり目に、僕は一つ深呼吸をする。
「本日は、ライブにお越しいただきありがとうございます。Moonlight Gloryのギター、一樹です」
僕が言いきるのと同時に、会場から歓声が聞こえる。
「お忙しい中、恐れ入りますが、告知のほうに少しだけ、お付き合いいただきたいと思います」
観客たちの”おぉ!”という反応を聞きながら、僕はそれを宣言する。
「来たる3週間後、本日演奏をしていただいたRoseliaと、我々Moonlight Gloryとの合同ライブの開催が決定いたしましたっ」
そのライブの開催の知らせに、会場内がどよめく。
そして僕の横からは困惑の声が聞こえてくる。
「Roseliaをご存知の方、そうでない方々にも楽しんでいただけるようなライブになるよう、現在全力で準備を行っておりますので、楽しみにしていただければ幸いです。詳しくはMoonlight Gloryの公式サイトをご覧ください」
最後は告知で終わりとなったライブ。
告知の予定は計画当初にはなかったが、それでもようやくこのライブ開催に向けて本腰を入れられる。
これはその覚悟なのだ。
こうして、この日のライブは幕を閉じるのであった。
それと同時に、僕たちの合同ライブに向けての準備の幕が上がるのであった。
第1章、完
今回で、本章は完結です。
ここまでの章の長さからすると、かなりあっという間だったなと思う今日この頃です。
それでは、次章予告を。
RoseliaとMoonlight Gloryの合同ライブの告知を行った一樹たちは、ライブに向けての準備を本格的に始める。
そんな中、紗夜はあることを問いかけだす。
次章、第3章『雨の日の告白』