第181話 トリガー
ライブが終わり、そこにいた観客たちも全員会場を後にしていた中、その場に留まり続けていたのは聡志と啓介の二人だった。
「なあ、聡志」
「……なんだよ、啓介」
二人の表情は呆然とした感じだった。
「もしかしなくても、Roseliaって」
「ああ。悔しいが、同じ考えだ」
二人は、先ほどの一樹とRoseliaの演奏に、強いショックを受けていたのだ。
「どんなにぴったり合っている演奏をしていたとしても、それはサポートの粋を超えないものだった。だが、今回のはそんなんじゃない」
「初めてだ。俺たちと演奏をする時と同じ、一体感と音を奏でられているバンドを見るのは」
それがどういう意味なのか、二人はすでに理解できていた。
「今は、まだ彼女たちの全体のレベルは劣っているが、このまま上達していけば、俺たち以上に一樹との相性がいいバンド……になるだろうな」
啓介のその言葉は、何の根拠もないものだが、それでも聡志は言い返せない。
言い返しようがないのだ。
「もし、一樹が俺たちとではなく、彼女たちと演奏したいって言ったら……聡志はどうする?」
「さあな。すべては、あいつが決めることだ。もしそうなったときは……気持ちよく送り出そう」
神妙な面持ちの啓介の問いかけに対して、聡志の口から出てきたのは、その時のことを覚悟したような言葉だった。
「なあ、少しだけ練習していかない?」
「奇遇だな。俺も同じ気持ちだ」
それでも、二人は不敵な笑みを浮かべながらスタジオを借りるために、会場を後にするのであった。
この日のライブは、一樹の知らないところで、Moonlight Gloryのステップアップのきっかけにもなるのであった。
BanG Dream!~隣の天才~ 第3章『雨の日の告白』
「ちょっと、一樹さん!」
「何? 紗夜さん」
ライブが終わり、ロビーのほうで湊さんたちと待ち合わせをしていた僕にかけられた第一声は、紗夜さんの抗議にも近い言い方の呼び方だった。
「先ほどのMCはどういうことなの!」
「ああ、あれか」
紗夜さんの言いたいことは分かる。
「合同ライブのことを告知するなんて、私たちは聞いてないわ!」
「ええ。しかも、勝手に言うなって言ってきたのはあなた達よ」
「それなのに、いきなり告知するなんて、どういうつもりなのかなー?」
リサさんはともかくとして、湊さんと紗夜さんは本気で怒っているような気がした。
「ちょっとだけ、思いついてね。でも、ちゃんと事務所には許可をとったうえでやってるから、何も問題はないよ」
先日、僕はあらかじめ事務所のほうに連絡をして、合同ライブの開催を告知する許可をもらっている。
ライブに向けて準備を始めたことなどがいい材料となって、許可の後押しにもなったと僕は思っている。
「だったら、私たちにもちゃんと話してほしいですね」
「うん。いきなりすぎてびっくりしちゃったよ~」
「あこもです」
「あはは……ごめんね」
見れば全員驚いたからか、どこか疲れたような感じだ。
サプライズも、度が過ぎるとシャレにならないといういい教訓になった出来事だった。
「……暇だ」
今日は日曜日。
この日は、バンドの練習もなく、最近はいろいろとあったので体を休めるということを兼ねて、のんびりとしていたのだが、逆に暇を持て余してしまっていた。
休みたいのに全然落ち着かない。
「……テレビでも見るか」
最終的に出した結論は、それだった。
この日、蘭はひまりさんたちとどこかに出かけていき、義父さん達も用事があるため家には誰もいない。
そんな状態の家で、一人寂しくテレビを見る僕の姿は、ある意味シュールと言っても過言ではないだろう。
(全然つまらない)
日曜だからか、やっている番組はどれもくだらなく、僕はころころとチャンネルを変えていく。
「いや、待てよ」
そんな時、僕はふとあることを思い出した。
(今日って、パスパレが出演している番組が放送される日だったっけ)
日菜さんからそのような内容のメッセージをよこしていたのを思い出した僕は、テレビの番組表機能を使って確認する。
「あ、これか」
それはローカル局の番組で、内容によれば少し前にやったライブの一部を放送するらしい。
僕はその番組を見ることにした。
日菜さんのことだから、絶対に後になって感想を聞いてくるに違いない。
その時に見ていないなんて言おうものなら、何をされるかわかったもんじゃない。
この間の全メニューオーダーのようなことをされると、さすがにきつい。
とはいえ、それだけが理由でもなく、彼女たちの現時点でのレベルを把握したりと、純粋に応援したいという気持ちがあるからだが。
(お、始まった)
そして日菜さんたちのライブが始まった。
結論から言えば悪くはない。
全体的にこの間よりも上達はしている。
丸山さんが音程をとちったり、日菜さんのギターの音が時々走りがちになったりする点は相変わらずだが。
(………これ、何とか使えないかな)
そんな中、僕はふと考えを巡らせる。
(紗夜さんのレベルアップに、これは使えそうなんだけどな)
僕が兼ねてより計画していたのは、紗夜さんのギターのレベルアップだ。
彼女は自分では日菜さんに劣ると感じているようだが、彼女のギターの音は非常に正確なのだ。
この間のライブでも、その真価を十分に発揮してくれた。
だが、それでもまだまだだ。
(紗夜さんが日菜さんと……自分とちゃんと向き合わなければ、未来はない)
”日菜には負けない”
いつの日にか、彼女が口にしていた言葉だ。
負けないと思っていても、すでに自分よりも先に言っていることを認識しようとするのを、彼女はあえて避けている。
でも、もしそのことを認識してしまえば、紗夜さんはおそらくギターを止めてしまうだろう。
それを回避するには、日菜さんとそして何よりも自分自身と向き合う必要がある。
そうすることで、彼女は見つけ出せるはずだ。
”氷川紗夜という名の音”を。
「一回、演奏しているところでも見せてみようか」
それが一番手っ取り早いのだが、それには二つばかり問題がある。
一つ目が、彼女が、素直に見てくれるかどうかだ。
あの七夕祭りのの後、日菜さんから、”おねーちゃんと前よりたくさん話せるようになったんだ”と、嬉しそうに話してきたのは記憶に新しい。
それでも、紗夜さんは無意識かどうかは知らないが、彼女が演奏しているところを見ないようにしている。
僕が無理やり見せようとしても、はたしてうまくいくのだろうか?
そして、二つ目がそれを行った結果だ。
うまく立ち回らなければ、紗夜さんはギターを止めてしまう可能性だってある。
それは一人のミュージシャンをつぶすことでもある。
そうならないように、僕のほうでうまく立ち回っていく必要がある。
(僕に、うまく立ち回ることなんてできるのか?)
だが、僕は自信がない。
そうしようとした結果が、この間の紗夜さんからのビンタだったのだから。
「これは保留にしておこう」
正直に言ってリカバリーの見込みがない以上、下手に実行に移すべきではない。
僕はそう結論を出すと、再びテレビのほうに集中する。
だが、この時の僕はまだ知らなかった。
僕の予期せぬ形で、この計画開始のトリガーが引かれていたということを。
ついに始まりました第3章。
どのような話になるのか、楽しみにしていただけると幸いです。