BanG Dream!~隣の天才~   作:TRcrant

183 / 302
第183話 違和感

それから数日が経過した。

ライブ開催2週間前を目前にしたこの日、由々しき事態が発生していた。

それは……

 

「紗夜! また同じところを間違えてるわ」

 

ギターの音が思いっきりズレたのだ。

 

「……っ、すみません。もう一度お願いします」

「では、今から二つ前のフレーズからやりましょう」

「紗夜、大丈夫? 少し休憩でもする?」

「いえ、平気よ。お願いします」

 

もう一度始めようとする紗夜さんに、リサさんが休憩をするかどうかを聞くが、紗夜さんは頑なに続けると言ったため、再び練習を始める。

今度は大丈夫だったが、違う箇所でテンポがずれた。

 

(いったいどうなってるんだ?)

 

ここ数日間、同じようなことが繰り返されている。

いつもならば、ミスなんてしない場所でミスを犯し、そしてそれが次のミスを呼んでいくという悪循環。

 

(ちょっと、紗夜さんから話を聞くべきか)

 

ちょうど練習も休憩だ。

このタイミングを逃したら、聞けなくなるだろう。

そう思った僕は、外の空気を吸いにスタジオを後にした紗夜さんの後を追った。

 

「紗夜さん」

「一樹さん。何か用?」

 

名前を呼ばれた紗夜さんは

特に嫌がるそぶりもなく用件を聞いてくるので、僕は直球で質問をぶつけてみることにした。

 

「いや、紗夜さん最近何か様子がで、いつもの紗夜さんらしくないなって思って」

「……私らしいっていったい何?」

 

返ってきたのは、僕の予想とは大きく違うものだった。

 

「え?」

「いえ、何でもありません。もう休憩も終わりなので、戻りましょう」

 

あまりにも予想外な言葉に言葉を失ってしまったのがまずかった。

せっかくの話を聞けるチャンスを、僕は失ってしまったのだ。

 

(僕の馬鹿っ)

 

これはとんでもない失態だ。

その後も、紗夜さんはミスを連発し続けていくのであった。

 

 

 

 

 

その日の夜のこと。

自室のほうで勉強をしていると、突然携帯が着信を知らせる音を鳴らし始める。

 

「日菜さん?」

 

相手は日菜さんだったので、僕は一体何の用だろうと思いながらも電話に出ることにした。

 

『一君、おねーちゃん今日何かあった?』

 

出るや否や言われたのは、紗夜さんのことだった。

声色からはどこか思い詰めているような、心配そうな様子がうかがえる。

 

「ちょっとね……何かあったの?」

『うん。おねーちゃんが、ギターは弾かないって』

 

日菜さんのその言葉を聞いた瞬間、僕は背筋に寒気を感じる。

それは僕が一番恐れていた事態でもあったのだ。

 

「ごめん、順を追って話してくれる?」

 

とりあえず僕は何があったのかを日菜さんに説明させることにした。

 

「なるほど……」

 

一通りの話を聞いた僕は、何も言葉が出なかった。

ここ数日の彼女は”スランプ”という一言で片づけられる状態だ。

だが、いきなりそうなったからにはそれなりの理由……きっかけがあるはず。

 

(待てよ……もしかして)

 

そこで僕はある可能性を思いつく。

 

「一つ聞いてもいい? この間の日曜日に放送されたパスパレのライブが放送された番組だけど、1人で見た?」

『え? ううん。おねーちゃんと一緒に見たよ』

 

(なるほど)

 

日菜さんのその答えで、すべての事情は把握できた。

 

「話してくれてありがとう。紗夜さんに関しては僕の方でもできる限り最善を尽くしてみるから」

『うん。あたしこそありがとね。おねーちゃんのこと、お願いね』

 

そう言って通話は終わった。

 

(状況は、これまでにないほど最悪だ)

 

結論を言うと、僕が計画していた紗夜さんに対するレベルアップの作戦のトリガーを日菜さんが弾いてしまったらしい。

あれは、終息させる段階で詰む可能性が高かったので、一時的に保留にしていたものだ。

それが実行に移されたのであれば、最悪と言っても過言ではない。

現に、紗夜さんは僕の計画通りにスランプ状態に陥っているのだから。

 

(リサさんたちからも力を貸してほしいって言われてるし……いったいどうすれば)

 

リサさんたちには『バンド内の問題はバンド内で解決するのが鉄則』と答えたが、本当の理由は、僕にもどうしようもないからだ。

どれだけ考えても、全く答えが出ない

そんな状態で動けば、最悪の場合バンドは空中分解の危機に陥る。

そうなるのが……そうなったときに、自分の責任を感じるのが嫌だから、僕は逃げたのだ。

 

「サイテーだな。僕」

 

自分の卑怯なところに、嫌悪感を感じずにはいられなかった。

今僕の手の痛みは、きっとそれが具現化したものなのかもしれない。

僕は、本当に無力だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからさらに数日が経過した。

どんなことがあろうとも、時間は経過する。

この日は、事務所で大手音楽雑誌の取材だった。

内容はもちろん、あと2週間にまで迫ったMoonlight GloryとRoseliaとの合同ライブ『Rushu!』についてだ。

本来であれば、今日はRoseliaのバンド練習に付き合うつもりだったのだが、急遽入った雑誌の取材のため、行けなくなってしまった。

とはいえ、購読者の多い雑誌の取材なので、うまくすればいいPRにもなるので、こちらの取材を受けることにしたのだ。

本当は田中君たちにお願いしても良かったのだが、先方が発案者である僕に話を伺いたいという要望だったので、それができなかったのだ。

 

「お待たせしました。私『週間ミュージック』の――と申します。本日はよろしくお願いします」

「Moonlight Gloryの作戦参謀の一樹です。こちらこそ、本日はよろしくお願いします」

 

雑誌の記者から、名刺を受け取り和やかなムードで取材が始まった。

そして、数十分後。

 

「では、以上でインタビューは終わります。本日はありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ」

 

予想よりも早い時間で取材を終えることができた。

 

(さてと、帰るか)

 

今日はこれで解散ということで、予想以上に早かったのもあり、バンドの練習に顔を出すことも考えたが、この日はどうしてかこのまま帰ることにしたのだ。

 

「うわ、雨だ」

 

外に出るとやや強い雨が降っていた。

あらゆるところにぶつかってなる雨音は、聞く人が聞けば風流にも取れるのかもしれない。

 

「折り畳み傘を持っておいてよかった」

 

最近はゲリラ豪雨のように、天候がいきなり崩れることも多いので、折り畳み傘を携帯するようにしていたのが功を奏したようだ。

僕は折り畳み傘をさすと、そのまま家に向かって歩き出した。

そして、家の前までたどり着いた時、僕の足が止まった。

 

「紗夜さん?」

「……一樹、さん?」

 

なぜなら、家の前に傘も差さないで雨に打たれている紗夜さんの姿があったからだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。