BanG Dream!~隣の天才~   作:TRcrant

184 / 302
第184話 雨の日の告白

「洗濯ものは乾燥機に入れておいてくれればこっちで乾燥かけちゃうから」

「……すみません」

 

あの後、慌てて紗夜さんを連れて家の中にはいった僕は、真っ先に紗夜さんにお風呂に入ってもらうことにしたのだ。

雨に長時間打たれていたのだろうか、雨にこれ以上打たれないようにと屋根のある場所に彼女の手を引いた時に、ものすごく冷たく感じたからだ。

体中が冷えている可能性が高く、このままだと風邪をひいてしまうのは明白だ。

最初は遠慮していた紗夜さんだったが、何とか説得してお風呂に入ってもらえることになった。

もちろん、下心など微塵もない。

ええ、微塵もない!

 

(後は、服か)

 

肌着などは、運がいいのか大丈夫なようだが、上着はびしょ濡れなので乾燥機で乾かすことにした。

だが、乾かすにも時間がかかるので、それまでの間は僕の服で代用してもらうことにした。

本来であれば、蘭の服とかがいいのだが、不運なことに蘭を含め家族全員が用事で外出中であり、勝手に人の部屋に入るわけにもいかないので、紗夜さんには悪いが僕の服で我慢してもらうことにした

僕は自室に戻ると、適当な服とバスタオルを手にして自室を後にすると、脱衣所に向かう。

 

「入るよ?」

 

ノックして、入っても大丈夫なのを確認した僕は、脱衣所のドアを開けて中にはいると、持ってきた洋服一式を置いた。

 

「服とか置いといたから」

「すみません」

 

シャワーの音が聞こえるお風呂場に向かって呼びかけると、中からお礼の返事がきた。

それを聞きながら、僕は乾燥機を動かすと脱衣所を足早に後にしてリビングに移動する。

 

(それにしても、紗夜さんが家のお風呂に入ってるだなんて……)

 

普通の状況ではありえないシチュエーションに、僕は緊張からか心臓の鼓動が速まるのを感じた。

我ながら、勢いとはいえよくお風呂に入れさせようとしたものだと、半分呆れて半分感心していた。

 

「すみません、上がりました」

 

それからしばらくして、お風呂から出たのか紗夜さんがリビングにやってくる。

僕は向かいの席に腰かけるように言うと、紗夜さんは”それじゃ”と言って僕の向かい側に腰かけた。

 

(自分の服を他人が着ているのってなんだか、変な感じだな)

 

「あの、どこかおかしいところでも?」

「へ?」

「いえ、さっきからずっと私のことを見ていたので」

 

どうやら、知らぬうちに彼女のことを凝視してしまっていたようだったので、僕は慌てて何でもないと返すと、何か温かい飲み物を入れると言ってその場を離れた。

 

(危ない危ない。少し自重しないと)

 

思えば異性の友人を自宅に招いたことなど一度もなかった。

ひまりさんたちを含めなければ、紗夜さんが初めてここに来た人になるだろう。

 

(よくよく考えると、僕って何気なく大胆なことやってる?)

 

友人とはいえ、女性を自宅のお風呂に入れさせたり、自分の服を着させたり等々、あの時は紗夜さんが風邪をひかないようにと思って慌てていたが、いざ冷静になってみるとものすごく大胆なことをしているような気がする。

 

(いや、何も考えないようにしよう)

 

変に意識をするとまた微妙な空気になってしまうと思い、僕はあえてそのことを考えないようにした。

 

 

 

 

 

「何から何まですみません」

「いや、別に構わないけど……それよりも、どうして家の前に? それに今日はバンドの練習だったはずだよね?」

「………」

 

僕の問いかけに、紗夜さんは何も言わずに

先ほど僕が入れたホットココアが入ったコップをじっと見ていた。

僕は何も言わずに、彼女が口を開くのを待ち続ける。

 

「実は―――」

 

どれほどの沈黙が続いたのだろうか、紗夜さんがゆっくりと口を開いた。

彼女の口から語られたのは、バンドの練習をするためにスタジオに行ったところ、先に来ていた湊さんに帰るように言われたという内容だった。

それからしばらく考え事をしながら歩いていたところ、この土砂降りの雨にふられたらしい。

 

「……先週末のPastel*Palettesが出てる番組、見たんでしょ?」

「……ええ」

 

僕の問いに、紗夜さんはしばらく間を開けて答える。

 

「それを見て、どう感じた?」

「……リズムがどんどん速まっていくところも日菜の個性のように思えて……それに自分の音と比べてしまうと、自分の音がつまらなく感じたんです」

 

(なるほど、それが最近の不調の原因か)

 

予想通りと言えばそうだが、説明しているときの紗夜さんの悲しげな表情は、見ている側もつらい。

 

「私は、これまで日菜には負けたくない、その一心で腕を磨いてきた。でも、日菜の演奏を聞いて……魅力的な音を奏でているのを聞いて、もう何もかも嫌になったのよ。日菜に向き合わない自分も、つまらない音を奏で続ける自分も」

「……」

 

それは、紗夜さんの心からの悲鳴にも聞こえた。

僕は紗夜さんのことは知っていても、氷川姉妹のことについては何も知らない。

よくよく考えると、昔の僕が日菜さんと顔を合わせることがなかったのは、地味に奇跡なのかもしれない。

もし、あの時から知り合っていれば、僕は今の紗夜さんにぴったりな助言ができたのかもしれない。

 

(絶対に、今のを聞いたら日菜さん怒るだろうな)

 

前に、日菜さんがうれしそうに話してくれたことがあった。

”お互いがきっかけだから、勝手にギターをやめたりしない”と、紗夜さんと約束したということを。

今の紗夜さんの言葉は、それを破る物にしか思えない。

だからこそ

 

「それを一度日菜さんにぶつけてみたらいいと思うよ。そうすれば、その悩みを解消……一つの答えを導き出すきっかけにもなるはずだから」

 

僕は彼女へかける言葉を日菜さんに託す。

こういうのは僕よりも日菜さんのほうが適任のはずだ。

それでも、あえて僕が何かを言うのであれば

 

「でも、紗夜さんが自分の音について悩んでいるって聞いて、不謹慎だけど嬉しく思ったんだ」

「嬉しい?」

 

僕の言葉に紗夜さんは意外といわんばかりの驚いた表情でこちらを見てくる。

 

「だって、そういうことができる人っていうのは、才能がなければできないことだよ。普通の人なら、そのようなことを考えることもないし、下手をすれば気にも留めないから。もちろん、それでその人の優劣を決めるつもりは全くないよ。そういう人だって、いい音を出す人は山のようにいるから」

 

僕の計画の狙いは、彼女自身に自分の音と向き合ってもらい、そのうえでステップアップのきっかけにさせるというのがあった。

そういう意味では、今回のこれは計画通りということになる。

 

「紗夜さんは日菜に負けていると言っているけど、僕はそうは思わないよ。日菜さんの自由気ままな音、そして紗夜さんの正確な音。どれも同じだけ魅力的だと思っている」

 

だからこそ、一度氷川姉妹で一緒に演奏しているところを見て見たいのだ。

このタイプの二人がうまく組み合わされば、ものすごくいい感じの音になるからだ。

ただ、それがどういうものかを僕は知らないので、言うなれば僕の好奇心のほうが強い。

 

「ふふ……」

 

そんな僕の言葉に帰ってきたのは、紗夜さんのくすくすという笑い声だった。

 

「紗夜さん?」

「いえ、ちょっと昔のことを思い出してました。昔から貴方はそうでしたね。いつも私が困っているときには手を差し伸べてくれる」

「え? 何のこと?」

 

昔と言われても、僕が覚えているのはHPのバンドを結成した時期に、よくおかずのおすそ分けをしに来てくれていたところしかない。

 

「もしかして、覚えてないんですか? それじゃ、小さかった時のことも?」

「……ごめん」

 

紗夜さんのショックを受けたような表情に罪悪感を感じた僕は謝るしかなかった。

 

「昔、私が公園の木の根元で一人、ぽつんと座っていた時があったんです」

 

そんな僕に何を言うでもなく、紗夜さんは昔のことを話し始めた。

 

「公園には私と同い年くらいの子たちが遊んでましたが、私はその人たちに話しかける勇気がなかったんです。そんな時、私に手を差し伸べてきた男の子がいたんです。彼はいきなりで驚いている私にこういったんです『一緒に僕たちと遊ぼう。皆と一緒のほうが楽しいよ』って」

「……」

 

紗夜さんの話を聞いて、僕の脳裏に一瞬ではあるが、その時の光景が浮かび上がる。

 

「私はとても嬉しかったんです。それからはその子たちといろいろなことをして遊びました。そして、その男の子が貴方よ。一樹()

「……っ!」

 

敬称を変えた。

たったそれだけのことなのに、僕はその時のことを思い出せた。

今度ははっきりと。

確かに、僕は小さいころ、公園で啓介たちと一緒に遊んでいた。

その時に、いつもさみしそうにしている女の子がいたのが気になって、僕は声をかけたんだ。

今にして思えば、よくあの時に声をかけに行けたと思う。

 

「思い出せました?」

「うん。はっきりと」

 

僕の言葉に、紗夜さんはどこかほっとしたような様子だった。

 

「それがきっかけなのかは分からないけど、それが私の初恋なんです」

「……へ?」

 

紗夜さんの言っている意味が、僕には理解できなかった。

 

「一樹さん。私は、一樹さんのことが一人の男性として好きです」

 

それを理解したときには、さらなる爆弾が投下されていた。

顔を赤くして言われた言葉が、告白だと理解した瞬間、僕は突然のことに頭の中が真っ白になる。

 

「あの……」

「ごめん。少しだけ、返事を待ってほしい。もう少しだけ自分の気持ちをはっきりさせたいから」

 

男として、それが最低なことだというのは分かっている。

でも、その場の勢いで返事をしてもろくなことにならない。

ならば、一度落ち着いて冷静になってから考えたほうがいい。

 

「わかりました。待ってますね」

 

紗夜さんが微笑みながら言った時だった。

まるで銃撃のごとくチャイムの音が鳴り響きだす。

 

「これって……」

「……ですね」

 

お互いに言葉を交わさずとも、誰がやっているのかがわかってしまうあたり、彼女はある意味すごいのかもしれない。

 

「は――――」

「一君、大変なの!! おねーちゃんが見つからなくてっ」

 

そして、どういう理由かはわからないが、ここに駆け込んでくるあたり日菜さんの直感もすさまじかった

 

「日菜さん落ち着いて。紗夜さんだったら家にいるから」

「え?! なんで、どうして!?」

 

とりあえず僕は、心配していたからかマシンガントークで疑問をぶつけてくる日菜さんを何とか落ち着かせる。

それまでにものすごく時間を要したのは言うまでもない。

それは、紗夜さんの服の乾燥が終わるまでかかった。

そして、紗夜さんは脱衣所で服を着替えると、ようやく落ち着きを取り戻した日菜さんと一緒に帰っていくのであった。

土砂降りだった雨が止んだのは、それからしばらくした時のことだった。




突然の恋愛要素です。
このために、本作の最初のほうで修正をしていたりしています。

次回で本章は完結します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。