あの雨の日の翌日。
「おはようございます」
スタジオに紗夜さんがやってきた。
その様子はぱっと見では何も変わっていないようにも見えた。
「すみません。今日こそは言葉通り、今までの分を取り戻します」
でも、紗夜さんが口にしたその言葉は、彼女の中で何かが変わったことを物語るのに十分なものだった。
「紗夜……うんっ、それじゃあ練習始めよっか」
そんな紗夜の様子に嬉しそうに笑いながら、リサさんが口にしたのをきっかけにバンドの練習は始まった。
休憩時間、湊さんと紗夜さん以外のメンバーは外のカフェのほうに言ったので、今この場にいるのは僕たち三人だ。
「今日の紗夜さんの演奏……最近の練習の時のような感じはなかったし、むしろ前の時よりも何かが変わっているような気がしたよ」
「一樹さんにそう言ってもらえるのなら、安心ね」
休憩前までの練習の時、練習前に言った通り、これまでの分を取り戻すかのように、紗夜さんは演奏していた。
その様子から、先日ちゃんと向き合えたのだろう。
(結局、人任せになっちゃったけどね)
もうここは開き直ったほうがいいのかもしれない。
今でも、この問題を解決するにあたっての一番のカギは、日菜さんだったと思っているのだから。
「改めて言うわ。紗夜、あなたの演奏は正確でよかった」
少し前に、紗夜さんが微妙な反応を示したその評価に、紗夜さんは
「私の演奏は、ただそれだけです。ですが、今はまだ無理でもいつか『これが氷川紗夜の奏でる音』だと胸を張って言えるようになるまで、ギターをやめるつもりはありません……それが、日菜との『約束』ですから」
と、静かに答える。
その言葉には強い決意のようなものが感じられた。
(なるほど、それが紗夜さんの出した答えか)
彼女は自分の音と向き合った結果、彼女は前に進むことを選んだ。
その先に何があるのかは、まだ僕にはわからないが僕はただ彼女が一歩成長したことを心の中で祝福する。
「紗夜さーん! あ、友希那さんと一樹さん! 一緒に外のカフェに行きませんか?」
「宇田川さん、そのようなことをしている時間は私にはありません。まだまだ自分の音を磨いていく必要があるんですから」
「まあまあ、気分転換も大事だし、ここは誘いに乗ってみればどう?」
あこさんの誘いを断る紗夜さんに、僕は苦笑しながら行くことを促す。
「そ、そうですね。一樹さんがそういうのでしたら……」
いつもの光景でも、少しずつ変わりつつあるものが存在するのも確かだ。
(僕も、しっかりと答えを出さないと)
先日保留にした一つの”それ”に対して、僕は答えを出さなければいけなくなった。
でも、もう少しだけしっかりと考えてからでも遅くはない。
僕はそう結論を出したのだ。
それが、この後に起こるあの事件を起こさせる要因にもなると知らずに。
★ ★ ★ ★ ★
氷川家、リビング。
「ふんふんふん♪」
そこには探し物をしているのか、本棚などを見ている日菜の姿があった。
この日、両親は不在なので、日菜が一人留守番をしているような形になっている。
「うーん。やっぱりるんっ♪てくるものはないなー」
日菜の探し物は、”るんっ♪とくるもの”というアバウトな内容のものだったが、当然そのようなものは見つかることもなく、日菜はそれ以上探すのをあきらめる。
「こうなったら一君とお話でもしよっと」
探し物を止めた日菜は、そう決めるとすぐさま行動に移す。
ちなみに、現在一樹は友希那たちと共にバンドの練習を行っている最中だ。
「ん? なんだろう」
そんな時、日菜の目に一冊の分厚い本の背表紙が留まる。
その本を棚から取り出した日菜はどのような本なのかを確認する。
「これって、アルバム?」
城地に表紙のほうに『ALBUM』と記された文字が意味するのは、家族写真であるということだった。
「るんってきた!」
当然そのようなものを見つけて興味を持たない日菜ではなく、テーブルの上にALBUMを置くと一ページめくった。
「うわ~~、おねーちゃんかわいい~」
そこに写されていたのは、小さい頃の紗夜の姿だった。
当時からぎこちなき感じの笑みを浮かべていた紗夜は、今と何も変わっていなかった。
(懐かしいなー、昔は一緒に遊んでたっけ)
日菜はアルバムに貼られた写真を見ながら、当時のことを振り返っていく。
それはどれも、日菜にとっては大切な思い出だった。
(でも、どうして所々はがされてる写真があるんだろ?)
日菜が見てきたアルバムの中で、不自然に開いたスペースが何十か所もあったのが気にかかったのだ。.
「ま、いっか」
だが、そのようなことは今の日菜には些細な問題だ。
日菜はどんどんとページをめくっていく。
「あれ、何か写真が挟んである」
そして、あるページで日菜は真ん中の部分に挟まっている形で裏返っている写真を見つけた。
日菜はそれをよく考えることもなく手に取ると裏返して写真を見る。
「え……」
それを見った瞬間、日菜の表情は凍り付いたように固まった。
それは彼女にとってありえないなようのものだったのだ。
「なんで、どうして?」
そこに写し出されていたのは、小さなころに撮られた写真で、片方には恥ずかしそうに視線をそらしている紗夜。
そして、もう片方には
「一君が、写ってるの?」
苦笑いしている一樹の姿が写し出されていた。
それを見た日菜の動揺は、非常に激しいもので彼女の頭は混乱していた。
「もしかして……」
やがて、落ち着きを取り戻した日菜は、信じたくないと言わんばかりにそれ以上、何も言うことはなかった。
そしてアルバムを閉じて元の場所に戻すと、その場から逃げるように自室に向かうのであった。
第3章、完
これにて本章は完結です。
まさかのヒロインからの告白、そしてそれを保留にする主人公という形でこの章は終わります。
はい、このまま恋人関係になるわけがないです。
では、次章予告をば
紗夜に降りかかったアクシデントも無事解決し、いよいよ合同ライブに向けての練習を本格化させる一樹たち。
順調に進んでいる準備とは裏腹に、一樹の元にある話が持ち込まれる。
次回、第4章『終わる関係』