第186話 変わり始める関係
合同ライブ『Rushu!』開催まであと10日。
「それじゃ、シャッフルバンドの名前は”Rose glory”で決定だね」
「私としては、少し不満だけど、まあいいわ」
この日決まったのは、合同ライブでシャッフルバンドとして出る際のバンド名だった。
彼女たちのバンド名の前半と、僕たちのバンド名の後半をくっつけたといういたってシンプルなものとなっている。
湊さん的にはやや不満らしいが、最終的には納得してくれたのでこれで確定となった。
ちなみに、もう片方のバンド名も『Moonlight ilia』になったらしい。
お気づきだとは思うが、お互いのバンド名の一部を組み合わせた単純な名前だ。
しかも、ドラムのメンバーに合わせて、前後を入れ替えており、『Rose glory』のメンバーはドラムがあこさんなので、Roseliaの名前を先頭にしている。
『Moonlight ilia』もドラムが田中君なので、Moonlight Gloryの名前を先頭にしているのだ。
(うん。センスのかけらもないな)
我ながらもう少しやりようがあったとは思うが、外よりも中身のほうをしっかりしたかったので名前のほうは完全に適当にしていたのだ。
ちなみに、湊さんたちから反対はなかった。
というよりも、呆れて何も言えなかったというような気もしたが……。
そんなシャッフルバンドだが、メンバーの編成も問題なく完了した。
具体的には、”Rose glory”はドラムがあこさん、キーボードが白金さん、ベースが中井さん、ギターが僕でボーカルが湊さん。
もう一つの”Moonlight ilia”はドラムが田中君、キーボードが啓介、ベースがリサさん、ギターが紗夜さんでボーカルが森本さんだ。
この日は二つのバンドに分かれての練習なので、今この場には啓介たちはいない。
「それで、曲のほうだけど、あのデモはどう?」
「私はいいと思うわ。美竹くんらしい曲風だし、問題ないわ」
「はい! あこ、聞いた時とってもカッコいいって思いました!」
「私も、良いと……思います」
「私も問題ないよ」
今回のバンドで演奏する曲のデモを湊さんたちに聞いてもらった感想は中々にして評判が良かったので、このまま本格的に仕上げることとなった。
「ところで、本当に練習の曲は私たちの曲でいいの?」
「それはもちろん。何せ、まずやらないといけないのはこのバンド内で一体感のようなものを得る……つまり、安定した音にすることだから、お互いの曲で練習するのが一番だと思うんだ」
「私、Roseliaの曲大好きだから、演奏できてうれしいんです」
何気に、彼女たちの曲調は僕たちが得意とする感じの曲のど真ん中に位置しているので、演奏がしやすくなおかつ曲もいいのでお気に入りのメンバーが多い。
中井さんをはじめとして田中君や森本さんなどがその代表だろう。
啓介は……知らない。
少し前に”お、俺別にRoseliaの曲なんか、好きじゃないんだからねっ”と言っていたが、言い方が妙だったのは記憶に新しい。
「それじゃ、練習を始めるわよ。曲は『LOUDER』。あこ、始めて」
「はいっ。1,2,3,4!」
あこさんのリズムコールと共に、演奏が始まった。
とりあえず、一通り弾ききってみることにしたのか、湊さんが演奏を止めるように指示することはなかった。
(うん。やっぱりしっくりくるな。中井さんなんかいつもと同じ感じでいい音だしてるし)
彼女たちの曲を演奏するというのは、色々と斬新な気持ちになる。
湊さんの歌声も、中井さんのベースもここ最近組んだバンドとは思えないほどに出来上がっていた。
(キーボードが特にいい味を出す)
何よりも、白金さんだ。
啓介と同じレベルの実力を持ち、さらにプラスαが加わっている彼女のそれは、演奏していてとても楽しくなる。
彼女なら、僕が要求すれば、その通りにちゃんと返してくれる。
そんな安心感まで感じるのだ。
そんなこんなで、僕たちは一曲演奏しきる。
「あこ、サビのところでテンポがずれてるわ。気持ちゆっくり弾いて」
「はい」
「燐子は音に力がないわ。もう少し堂々と弾いて。バンドは違っても燐子は燐子よ」
「は、はい」
「中井さん、あなたは少し主張が激しいわ。もう少し控えめにやって」
「わ、わかりました」
「美竹くん、あなたの場合は私たちに合わせる癖を直しなさい」
「了解」
このように湊さんも中々にいい指摘をしてくれる。
僕への指摘も実に的を得たものだ。
サポートギターの時の癖で、自分のバンド以外の人と演奏する時は、どうしてもそのバンドに合わせようとする癖がついてしまっているのだ。
湊さんはそれを把握したうえで、的確に指示を出してきているのだ。
「それじゃ、演奏をしながら直すところは直しましょ」
こうして僕たちは練習を続けていく。
BanG Dream!~隣の天才~ 第4章『終わる関係』
「まだ半分だけど、今日もハードだね、りんりん」
「うん、そうだね。でも、まだ練習が残ってるから、頑張ろう」
休憩時間、外のカフェで好きなものを頼んで英気を養っている二人をしり目に、僕も注文した商品を受け取ると席についた。
「……ヤッホー、相席いい?」
そこに来たのはリサさんと紗夜さんの二人だった。
僕は特に断る理由もないのでオーケーを出すと、二人も席につく。
二人が頼んだのは紗夜さんは飲み物のみだが、リサさんはそれにデザートが加わっていた。
「そっちはどう?」
「こっちはまあ充実した練習をさせてもらってるよ」
開口一番にリサさんが聞いてきたのは練習のことだった。
Roseliaの中では一二を争うレベルのストイックさを誇る湊さんだが、僕たちのバンドではそれがうまい具合にかみ合っているようだった。
尤も、Moonlight Gloryの時は湊さん以上にストイックな人がいるので、それに比べれば湊さんはまだ優しいほうなのかもしれない。
「そっかー、よかった。あたしたちのほうは田中君が友希那以上にストイックだったのはびっくりしたけど、まあ、何とかついてこれてるよ」
「あー、なんかごめん」
リサさんの苦笑交じりの言葉に、僕は思わず謝罪の言葉を口にしてしまった。
田中君は僕に負けずとも劣らぬほどのストイックな性格だ。
僕に比べればまだましだが、指摘する箇所が細かかったりもする。
「それに、田中君のドラムってなんだかすごいよね。油断するとすぐに振り落とされちゃうから、もうついていくので大変だよ~」
「それは、田中君の性格だから仕方がないよ」
やはりというべきか、一番苦労しているのはそこだったようだ。
田中君のドラムは力強くていいのだが、時々僕たちを振り払わんとするような演奏をすることがある。
彼曰く『ついつい曲に入り込んじまう』らしい。
その感じは、まるで狂犬のような感じだ。
ちなみに、僕はそういうのが大好物で大歓迎だ。
基本的に、向こうがおいしい球を投げてきたときはこちらも対抗して、おいしい球を投げ返すのが得意なのだ。
そういうのもまた、バンドの醍醐味と言っても過言ではない。
「そうだ! 今度アタシと紗夜と一緒にセッションしない? いい気分転換にもなるし、ね?」
「僕は別に構わないよ」
「わ、私も……大丈夫よ」
紗夜さんはこちらから視線をそらして応える。
「紗夜に一樹君も、一体どうしたの? 最近様子が変だよ?」
ここ最近、紗夜さんとはあまり言葉を交わしていない。
「もしかして、喧嘩とか?」
「「それはない(です)」」
リサさんの言葉に思わず声をそろえて反論してしまい、僕たちは気まずそうにまた視線を逸らせる。
「むー……それだったらいいんだけどね」
ここ最近の悩みは、まさにこれだった。
(ほんと、どうすればいいんだ)