「ねえ美竹君。紗夜ちゃんと喧嘩でもしてるの?」
翌日、教室にいると隣の席の丸山さんから聞かれたのは、ここ最近聞かれ続けているような内容のものだった。
「喧嘩はしてない」
「でも、だったらどうして二人ともぎこちないの?」
「色々あるんだよ。色々」
さらに詳しく聞いてくる丸山さんの質問に、僕はごまかして答えるしかなかった。
「もし私に協力ができることがあったら何でも言ってね。力になれるかはわからないけど、頑張るから」
「ありがとう。その気持ちだけでもうれしいよ」
なんだかんだ言って丸山さんはいい人だ。
それを実感した瞬間でもあった。
「……」
「………」
放課後、今日もいつものように風紀委員の活動である見回りを紗夜さんと一緒に行っていた。
だが、僕たちの間には会話はなく、どこかぎこちない雰囲気に包まれているような気がした。
「今日も、平和だね」
「そうですね。あのようなことはさすがに何度も起きないでしょうし」
試しに話しかけてみても、会話が続かない。
ここ最近は何もない平和な見回りが続いている。
怪奇文章事件のような出来事が最初に起きただけに、刺激がないように感じるかもしれないが、何も起こらないのが一番なうえにこれが普通なのだ。
(何か起こってくれればいいのに)
不謹慎ではあるが、そんなことを思ってしまう。
何か事件があれば、気まずさも和らぐかもしれない。
(事件と言えば、中井さんが気になること言ってたな)
僕はふとその時のことを思い出す。
昼休み、いつものように花音さんたちと昼食をとっているときのこと。
「ねえ、一樹君」
「何?」
「明美ちゃんから、この間気になることを言われたの」
その中井さんの言葉に、僕は先を促す。
「何でも、日菜さんが一樹君のことを聞いてきたんだって」
「……」
「一樹君のことを? どうしてかな」
日菜さんの行動の意図が分からずに、花音さんも首を傾げる。
「具体的にはどんなことを聞いてたの?」
そんな中、僕は真剣な面持ちで、中井さんに聞いた。
「確か、『一樹君は昔から美竹一樹君だよね』だったって」
「そう……中井さん。今後も日菜さんに関することは僕に教えてもらってもいい? どんなに些細なことでも構わないから」
「うん。明美ちゃんたちにもお願いしておくね」
とりあえず、網を張り巡らせることで、その話は終わりとなった。
(あの質問、いつもの日菜さんの謎の行動でもあるけど)
思い返してみても、日菜さんの意図するところが全く分からない。
だが、彼女が謎の行動をするのはよくあることだ。
僕もそれによく巻き込まれていたのだから、よくわかる。
だが今回のそれも謎の行動だと簡単には片付けることはできない。
(もし、そのままの意味だとしたら)
日菜さんがわざわざ聞く必要もないことを聞いてくる理由で、考えられることはただ一つだけある。
(気づいた……か)
僕が高校になった時、日菜さんから言われた『隣の家』に住んでいた僕と同じ名前の人物。
それが僕だということに勘付いたとしか思えない。
(どうしたものか)
このままいけば、僕が奥寺であることが判明するのも時間の問題だろう。
その時までに、僕は対策を講じておく必要がある。
あるのだが、一向に思い浮かばない。
「ん―――――一樹さんっ!」
「うわ!? な、何? 紗夜さん」
考えている僕に、紗夜さんの大きな声で呼ばれた僕は考え事を中断して、不機嫌そうな表情を浮かべている紗夜さんに用件を尋ねる。
「”何?”ではありません。さっきから何度も呼んでいるのに、無視しないでください」
「ごめん。ちょっと考え事をしていて」
どうやら先ほどからずっと僕に話しかけていたようで、僕は紗夜さんに謝った。
「別にいいんですが。それよりも、一樹さんの”考え事”、何か力になれることはありませんか?」
「えっと………今のところは」
「そうですか」
どこか残念そうに引き下がる紗夜さんに、僕は罪悪感を感じずにはいられない。
こうなっている原因は分かっているのだ。
そして、それを何とかできるのが僕しかいないということを。
「はぁ……結局ぎこちないままだったな」
夜、自室のベッドの上に仰向けに寝転んだ僕は、ため息交じりに口にしていた。
ここ最近のぎこちなさの原因は、間違いなく数日前の雨の日の一件だ。
(告白、されたんだよな……夢じゃなくて)
最初は夢だとも思ったが、紗夜さんの態度などがそれが現実であることを物語っていた。
あの時僕は返事を先延ばしにしている。
理由は、自分の気持ちがわからないと言っていたが、実際のところは彼女の気持ちから逃げているのだ。
(僕にとって、紗夜さんってどういう存在?)
それをここのところ毎日自分に問いかけている。
友達?
それとも知り合い?
色々なことが頭の中をぐるぐる回っている。
もちろん、紗夜さんのことが好きなのか嫌いなのかと聞かれれば、間違いなく前者だ。
だったら、すぐに紗夜さんに返事をすればいい。
そう思うかもしれないが、一つだけ大きな問題があった。
それは、どういう”好き”なのかがわからないことだ。
もし、このまま即答で彼女に好きだと言ってしまったら。
もし、自分の”好き”の気持ちが、異性としてではなく、友人としてであれば、それは紗夜さんのお心を深く傷つけることにもなる。
だからこそ、自分自身の気持ちをはっきりとさせておく必要があるのだ。
だが、それをはっきりさせようとしていても。中々はっきりとしない。
それがここまで返事を伸ばし続けている一番の要因だった。
(早く答え、言わないと)
そう思いながら、気づけば僕はそのまま寝てしまうのであった。
それからも、何の進展もなく時間だけが過ぎていく。
そして気づけば、合同ライブまで残すところあと7日に迫っていた。
「一樹さん」
この日も、いつものように合同練習の休憩時間に、飲み物を飲みながら休んでいると、紗夜さんが話しかけてきた。
「一樹さんが悩んでいる内容は、大体見当がついています。私のあれが原因ですよね」
「……」
紗夜さんの言葉に、僕は無言で頷く。
もしかしたら彼女と話していれば、僕の悩みも解決に向かうかもしれない。
「すみません。あの話は忘れてください」
「え?」
だが、紗夜さんが口にしたのは僕の予想を大きく裏切るものだった。
「私は、一樹さんを困らせるつもりはなかったんです。ただ、あの時はつい、勢いで言ってしまって……私は一樹さんのつらそうな姿は見たくないんです。だから、私のあの言葉は、忘れてください」
「………」
僕は彼女を直視できなかった。
”忘れろ”と言っている紗夜さんの表情が切なげで、目を潤ませている彼女の顔を僕は見ることができなかった。
何かを言わなければいけない。
でも、口に出せない。
喉元まで出かかっているのにもかかわらずだ。
「紗夜さん僕は――――」
そのもどかしさを打ち破って、紗夜さんに自分の気持ちを言おうとした時だった。
携帯が震えたのは。
「ごめん」
僕は紗夜さんに謝りながらも、携帯を取り出す。
どうやらメッセージが届いたことを告げるものだったらしく、僕はすぐにそのメッセージを確認する。
「………」
「一樹、さん?」
「紗夜さん、ごめん。この話、一回保留にして」
僕の様子の変化に、戸惑った様子で声をかけてくる紗夜さんに、僕はそれだけ告げると、休憩時間も終わりということもあってスタジオに戻る。
(いよいよ、か)
心の中で覚悟を決めながら。
この章での一樹は、ずっとうじうじしているので、とてももどかしくなったりします(汗)
二人がくっつくのはまだまだ先になりそうです。
それでは次回にてお会いしましょう