Roseliaとの合同練習が終了した僕は、その足である場所に来ていた。
「待たせてごめん。今練習が終わったところなんだ」
「……」
そこですでに来ていた人物に言葉を投げかけるが、何も返事をしない。
こちらに背を向けているため、どのような表情をしているのかは全く分からない。
「それで、話って何? 日菜さん」
僕は、呼び出した人物……日菜さんに用件を尋ねる。
窓から差し込む夕日は、部室内を照らし続けていた。
「一君は、あたしのこと友達だって思ってる?」
「突然何を――「いいから答えて」――……友達だと思ってるよ。当然じゃない」
日菜さんの突拍子もない質問に、首を傾げながらも、僕は答える。
「だったら、あたしのお願いを聞いてほしいんだけど」
そういってこちらに振り返った日菜は
「もうおねーちゃんに会わないでほしいんだ」
と、僕に告げたのだ。
その表情からは、冗談で言ってるとは思えなかった。
「……悪いけど、答えはノーだ。例え理由があったとしても、日菜さんに紗夜さんと会うなと言われる筋合いがないし、実際問題無理だ」
日菜さんの要求に応じることはできない。
彼女と会ってはいけない理由も見当がつかなければ、今は大事なライブが控えている状況だ。
できるはずがないのだ。
「そっか……」
その僕の答えは、日菜さんにしてみれば予想通りのものだったようで、驚いた様子は微塵も感じなかった。
「そんなに、おねーちゃんをいじめたいんだ?」
「……悪いけど、その”いじめた”については全く心当たりがないんだけど」
「そーだよね。でもね、いじめたほうにはなくても、いじめられたほうはいつまでも覚えてるんだよ」
全く話がかみ合わなかった。
「しかも、ご丁寧に名前まで変えておねーちゃんをいじめるなんてサイテ―。全然るんってこない」
「人の話はちゃんと聞こうな。僕はいじめてはいない。全くの濡れ衣だ」
なんだか、名前が変わったことも悪くとらえられてしまっている。
本当は両親が死んで親戚に養子で引き取られただけなのに。
「じゃーさ、最近おねーちゃんがずーんってなるのはどうして? しかも一君の名前を出すたびに」
「……」
日菜さんのその問いに、僕は何も言えなかった。
言えるはずがない。
紗夜さんから告白され、その答えを保留にしているからだとは。
「ほら、やっぱりやましいことがあるんじゃん」
その結果、日菜さんには悪い意味にとらえられてしまう材料の一つとなってしまった。
「……いじめてはいない。と言ったところで、日菜さんは信じないんだろうね」
「あたしは、最初は信じたよ。一君はそんな人じゃないってね。でも、あの写真が一君の嘘を……本当の姿をあたしに伝えてくるんだよ」
「写真?」
日菜さんが口にした言葉に、僕は首を傾げた。
(僕の写真、全部隠したって言ってたんだけどな)
日菜さんの両親に頼んで、僕の写真を隠してもらったのだが、どうやら隠しそびれていた写真があったようだ。
思えば、それをお願いした時から、こうなることを避けようとしていたのかもしれない。
まあ、実際にその最悪な状況を迎えているわけだが。
「たしかに、会ったことがないと嘘を吐いたことは認めよう。だが、僕が紗夜さんをいじめたというのは事実無言だ」
「違う! おねーちゃんをいじめたんだ! それで名前を変えてまたおねーちゃんを苦しめている。今度こそ、あたしがおねーちゃんを守る」
話が全くかみ合わない。
日菜さんはもう、僕の話を聞いてはくれない。
何せ、日菜さんの僕を見る目が、親の仇を見るようなものになっているのだから。
これ以上話し合いをしたところで……言葉を交わしても何も意味がない。
これ以上話したところで、何も変わることはない。
「話はそれだけ?」
「あと一つだけ」
彼女はいったんそこで区切ると、
「もう、
「……わかった」
”大嫌い”その言葉は、僕の胸に深く突き刺さる。
それでも僕は彼女に背を向けると
「さようなら。
と告げて、部室を後にするのであった。
「あ、雨」
学校を後にすると、雨が降り出した。
先ほどまでは晴れていたのに、天気とは不思議なものだ。
「ほんと、嫌なタイミングで降るよな」
思えば、雨が降るときは何時もろくなことが起こらなかったような気がする。
僕が事故にあって、両親を亡くしたのも雨が降る夜だし、やっていたバンド”HYPER-PROMINENCE”を解散させることを決めた時も雨が降っていた。
僕はこの怪奇な偶然を恨みながら、携帯していた折り畳み傘を取り出すと、それを差して家に向かって歩く。
「何で、こうなるのかな」
ふと口から洩れたその言葉に答える人は誰もいない。
答えてくれたところで、もうすべては手遅れだ。
(まあ、いずれはこうなる運命だったんだ)
僕とて、一生これが隠し通せるとは思っていない。
どこかでバレる時が来るだろうとは思っていたが、こうもあっけなくばれてしまうと、驚きも感じられないのだ。
こうして僕は、高校になって最初にできた友人を一人、失うのであった。