氷川さんと絶交してから数日が過ぎた。
あれから特に変わったこともなく、昼間は花女に通い放課後にはライブに向けての練習をするというのを繰り返していた。
だが、それも表面上の話だ。
「ねえ、今日も言われたらしいよ」
「またか……」
昼休み、どこか疲れた様子を見せる中井さんから告げられた言葉に、僕は頭を抱える。
『合同ライブを中止にして』
ここ数日、啓介や田中君に何度も何度もそう言って、合同ライブを中止にさせるように要求してくるらしい。
そのたびに、中止にするのは不可能だと説明しているのだが、全く話が通じず話は平行線のまま。
田中君たちにも疲労の色が見え始めていた。
(最初に聞いた時は、放っておいたけど、さすがにこれ以上は……)
実は、氷川さんと絶交した次の日から、彼女は田中君たちにライブの中止を要求し続けていたのだ。
田中君が理由を尋ねたところ『あいつがおねーちゃんをいじめてるから』と答えたらしい。
そこから先は、僕の時と同じ問答が繰り広げられるために、話にならないらしい。
問題なのは、それらがライブ開催への妨害にもなってしまっているということだ。
あのライブは僕たちにとって非常に重大な意味を持つものだ。
失敗は許されない。
それを妨害されたとなると、由々しき事態ではない。
「一樹君。誤解を解くことはできない?」
「無理……だな。それをしようとした結果がこれだから」
中井さんはすべてを丸く収められるように、解決策を考えてくれているが、どれも実らないのが現実だ。
「でも、心配しないで。私にいい考えがあるから!」
「そ、そう? いったい何をしようとしてるんだ?」
どうすればそんなに自信を持てるのだろうかと思うが、僕はとりあえず彼女の考えている作戦を聞くことにした。
「千聖ちゃんと彩ちゃんに説得してもらうの。二人には事情を話して協力してくれるって言ってくれたよ。二人だったら解決の糸口だけでも見つけ出せるかもしれないし」
「………だといいんだけど」
中井さんの策は”丸山さんたちに説得してもらうこと”だった。
あの二人なら、もしかしたら彼女を説得することができるかもしれない。
「今日、パスパレで集まるみたいだからその時に言ってみるだって」
「二人には、あとでお礼でも言わないと」
なんとなく白鷺さんあたりから”お返し”を求められそうな気がするが、背に腹は代えられない。
これで誤解が解けるならそれで構わない。
そんな僕の希望をあざ笑うかのように、その日の放課後のバンドの練習の休憩中に中井さんから伝えられた結果は残酷なものだった。
「駄目だったって……」
★ ★ ★ ★
「はぁ……」
氷川家の日菜の部屋で、彼女は深いため息を漏らす。
(彩ちゃんに謝らないと)
それは、放課後の事務所で、彩たちと話していた時の出来事だ。
他愛のない話を続けていた彼女たちだったが、
「そ、そういえば、美竹君の話なんだけど」
という彩の言葉でそれは一変する。
「話は聞いたけど、どうして日菜ちゃんは紗夜ちゃんのことをいじめたって言うの? その場面を見たのかな?」
「それは……」
彩の問いに、日菜は答えようとしたところで、何かを思い出したかのようにぴたりと動きを止める。
「ねえねえ、彩ちゃんは誰から話を聞いたの?」
「えっと、それは……」
突然の日菜からの問いかけに、彩は言葉を詰まらせてしまった。
だが、それだけでも彼女の知りたい情報を知るのには十分だった。
「彩ちゃんが何を聞いたかわからないけど、あたしは絶対にあいつのことを許すつもりはないからっ」
「日菜ちゃん、そんな言い方は――「何も知らないくせに勝手なことを言わないでっ」――あ、日菜ちゃん!」
千聖が何とか落ち着かせようとするが、日菜は大きな声を上げると、そのまま走り去ったのだ。
そして、そのまま自宅に戻ってきたのだ。
「……彩ちゃんに謝らなくちゃ」
あの時は頭に血が上って感情的になってしまったが、落ち着いて考えれば彩は無関係だ。
そんな彼女に大きな声で怒鳴ったことを謝るべく、日菜は携帯を取り出すと彼女にメールを送信するのであった。
「あたしは、何があってもあいつを許さない………何があっても」
その決意表明のような言葉には、どこか言い聞かせているような感じも含まれていた。
こうして、一樹と日菜の溝はさらに大きくなっていくのであった。
★ ★ ★ ★
丸山さんたちの説得が失敗したという報せは、僕の中で一つの道を指し示すきっかけとなってしまった。
(やるしかないのか?)
それは彼女の存在を、ライブ開催の……僕たちの宿願成就の障害と認定して排除することだ。
そのための手段は用意してある。
だが、それを実行すればもう彼女とは元の関係には戻れない。
(出来れば、それだけは防ぎたい)
今はまだ花女に通っているからいいが、あと少しすれば留学が終わって僕は羽丘に戻るのだ。
そう、彼女の隣の席にだ。
そうなれば、どうなるかは考えただけでも頭が痛くなる。
(でも、解決策はもうない)
自分でも、どうすればいいのかが全く分からないのだ。
ただでさえ紗夜さんとのことでもあたふたしているのに、ここにきて彼女の問題にぶつかるというのは、僕にとっては最大の不運でしかなかった。
「遅いわね」
「確かに。皆HR終わってすぐに教室を後にしてたから、先に来ると思ってたんだけど」
苛立ちをあらわにする湊さんに、リサさんはどうしたのかなと言いながら窓の外に視線を向ける。
この日も、Roseliaとの合同練習の日だったのだが、集合時間になっても啓介達が来ないのだ。
「一樹さん、何か聞いてないんですか?」
「一度、事務所によってからこっちに来るって言ってたけど、何かあったのかな?」
啓介たちからは、野暮用で事務所によってからCiRCLEに向かうというメールが来ていたので、湊さんには多少遅れるかもしれない旨は説明していたが、多少の範疇を思いっきり超えていた。
「もう30分も遅れてるよね」
「何か、あった……のでしょうか?」
「あこ、ちょっと外見てきます」
ここまで遅れてくると、何かの事件に巻き込まれた可能性すら出てくる。
あこさんだけでなく、僕たちも外に探しに行こうとした時だった。
大きな音を立てて入り口ドアが開いたのだ。
「ご、ごめん……なさい」
「ちっと、遅くなっちまった」
肩で息をしながら遅れたことを謝る、啓介たちの姿だった。
次回で、本章が完結となります。