第191話 守るため
どんな学校でも必ず訪れるものの一つが、終業式だ。
「どこの学校も校長の話は長いのね」
「うん、確かに長いね。もう少し短くなればいいのに」
「丸山さん、一樹さん。先生の話はまじめに聞言えください」
僕たちの話の内容が聞こえたのか、紗夜さんに窘められるが、もうすでに終わったことだ。
「ご、ごめんね紗夜ちゃん」
「これ言ってたの、僕じゃないんだけど……はい、ごめんなさい」
紗夜さんの目の鋭さが激しさを増したのを見て、僕は素直に謝る。
本当にこれを言っていたのは僕ではなく彼女なのだ。
それはともかくとして
「あ、そうか。もう美竹君がこっちに来るのは次で最後なんだよね?」
ふと、思いついたように話題を変える丸山さん。
彼女の言うとおり、僕の留学(正式名称は風紀委員交流会だが)は次の登校日をもって終了となる
「うん。確か来月の上旬の登校日だったはずだけど」
「そうなんだ。なんだかあっという間だったね」
「まあ、そんなもんでしょ」
短い期間の留学だ。
感慨深くなるわけがない。
とはいえ、次の始業式は羽丘に戻るわけだが。
(そういえば、あいつ大丈夫か?)
羽丘がらみで、彼女のことを思い出してしまった。
あの日、僕を殴り飛ばした氷川さんに対して、僕がとった行動は『監査部への訴え』だった。
前回の一件もあり、僕個人でも事務所内ではかなり発言力を高めることができたと思う。
そこで、監査部に対して彼女から一方的に暴行を受けた旨の訴えを出したのだ。
思いっきりこちらの要求をのまなければ、裁判沙汰にするという脅しをかけて。
その結果、第三者である田中君と白鷺さんの証言もあってか、僕の要求通りの処分が即日下されたのだ。
それが、1週間の自宅謹慎&停学処分だ。
なぜ羽丘のほうにまで波及しているのかというと、単純に社長に暴力沙汰を起こしたという話を伝えてくれるようにお願いをしただけだ。
結果、彼女は終業式を自宅で迎えている。
(こうもあっけないとはな)
自分で動いておいてあれだが、振り返ればすんなりと手を打つことができた。
とはいえ、まだこの一件は解決していないのだが。
BanG Dream!~隣の天才~ 第5章「始まる関係」
翌日、喫茶店で僕の向かい側に座っている白鷺さんと紗夜さんの二人と話をしていた。
この後バンドの練習があるので、時間に余裕があるというわけではないが、白鷺さんと紗夜さんの二人から呼び出されてしまった為に、練習が始まるよりも前に、喫茶店で集まることになったのだ。
話の内容はもちろん、この間の氷川さんの一件のことだ。
「あの日、日菜が泣いていたので話を聞いたら、一樹さんとのことを聞きました」
「そう」
どうも、W処分が下された日に姉である紗夜さんに泣きついたらしい。
無論、どうにかしてほしいというわけではなく、ただ話を聞いてほしかっただけのようだがけど。
「あれはやりすぎじゃないかしら?」
それを受けて、白鷺さんも苦言を呈してくる。
「確かに、手を上げた日菜には100%非があります。ですが、そのこととこれはあまり釣り合いが取れてないと思うのですが」
どっちかにひいきするわけでもなく、客観的に物事を考えられる紗夜さんらしい指摘だった。
「確かに、そうだろうね。でも、これの目的が彼女を”懲らしめる”ためではなく、”守るため”だとしたら、納得してくれる?」
「日菜ちゃんを……守る?」
突拍子もない目的に、目を瞬かせる白鷺さんが、あの時に事情説明をせずに僕に協力をしてくれたことは奇跡に近い。
「このまま彼女の妨害行為が続いていたら、どうなっていた? このままいけば話は僕と彼女の個人的な話では済まなくなっていく。最悪Pastel*Palettesにまで波及していく可能性がある」
「そんな、まさか」
「確かに……もしメディアに取り上げられでもしたら……」
紗夜さんとは違い芸能界に詳しい白鷺さんには、僕の言わんとすることが分かったようだった。
「Moonlight GloryとPastel*Palettesの全面闘争とか不仲説とかで騒がられるのは、こちらとしても避けたい。だから、彼女には短期間ではあるが休んでもらうことにしたんだ」
これは、それ以上争いの種を大きくしないための策だった。
現に、あの時僕はメンバーから氷川さんをどうにかするべきだと詰め寄られていた。
僕がわざと彼女の怒りをたきつけるようなことを言って実力行使に出させ、それをネタに彼女の処分を要求するという計画を実行に移すのに、本当にギリギリのタイミングだったのだ。
「でも、その結果日菜は貴方のことを……」
「それはどうかな?」
確かに紗夜さんの言うとおり、この一手が彼女の怒りをさらに増幅させるというリスクもある。
「あいつはそこまで馬鹿じゃない。今は感情的になっているけど、一度落ち着いて、冷静に考えた時、彼女は一番いい着地点を導き出すはずだ」
それでも、僕にはそう言える確信があった。
「それを導き出したときは、僕はその結果を尊重する。例え、絶交という結果が覆らなかったとしても、ね」
「……日菜ちゃんのこと、信じてるのね」
「当たり前だよ。伊達に1年も友人として付き合ってるわけじゃないんだから」
白鷺さんの柔らかい笑みに、僕は視線をそらしながら応える。
結局は、彼女自身に判断を委ねるという手しかないのだ。
「なんだか、悔しいです。一樹さんは私よりも、日菜のことを理解してるんですね」
「そうでもないよ。本当に理解できてるなら、ここまでの事態には発展していないはずだから」
少しだけ頬を膨らませて口にした紗夜さんの言葉を、僕は否定する。
白鷺さんたちに説得をお願いしてどうなった?
僕が説得をしようとして、どうなった?
そのすべてが裏目に出るか、無意味になってしまっている。
「結局のところ、もうどんな手を使っても、結果は変わらない。もう、どうにもならないんだよ」
今の僕は、将棋で言うところの”王手”の状態なのだ。
「……美竹くん」
「一樹さん」
二人の悲しげな表情は、いったいどういう意味が込められているのだろうか?
(本当に、色々と頭が痛いよ)
むしろ頭だけじゃなくて胃が痛くなりそうだ。
そんな時だった。
―――ドクンッ
(やばっ)
やや大きな鼓動が聞こえたような気がしたのは。
「一樹さん?」
それを聞いた僕は、僕の様子の変化に、声をかけてくる紗夜さんたちをしり目に、慌ててギターケースに常備しておいた薬を出そうとするが
「う゛っ」
それを止めるかのように体中に強烈な痛みが走り、僕はそのまま倒れこむ。
「一樹さん!?」
「いけないっ! 誰か、救急車をっ」
紗夜さんたちの慌てた様子の声とは裏肌に、僕の意識は急激に遠のいていく。
「しっかりしてくださいっ 一樹さんっ!!」
紗夜さんのその言葉を最後に、僕の意識は完全に途切れた。