(何とか間に合った)
森本さんから電話をもらった僕は、彼女から知らさえた場所に急いで駆けつけた。
そこで見たのは、彼女の腕をつかんで何かをわめいている男の姿だった。
彼女がその手を振り払うと、男は彼女を殴り飛ばそうとしていた。
僕はなんとか間一髪彼女の前に割って入ると、その拳を受けとめることができた。
「ったく、真昼間から何をしてるんだ?」
「え……?」
おそらく、今後同じような状況になったとしても同じことはできないだろうなと思いながら、僕は軽口を言いながら奴の顔を見る。
(こいつ、阿久津じゃないか)
そこでようやくこの男の正体に気づく。
名前は阿久津 正。
僕と同じ学園に通う同学年の学生だが、男女含めて評判は最悪だ。
言動は常に人を見下しているのに加えて、女癖も悪い。
何でも、はーれむ王国を作るという野望があるらしい。
啓介いわく『ありえない。マジであり得ない』とのことだが。
「ドロドロ展開は昼ドラの中で十分だ」
「あぁ? てめぇ、ゴミの分際で俺様と日菜の話を邪魔するんだ?」
「話? 私には君が暴力をふるおうとしたようにしか見えないが?」
阿久津のどすを利かせた言葉にも、ひるむこともなく淡々と返していく。
ぶっちゃけ、花咲ヤンキースとやり合った時ほど怖くもないので、すごんだところで僕には通用しない。
「頭大丈夫かぁ? あれは暴力じゃないの。躾け、教育なわけ。この俺様の側室になるんだ、このくらいの教育は受けて当然だ。や、むしろ泣いて喜ぶべきだな」
「おいおい、お前の方こそ大丈夫か? この国は一夫多妻ではないぞ? というか、仮に付き合っていたとしても、女に対して勝手な理由で暴力はよくないだろ? そんなこと、馬鹿でも気づくと思うんだけどな」
阿久津の思考のやばさに、僕は完全にドン引きしながら反論する。
というか、想像以上にやばそうだ。
下手すると”自分が神様だ”とか言い出しそうなほどヤバイ。
「てめぇ、ゴミの分際で神でもあるこの俺様を馬鹿呼ばわりだと? 俺様を誰だと思っているんだ。俺様にはな―――」
「もちろん、わかっているさ。阿久津正さん?」
本当に自分のことを神だと言った阿久津の言葉を遮るように、僕は彼の名前を言ってやった。
すると、阿久津は驚きからか固まる。
「公園、金属バット、フルスイング」
「ッ!?」
僕が続けざまに口にした3つの単語に、阿久津の表情に驚きの色が出る。
「お前の所業、すべて見させてもらった。証拠もある」
「……貴様っ」
僕がボソッとそう告げると、阿久津は僕に対して睨みつけ始めた。
実は、この間発生した通り魔事件の犯人が、目の前にいる阿久津正なのだ。
なぜそのことを僕が知っているのかというと、この人物が反日菜グループの幹部クラスの人間だからだ。
どういう理由なのかは不明だが、このグループに所属している。
そして、調査の結果反日菜グループのメンバーで一番やばいのが阿久津だったりもする。
そんな彼だが、僕の言葉に際ほどまでの余裕はなくなり、激しく動揺していた。
「これ以上ちょっかいを出すなら、こちらにも考えがある」
「っち、覚えてろよっ」
僕のその言葉がトドメとなったのか、阿久津は捨て台詞を吐きながらその場から逃げ去った。
「捨てセリフは三流なんだな」
「……ねえ」
阿久津の言動に対して、あきれ果てていると僕の後ろにいた氷川さんが声をかけてくる。
「ケガとかないか?」
「え? う、うん。大丈夫」
「そうか」
現在対立しているとはいえ、彼女の無事が確認できて、僕はほっと胸をなでおろした。
「家まで送ってこう。僕がいなくなるのを近くに隠れて待っている可能性もあるし」
「う、うん」
僕は、そう言って彼女を自宅まで送っていくことにした。
公園を出てから、僕たちの間には会話らしい会話はなかった。
向こうから話しかけてくるなんてことは状況を考えてもあり得ないし、こちらも対立中の相手にどう話しかければいいのかがわからないので、当然の状況だった。
「ねえ。どうして、あたしのことを助けてくれたの?」
そんな中、長い沈黙を破ったのは日菜の困惑した様子の問いかけだった。
「どうしても何も、目の前で困っている知り合いを放っておくほど、僕は性根が曲がっているわけじゃないから」
本当は違うのだが、これもこれで正しい答えだ。
僕は彼女の顔を見ていないので、どういう表情をしているのかはわからない。
わかるつもりもないけど。
「……この間は、顔を殴ってごめん」
「………別に、こっちが煽ったのもあるし、それに対する処分はされている。これ以上の謝罪とかいらない」
そもそも僕はあの時、彼女に暴力を振るわせるために煽ったのだから、謝ってもらう必要はない。
逆に謝られると困るくらいだ。
(でもまあ、その言葉が出るということは、少しは冷静になったみたいかな)
それだけでも、殴られたかいはあるというものだ。
その後、特に会話もなく彼女の自宅前にたどり着いた僕は、玄関のほうに歩いていく彼女を見送る。
「ありがとう、―――」
家に入る間際に、こちらにぎこちない笑みを浮かべて言われたお礼の言葉に、僕は少しだけ表情が和らぐのを感じた。
最後のほうに何か言っていたけど、それは聞き取れなかった。
玄関のドアが閉まるのと同時に、まるでタイミングを見計らったかのように電話が鳴った。
僕はポケットに入れていた携帯を取り出すと、相手を確認する。
(ゲッ)
その相手を見た瞬間、僕は嫌な予感を感じた。
相手は『蘭』だった。
「もしも――」
『兄さん、今どこにいるの? 入院中だよね?』
僕が言いきるよりも前に、淡々とした口調で疑問を投げかけてくる蘭。
その口調は明らかに怒っている様子だった。
「ちょっと、色々あって外にいる」
『今、病院中が大騒ぎだから、早く戻ってきて』
(うわ、これはお説教は覚悟だな)
僕は訪れるであろう地獄を覚悟しつつ、足早に病院に戻るのであった。
次回で、彼女との一件は、一応の解決となります。