そして、今回やや長めです。
あれから数日ほど過ぎ、ついに僕の退院の日が訪れた。
(まあ、色々と居心地が悪い数日間だったけどね)
この間彼女を助けるために病院を抜け出したのだが、どうやら僕が思っていた以上に大事になってしまっていたらしい。
具体的には、お見舞いに来た義父さん達が僕が病室にいないことに気づいて看護師の人に伝えたところから始まり、病院中を看護師が総出で探し回ったらしい。
もしあの時の連絡に出なければ、警察への連絡すら考えられていたのだから、恐ろしい。
あの後、病院に戻った僕を待っていたのは病室での看護師の偉い人(確か看護師長だったような気がする)と主治医の先生に院長と義父さん達によるお説教だった。
主治医の人たちからは、どうして入院が必要で、安静にしておかなければいけないのかをこんこんと言われ続けた。
説明の中に、何度も”命を落とす”という言葉が出てくるたびに、冷や汗が止まらなかったけど。
そして、義父さん達からはどれだけ心配したのかを怒られた。
その結果、僕は軟禁状態にされ、家族以外の面会を不可能にされるという、ペナルティを課せられることになったが、退院の日程にずれがなかったのは幸いだ。
まあ、主治医に『あれだけ動き回れるのであれば、十分だろうね』という嫌味は言われたが。
とまあ、そんなこんなで晴れて僕は退院することができたのであった。
「おはよう、皆」
「一樹!」
「一樹君」
「美竹君」
その足で向かったのはCiRCLEの練習スタジオだった。
僕を見た皆が、驚いた様子で駆け寄ってくる。
「もう体は大丈夫なの?」
「うん、おかげさまで」
「一樹さん、退院おめでとうございます!」
「退院できて……良かった、です」
口々に退院のお祝いを言われるというのも、慣れないものだ。
「早速だけど、練習始めてもいい? この数日の遅れ、取り戻したいんだ」
「ええ、もちろんよ」
こうして、僕たちは練習を再開させる。
入院中は森本さんがピンチヒッターとしてギターを弾いていたので、練習自体は滞りなく進んでいたようで、僕が驚くほどに曲の完成度は高かった。
それは、この日の練習で本番を迎えてもいいほどにだ。
そんな最高の状態で、ついに僕たちはライブの日を迎えるのであった。
ライブ当日、僕たちは楽屋のほうでそれぞれ神経を集中させていた。
(ギターと僕のコンディションも大丈夫。不安要素はない)
まさしく最高の状態だ。
そんな時、ドアがノックされる。
「どうぞ」
「失礼します」
田中君が外にいる人物に声をかけると、ドアを開けて入ってきたのは相原さんだった。
「皆様、おはようございます。本日のライブですが、機材の最終確認を終え、間もなく開場となります。チケットの販売率も事前予約を含め120%となっております」
「わかりました。Moonlight Gloryの名に懸けて、このライブを成功させて見せます」
チケットが完売したのは、僕にとっては予想外だった。
予想以上の販売速度に、急遽ライブビューイングが決まったらしい。
(まあ、Roseliaが出演するんだから、当然か)
彼女たちは雑誌などで大々的に取り上げられたことのあるほど、人気のあるバンドだ。
そんなバンドと合同ともなれば、かなりの話題性にもなるのは予想できたが、それでもこれはすごいことだった。
「なあ、あいつらのところに行かねえか?」
「ん? Roseliaのとこか?」
相原さんが楽屋を後にしたのを見計らって、田中君がそう提案してくる。
「ああ。大丈夫だとは思うが、あいつらの様子を見ておきてえんだ。何せ、成功のカギを握っているからな」
確かに、田中君の言うとおりだ。
このライブを成功させるには、Roseliaのみんなも演奏を成功させる必要がある。
緊張してないかだけでも見ておくだけ損はないだろう。
「そうだね、行こうか」
とまあ、そんなことで僕たちは彼女たちがいるであろう楽屋に向かうのであった。
『Roselia』と書かれた楽屋の前に来た僕たちは、そこで中井さんたちと合流した。
「やっぱり、みんな思っていることは一緒なんだね」
「まあな、それが俺達だし」
言葉に出さなくとも、なんとなくではあるが通じてしまう。
それもまた幼馴染という名の力なのかもしれない。
そんなわけで、ドアをノックすると
『はい』
「ごめん、今大丈夫? 男もいるけど」
と、リサさんの声で返事が返ってくるので、森本さんが代表して中に声をかける。
楽屋なので、着替え中ということも考えられる。
気なしにドアを開けて着替え中の彼女たちとご対面なんてことがあれば、僕たちの信用問題にもなりかねない。
まあ、僕たちの中にそのようなことをする気なしはいないと思いたいが。
『うん。こっちは着替え終わってるから、オッケーだよ☆』
「っく」
そう、着替え終えていることを知って残念そうな声を上げているような人はいないんだ。
だから、今のは幻聴だ。
そして、森本さんたち女子を先頭に、僕たちは楽屋に足を踏み入れる。
リサさんの言うとおり、すでに全員がステージ衣装を身に纏っており、各々でこの後始まるライブに向けて集中している様子だった。
「どうしたの? みんなして」
「ああ。お前たちが緊張とかしてねえかと思って様子を見に来たんだ。お互いに失敗は許されないライブだからな」
リサさんの言葉に、田中君が一歩前に出て全員を見渡しながら要件を口にする。
その口調は、若干挑発にも聞こえる。
「私たちは問題ないわ。あなた達こそ、失敗は許されないわよ」
「当然だ」
流石は湊さんだ。
あからさまな挑発に乗ることもなく、しれっと返してきた。
「あ、そうだ」
そんなとき、リサさんは何か思いついたのか、奥のほうでギターのチェックを行っていた紗夜さんのもとに駆け寄る。
「紗夜、ちょっとこっちに来て」
「え? 今井さん、どういうことですか?」
リサさんは困惑している紗夜さんの腕を引っ張ると、僕の前に彼女を立たせると
「ねえ、どう? 紗夜の衣装。かなりイケてると思わない?」
と小悪魔のような笑みを浮かべて聞いてきた。
「なっ!? い、今井さん何を――」
「うん。紗夜さんによく似合ってるよ」
紗夜さんが抗議の声を上げるのを遮って、僕はそれに答える。
正直、もう少しうまい言い方はないものかと思うが、これで限界だ。
「っ!?!?」
「あはは、顔が真っ赤だよ、紗夜」
「今井さんっ!!」
僕の衣装の感想を恥ずかしがってなのか、それとも怒りでなのかはわからないが、顔を真っ赤にした紗夜さんの怒った声は、全く迫力がなかった。
「さ、佐久間さん。この間話しておいた課題は、ちゃんとできてますよねっ」
「ゲッ、俺のところにとばっちりがっ」
『あはははっ』
完全に、とばっちりな啓介の様子に、楽屋内に笑い声が溢れかえる。
開場時間を迎え、ステージに向かう頃には、すっかり緊張などはなくなっていた。
(さあ、始めよう。僕たちの新たなステージの門出となるライブをっ)
そして僕たちの合同ライブが幕を開けるのであった。
ライブの時間の割り振りとしては、僕たちのグループで2時間、Roseliaで2時間、休憩や転換などで1時間という感じになっている。
タイムスケジュールも最初に僕たちが演奏を行い、その後シャッフルしたバンドで演奏を行う。
この後、30分ほどの休憩を経て、Roseliaの演奏となる。
前半である僕たちの演奏は大した問題もなく終わり、ついにシャッフルバンドの演奏となった。
僕たちがステージ袖のほうに移動し、最初に演奏する『Moonlight ilia』のメンバーである田中君たちがステージに上がる。
『どうも! 早速だけど、メンバー初回言っちゃうよ!』
今回はボーカルということで、森本さんがメンバーの紹介をしていく。
会場内からは、そのたびに歓声が返ってくる。
『私たちは今回のライブのみ結成したバンド”Moonlight ilia”です。それじゃ早速だけど、一曲聴いてちょうだい!』
そして、演奏が始まった。
「中々激しい曲ね」
「まあね。レベル的にはかなり高めにしてるけど、Roseliaのメンバーg担当する楽器のパートは難易度的には実力のレベルと同じくらいにしてあるから、練習さえしていれば無事に演奏しきれるはず」
基本的に、Moonlight Gloryが表立った楽曲は、かなり難易度が高くなる。
とはいえ、そこまでのレベルにすると、かなりきついと思うので、ある程度は下げているが。
「わー! リサ姉と紗夜さんカッコいい!」
「うん、すごいね。あこちゃん」
演奏を聞いていたあこさんたちが感想を言っている中、曲はついに終盤に差し掛かる。
「あれ? 今のところはセリフなんてないはずだけど……」
「あ、それはあこがかっこいいセリフをリサ姉に教えたんです!」
(なるほどね……いつのまに)
どういうわけか僕の知らないところで入れられたセリフパートの真実に、僕は苦笑を浮かべるしかなかった。
まあ、これはこれでいいかと納得したところで演奏は終わった。
『皆ありがとう! 次のバンドもよろしく~』
観客たちに手を振りながらこちらに来る彼女たちと頷き合いながら、僕たちもステージの上に上がる。
「Rose gloryです。早速だけどメンバー紹介、行くわよ。まずはギター、一樹」
「どうも」
「ドラム、宇田川 あこ」
会場の盛り上がりはすでにいい感じに高まっていた。
あこさんのドラムの演奏に歓声が送られてくる。
「キーボード、白金 燐子」
「ベース、裕美」
「そして、我らがバンドのボーカル。湊 友希那」
リサさんと予め話し合っていた湊さんの紹介用のセリフで、メンバー紹介は終わりそのままの流れで演奏が始まる。
湊さんの歌声は、今回の曲調にぴったり合っている。
(やっぱり、この曲は彼女たちに合うな)
元々はMoonlight Gloryとして演奏するつもりだったこの曲だが、まだ僕の満足の行く音が出ていないということで見送られていた背景がある。
だからこそ、僕の奏でたい音になっているのが、とても嬉しかった。
途中、あこさんのドラムのテンポが速まったりはしたものの、すぐに僕と中井さんとでリカバリーしたので、そこまで大きなミスにはなっていない。
そして、一番盛り上がる間奏になる。
ここでは、主に僕のギターテクである速弾きの正確さが求められる。
僕は速弾きをしながら、ギターを盾に構える。
そうすると、弦が見えなくなるのだが、それでも感覚でどこを抑えればいいのかを把握できている僕にはあまり問題などなく、僕は間奏パートを弾ききった。
そして、そのままの勢いで僕たちは無事に演奏を終える。
それと同時に会場中にあふれかえる拍手の音は、演奏をやり切った達成感と相まって、とても嬉しく思えた。
「皆、ありがとう。この後も盛り上がって行こう!」
その僕の言葉に呼応するように、会場中から歓声が返ってきた。
そして、僕たちはステージを下りてそのまま休憩に入ると、Roseliaの演奏が始まるのであった。
彼女たちの演奏している姿はいつもより輝いているように見えた。
そして、ライブは盛況の後に幕を閉じるのであった。
次回で、本章はラストです。