「いらっしゃいませ。あ、一樹さん」
「こんにちは、つぐ。何かおすすめとかある?」
日曜日、僕はいつものように羽沢珈琲店を訪れていた。
「はいっ。今日は新作のチーズケーキセットがおすすめですよ」
「おぉ、新作か。それじゃ、それを一つお願い」
「ありがとうございます」
つぐの営業スマイルに癒されつつ、僕は頼んだものが来るまで雑誌を読んで待つ。
「お待たせしました! こちらチーズケーキセットになります」
「ありがとう」
そして出されたチーズケーキに舌鼓を打ちつつ、まったりとするのもまたいつものことだ。
「そういえば、一樹さんって紗夜さんとその……お付き合いされてるんですよね?」
「……誰から聞いた?」
顔を赤くして恥ずかしそうに聞いてくるつぐの言葉に、口に含んでいたコーヒーを吹き出す漫画のようなことをしなかった自分をほめてあげたい。
「えっと……モカちゃんが、リサ先輩に聞いたって」
「あんにゃろ」
何となく想像はついたが、やはりそのルートだったみたいだ。
一度彼女とは、腰を据えて話し合ったほうがいいのかもしれない。
「そ、それでですね。紗夜さん、一樹さんが毎週日曜日にここに来ているのって知ってるんですか?」
「いや、ぜんぜん」
僕の不穏な考えが分かったのか、慌てたように話題を戻すつぐに、僕はそう答える。
「というよりどうしてそんなことを?」
「えっと、もし紗夜さんが一樹さんがここに来ることを快く思ってないようでしたら、一緒に説得しようと思いまして。一樹さんは大切な常連客ですからっ」
どうやら、つぐには紗夜さんが独占欲のようなものが強く、僕がこういう場所に来るのに反対だという人に見られているようだ。
確かに、その可能性もある。
でも……
「大丈夫。紗夜さんはそういう人じゃないし、もし何だったら彼女を誘って来るさ」
「そうですよね。余計なことを言ってごめんなさい」
「いやいや、気持ちだけでもありがたいよ」
こういうところもまた、彼女の良いところなんだよなと、申し訳なさそうに謝るつぐに声をかけながら僕は心の中でつぶやくのであった。
実際に、紗夜さんと交際を始めても、日曜日のルーティンは欠かさないし、もし紗夜さんが怒るようだったら一緒に来るつもりだ。
(でもなんだろう、この変な気持ち)
紗夜さんと付き合うようになって数日。
いつも満ち足りた日々を過ごしているのだが、最近はどこか物足りなさも感じていた。
「ねえつぐ、ちょっと相談に乗ってほしいことがあるんだけど」
「私でよければ。ちょっと待っててください。お母さんに聞いてきますね」
(ほんとう、僕は言い友達を持ったよ)
そう言ってトタトタとかけていく彼女の後姿を見ながら、僕はそう感じるのであった。
★ ★ ★ ★
同時刻、CiRCLEのカフェテリアにリサと紗夜の二人の姿があった。
「それで聞きたいこととは何ですか?」
「うん。実はね二人ともどこまで進んでいるのかなーっていう事なんだけど……ごめん、今のは忘れて」
この日、紗夜はリサに呼び出されていたのだが、それは紗夜に一樹との関係がどのくらい進んでいるのかを聞くつもりだったようだが、紗夜のどこか真剣な表情にこれ以上聞けば怒られるのではと思い、リサはそれを断念した。
「それじゃあさ、二人ってもうデートとかした?」
「………してないです」
「………うそでしょ」
リサの問いかけに返ってきた紗夜の言葉に、リサは思わず聞き返してしまった。
「もしかして、付き合って何日以内にデートをしないといけないんですか?」
「いやいや、そんなことはないけどさ。さすがにデートをしないままっていうのはあれかなー」
(もう、一樹君ってばー。こういうのは男の子のほうからバシッというべき何だよ……)
真面目な面持ちで聞いてくる紗夜に相槌を打ちながら、リサは心の中で一樹に愚痴をこぼす。
「そうだ! 今はちょうど夏休みなんだしさ。デートに誘ってみたら?」
「わ、私がですか!?」
リサの提案に、驚きで目を見開かせる紗夜に、リサは頷きながら言葉を続ける。
「そうそう。だって一樹君ってどこかヘタレみたいなところがあるじゃん? だから、ここは紗夜が言ってあげるほうがいいって」
「今井さん」
「な、何?」
アドバイスをするリサは、改まって名前を呼ばれたことに、背筋をただす。
だが、それは名前を呼ばれたということよりも、彼女の表情にどこか怒りのようなものが含まれているのを感じたからかもしれない。
「一樹さんのことを悪く言うのはやめてもらえませんか? 私はそういうところも含めて彼のことを好きになったんです」
「ご、ごめん。ちょっと言いすぎちゃったね」
(紗夜ってば、一樹君のことになると、ムキになるんだね。なんだかかわいいな~)
慌てて謝りながらも、そんなことを考えているリサは、ある意味大物なのかもしれない。
「でも、どうやって、切り出せば……」
「うーん。例えば、帰る時とかに、行きたい場所を言って一緒に行かないかと誘ってみるのは?」
「ごめんなさい、どういうところに行けばいいのかがちょっと」
(なるほど、まずはここからというわけか)
リサは、紗夜の申し訳なさそうな言葉で、すべてを悟った。
「そうだね……デートの定番といえば遊園地とか水族館。後はプールとかもいいかな」
「なるほど、色々あるんですね」
「あたしのおすすめは遊園地かプールかなー。ああいうところってカップルが多いから、手をつないだりしていても浮くこともないし、一樹君をメロメロにさせることだってできちゃう顔知れないよ☆」
「め、メロメロ……」
何を想像したのかリサの言葉に、紗夜は幸せそうな笑みを浮かべ始める。
「紗夜―、戻ってきてー」
「はっ。ごめんなさい」
そんな紗夜にリサが声をかけると驚いた顔をしながらも、すぐに申し訳なさそうに謝る紗夜に苦笑しながら、リサは話を続ける。
結局、リサによるデート講義は、しばらく続くことになるのであった。
ブラックコーヒーはいかがですか?