今回で本章は完結となります。
軽く原作キャラが登場していたりもします。
久しぶりに音楽の描写を書いたような気がする今日この頃。
完全にリハビリ状態です。
そして、あとがきのほうで次章の予告のほうを軽く書いています。
また、活動報告では主人公含むオリキャラたちのプロフィールも載せています。
よろしければそちらもご覧ください。
それでは、本篇をどうぞ
時は流れていき、いよいよ明日にフェスに出るためのコンテストが開かれる。
今日は練習はせず、各自でベストなコンディションで明日を迎えるようにしようという考えによるもので、僕は自室で軽くギターを弾きながら調子を整えていた。
自室は練習スタジオとは違い防音にはなっていないため、アンプにつないでいない。
なんだか物足りない気もするが、一人で練習スタジオを使ってもさみしくなるのでこれで我慢することにしたのだ。
「一樹、ちょっといいかしら?」
「何? 母さん」
ギターを弾く手を止めて。僕は母さんに用件を聞く。
だが、母さんの用件が、僕にはなんとなくわかってはいた。
「ちょっとお使いを頼んでもいいかしら?」
「別にいいよ。あそこに行くお小遣いをくれたら」
そんな僕の返事もわかっていた(というより、いつもこのやり取りをしているのだから、当然といえば当然だけど)母さんは苦笑しながら受け入れてくれた。
「そんなにその子のことが好きなの?」
「っ?! 違うって。あそこで売っているパンが日本一おいしいからだよ!」
そして、からかわれるのもいつものことだ。
「そういうことにしといてあげる。さ、行ってらっしゃい」
「……行ってきます」
なんだかものすごい敗北感を感じながら、僕はお買い物のメモと、手持ちバッグを受け取ると、微笑んでいる母さんから逃げるように家を飛び出すのであった。
「いらっしゃい、奥寺君」
「どうも。山吹さん」
僕が交換条件で出した場所『山吹ベーカリー』に足を踏み入れた僕に、愛想よく迎えてくれた少女は、ここ『山吹ベーカリー』の看板娘にして、僕と同じ学校……花咲川学園中等部に通う
「今日もお店の手伝いなんだ」
「まあね。そういうそっちもお使いの帰り?」
同じ学園に通っているといってもそんなに話をするわけでもなく、すれ違い様に挨拶をするくらいだ。
「そういえば、今日はあの人来てないんだ」
「そうだね。でも、そろそろ来る頃じゃないかな」
(彼女が来ると、ここのパンがすべてなくなっちゃうから急がないと)
僕が恐れているのは、銀色のショートヘアーの少女のことだ。
前に、彼女がこのお店に来た時のこと、買おうとしていたパンが一瞬でなくなり、最終的には辛うじてフランスパン一本が残っているという惨状にした恐ろしい人なのだ。
「彼女が来る前にこれを買って退散するよ」
「ふふ。毎度お買い上げありがとうございます」
僕は商品棚に置かれていた最後のチョココロネを手に、足早に会計を済ませようとすると、山吹さんはくすくすと笑いながら、手にしていたお金を受け取るとお釣りを手渡した。
これもまた、僕のいつもの日常だ。
自宅に向かって足を進めた時、後ろから『私のチョココロネがなくなってるー』という、悲しげな声が聞こえてきたような気がした。
『最後の一個をとった人……この恨みいつか晴らしてくれよーぞー』
恨めしそうな声が聞こえるのもきっと気のせいだろう。
……たぶん。
そして、コンテスト当日。
書類・音源審査は当然のことながら通過した。
僕たちは参加者がそろう楽屋内で、静かに出番を待っていた。
『出場者の皆さん。出番の5分前にはステージ袖のほうで待機をお願いします。なお、本コンテストは―――』
そんな運営スタッフの注意を聞きながら、僕はこのステージに向けて意識を高めていく。
「なあ、GK」
「何、KK」
声を潜めて僕たちにしか聞こえないように話しかけてくる啓介に、僕は用件を尋ねる
「なんか、俺たち目立ってね?」
「……それが狙いだし、今さらだ」
奇抜な衣装のグループは楽屋内にちらほらと見えるが、白装束を身にまとっている5人組など、この楽屋内では僕たちくらいだ。
つまり……
「何、あれ?」
「何かの宗教?」
ものすごく異様な目で見られていた。
(まあ、こんな格好でくれば当然か)
悪乗りして衣装だけではなく名前もコードネームにしてしまったことが、さらに異質さを醸し出してしまっていた。
(でも、これでいい)
この姿ならば、舐められることもないし、ちゃんと演奏を聴いてもらうこともできる。
(絶対になるんだ。伝説のバンドにっ)
僕は一人、士気を高めながら自分の出番を待つのであった。
★ ★ ★ ★
「続いてのグループです。エントリーNo.65」
司会者の合図とともに現れた一樹達の姿に、会場内はざわめきが起こる。
「私たちは、”HYPER-PROMINENS”です。一曲、聞いてください。『You should get over me』」
一樹……GKの言葉を合図に、聡志……DSのリズムコールと共に演奏が始まった。
その瞬間、会場内のざわめきはさらに増すが、それは異様さではなく、彼らの演奏する曲によるものだった。
「な、なにこれ」
「す、すげえ。ドラムってこんなに体を揺さぶられるもんなのか?!」
彼らが奏でているその曲は、会場内をHPの色に染めるのに時間はかからなかった。
ボーカルの明美……VAの激しくも感情のこもった歌声と、GKの一音一音が会場内にいるすべての人々を魅了していく。
そこに、ベースの裕美……BYの重みがあるが、他のパートの音を潰さないようにするというバランスの取れた音と、キーボードの啓介……KKの軽やかだが、曲のイメージを壊さないように調整された音が、DSのメリハリの利いたドラムの音と混ざり合うことで、観客全員を魅了することのできるものへと変貌させていく。
間奏でのVAのギターパートになったころには、ざわめきから歓声へと変わっていた。
そして、最後の一音で音が止む。
それは、彼らの演奏が終了したことを意味するものであり、
「ご清聴、ありがとうございます」
彼らの一礼とともに、会場内が万雷の拍手の音に包まれるのは、ある意味必然であった。
★ ★ ★ ★
「これより、受賞グループを発表いたします」
進行役の声を聴きながら、僕は緊張に震える手を抑えた。
(大丈夫。演奏は練習通りの完璧な代物だった。観客の反応も上々)
目標は”『優勝』での出場権の獲得”
それが、誰をも納得のさせる結果だということでみんなと意見をまとめている。
もちろん、自信も手ごたえもある。
だが、それでも不安を抱かずにはいられない。
粗など、探せばいくらでも見つかるのだ。
「続いて、優勝グループを発表いたします」
思考を中断させると、受賞グループの発表は最後のほうになっていた。
他のメンバーの様子から、まだ呼ばれてはいないようだ。
僕は固唾をのんで、発表を待つ。
僕たちHPのエントリー番号は”65番”だ。
「エントリーNo.65、HYPER-PROMINENS」
「え?」
「……うそ」
司会者から告げられたグループ名に、僕たちは耳を疑った。
だが、その声も会場内からの拍手と歓声にかき消される。
「以上が受賞グループとなります。講評を聞きたいグループの方は控室にてお待ちください。後ほどお呼びいたします。そのほかのグループ、および――――」
司会者のアナウンスで、僕は即座に聞くことを選んだ。
結果は目標を達成するという最高の物だった。
だからこそ、理由を聞いてこれからの僕たちの活動について考える材料にするのだ。
それが、僕たちのさらなる成長にもつながるのだから。
「講評……聞く?」
念のためにした僕のその問いかけは必要なかったようだ。
何せ、言い切るよりも早く即答で頷いてきたのだから。
控室で少し待っていた僕たちは、運営スタッフに呼び出されて会場に来ていた。
「まずはフェスへの出場おめでとうございます」
そこにいた審査員と思われる女性からかけられたのは、祝福の言葉だった。
「非常に素晴らしい演奏でした。この書類にウソ偽りがないのであれば、その歳でのフェスへの出場はこれまでの最年少を大きく更新するものです。結成してから三年。全くの無名だったバンドにもかかわらず、私たちを大きく惹きつけた。HP、あなたたちはここで止まるような存在ではない」
そこで女性はいったん言葉を区切ると、柔らかい笑みをこちらに向けてこう締めくくった。
「あなた方ならば、なれるでしょう。二つ目の伝説のバンドに」
「しっかし、本当に夢みたいだなっ」
「啓介、騒ぎすぎだぞ」
コンテストからの帰り道、啓介はいまだ熱が冷めやらない様子だった。
「でも、私も今回は同じ気持ちだよ」
「僕もかな」
「私もです」
森本さんに続いて僕たちも頷く。
「まあ、”真の目標”になれるって言われたんだから気持ちもわかるが、でもまだフェスがあるんだぞ」
「そうだね、気を引き締めないと」
「こっからが俺たちの全力なんだから」
「大勢の観客に私たちの本気、見せつけないとねっ」
「うんっ」
田中君のその言葉に、僕に続いて啓介、森本さん、中井さんの順で決意を新たにしていく。
そうだ。僕たちはまだまだスタートラインにも立っていないのだから。
「明日からはまた練習だ。来月のフェスに備えよう!」
『おー!』
それから一か月もの間、僕たちは練習を続けていくのであった。
★ ★ ★ ★
一か月後の日本のとある会場。
そこの観客のいる座席は下手すると桁が万にも及ぶほどの数の人で埋め尽くされていた。
すでに出場していたバンドは、一つを除いてすべて演奏を終えており、彼らのボルテージは最高潮であった。
そして、この後に出るあるバンドを、今か今かと待ち望んでいた。
「HYPER-PROMINENS?」
「そう! 中学三年でコンテストを優勝したバンドなんだ! しかも、名前も顔もすべて不明っていうおまけ付きっ」
その中の一組の観客の片方が、興奮した口調でHPのことを語っていた。
「そうはいっても中学生……子供でしょ。今日出場したバンドにはかなわないって」
「だったら、聞いてみろって。まじ半端ねえから」
「FUTURE WORLD FESにご来場の皆、私たちはHYPER-PROMINENSです」
言い切るのと同時に現れた彼らの声に、会場からは歓声が沸き上がる。
「それでは一曲、聞いてください。『Through the Fire and Flames』」
「1,2,3,4ッ」
GKのMCとともにDSのリズムコールが始まり、演奏が始まる。
最初はやや静か目な曲調だったがそれは一気に爆発した。
力強いドラムとギターの奏でる音が、一気に会場にいる観客たちの心をつかんだ。
ボーカルはGKが担当しており、VAはギターパートだ。
GKの声はVAの物と同様の熱を持ち、なおかつほかの楽器のパートと混ざり合い、絶妙なハーモニーを奏でていた。
1番が終わり間奏になると、GKは難所である速弾きのパートを簡単に弾いていく。
「す、すごい。今まで出てきたバンドの演奏、全部ふっとんじゃった」
その演奏に、先ほどまで懐疑的だった観客は、片方の観客の言っていたことを改めて実感した。
演奏はさらに進み、ついに最難関ともいえる間奏へと突入した。
それは、一瞬の静寂から始まる。
最難関……その正体はギターの速弾きだ。
VAとGKのツインギターで奏でる音色が、観客たちをこの曲の世界へと惹きつけていくのだ。
「おいおい、中学生でこのテンポの速弾きまでするのかよっ」
信じられないといわんばかりに観客の一人が口を開く。
途中の部分でギターのパートがVAのみになった瞬間、それが合図だったかのようにGKはさらにテンポと速弾きの速度を上げたのだ。
素早く奏でられていくその音色に一切の雑味などなく、観客たちを驚愕させていく。
だが、驚愕した理由はそれだけではない
(一樹の奴、なんて演奏をしやがるんだ)
「おい、あいつギターを縦に構えてるぞ!」
「あれで弾けるの!?」
理由は、GKがギターを縦に構え、ヘッドの部分を目の高さまで上げたからだ。
その状態でギターを……しかも速弾きで弾くのが非常に難しいのは、誰が見ても一目瞭然であり、それを難なく弾いているGKの姿は強烈なインパクトとなった。
まもなく間奏は終わり、ラストのサビに入る。
(あとは一番最後の箇所だな。一樹、明美決めてやれ)
DSは正確なリズムで叩きながら、この後のラストの部分に向けて二人に心の中でエールを送る。
サビも終わり、ついに最後の部分に入った。
一番最後の難所が、GKのパートの速弾きだがその速度は間奏部分よりも早く正確なストロークが求められるのだ。
その個所をGKはいとも簡単に弾いていき、曲は終わった。
その長さは約8分。
楽器のセッティング等の準備を含め、彼らのバンドの持ち時間をぎりぎりまで使った演奏だった。
そして、一曲のみであるにもかかわらず、会場は拍手と歓声の音で溢れかえった。
「ご清聴、ありがとうございました」
最後にそう言って一礼すると、彼らはステージを後にする。
この一連の出来事は後に伝説となって語られていくものとなる。
『白装束に身をまとった中学生のバンドが、たった一度で難関でもあるコンテストを優勝し、フェスに出場した伝説のバンド』
という内容で。
そう、彼らは伝説のバンドになったのであった。
序章 完
今回出てきた楽曲名は実際に実在する曲ですが、作曲者(アーティスト)は架空の物です。
正しくは下記の通りとなります。
1:『You should get over me』 アーティスト:Jessica Wolf
2:『Through the Fire and Flames』 アーティスト:DragonForce
最後に次章予告を軽く
―――
『FUTURE WORLD FES.』での演奏を無事に終え、最高の結果を得ることのできた”HYPER-PROMINENCE”のメンバーたちはいつもの日常に戻っていく。
真なる目的を達成するための準備をしながら。
次章、第一部 1章『雨の降る夜に』