BanG Dream!~隣の天才~   作:TRcrant

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今回で、本章は終わります。

初デートの結末を、お楽しみください。


第202話 スライダーの恐怖と初めての……

レストランで、料理に舌鼓を打った僕たちは、ついに一番人気とされるウォータースライダーを訪れる。

 

「一樹さんが先頭ですね」

「わかった」

 

二人の利用のボートを手に上まで登って行き、係員の指示に従ってそれに乗り込んだ。

 

「それでは、楽しんできてくださいねっ」

 

そんな係員の言葉とともに、僕たちは滑り始める。

 

「割と、普通だね」

「そ、そうですね」

 

意外と、そんなに速度も出てはいないので、そんなに怖い思いはしなさそうだ。

そう思っていた時だった。

 

「うぉっ!?」

「きゃ!?」

 

突如として、凄まじい勢いで体が左側に引っ張られる。

そうかと思えば、今度は反対方向に引っ張られる。

 

「すごい数のカーブだ……っていうか、激しいっ」

「このままだと、ボートから振り落とされそうっ!」

 

(うお!?)

 

その時、僕は違う意味でピンチを迎えていた。

連続カーブで、ボートから振り落とされまいとした紗夜さんは、何を思ったのか僕の背中にしがみついてきたのだ。

背中越しに感じる柔らかい感触が、心の余裕を奪い去っていく。

 

(は、早く終わってくれっ)

 

おいしい思いをしているのかもしれないけど、さすがに精神的によろしくない状況だ。

そんな僕の思いが通じたのか、左右に引っ張られる力は弱まり、ボートは再び落ち着きを取り戻す。

 

「はっ!? ご、ごめんなさい」

「いや、大丈夫だよ。うん」

 

紗夜さんも、自分がしていることに気づいたのか、慌てて僕から離れる。

一瞬、名残惜しいと感じた気持ちを振り払う。

 

「もうこれで終わりのようですね」

「そうだね。いやー、ちょっと怖かったけど、楽し――――――」

 

そこから先を僕が口にすることはできなかった。

なぜなら、一瞬感じた浮遊感と同時に急降下が始まったからだ。

僕たちは叫ぶ間もなく、プールに着水するのであった。

 

 

 

 

 

ウォータースライダーを後にした僕たちの反応は様々だ。

 

「ビ、びっくりした……」

 

僕のように驚いている人もいれば

 

「全く、なんて恐ろしいアトラクションなのよっ。許可取ってるのかしらっ?」

 

と、変な方向に怒っている紗夜さんという対称的な状態なのだから。

 

「ごめん、ちゃんと調べておくべきだったね。あの急降下は」

「あ、いえ。別に一樹さんを責めたわけでは。私はただ、あの急降下の安全性に疑問を感じただけです」

 

僕のチョイスミスのせいで、微妙な雰囲気になってしまった状態で、僕がとった行動は

 

「何か飲み物買ってくるね。ちょっと、待っててくれる?」

「あ、はい」

 

その場から逃げることだった。

 

 

 

 

 

「はぁ……何をやってるんだろ」

 

飲み物を買った僕は、戻りながら自己嫌悪に陥っていた。

アトラクションの調査をちゃんとやっておかないというミスを犯したばかりか、気まずい雰囲気から逃げるという大失態を犯してしまった。

 

(このままだと、紗夜さんに嫌われたり……)

 

それは、予想もしたくない未来だった。

 

「と、とにかくここから挽回しないとっ」

 

まだ挽回のチャンスはあるはずだ。

そう思って足早に紗夜さんが待つ場所に向かった僕が見たのは

 

(ん? 紗夜さんと誰か話してる……って、もしかしてナンパ!?)

 

紗夜さんと対峙している複数人の男の姿だった。

 

「いーじゃん、一緒に遊ぼうぜ」

「離してくださいっ」

 

まさか本当にそういう人たちがいるとは思っていなかっただけに、あっけにとられていたが、一人の男が嫌がる紗夜さんの腕をつかんでどこかに連れてこうとし出したのを見て、僕は慌てて駆けだすと

 

「うぉ!?」

「な、なんだおめえ!」

 

男たちと紗夜さんの間に割って入る。

 

「か、一樹さんっ」

 

僕は恐怖で震えている紗夜さんを背中で隠すようにかばいながら、男たちと対峙する。

 

「残念ながら、この人は僕の恋人なんでね。申し訳ないけど遊び相手は他をあたっていただけますか?」

 

僕はそう言って、男たちを睨みつける。

これでだめならば、最悪ひと暴れすることになる。

 

「っち、彼氏持ちかよ」

「マジブルだ」

「悪かったな」

 

どうやら、この後にひと悶着あるというのは。、空想の世界だけのようだ。

悪態をつきながらも男たちはすたすたとどこかに向かって歩いていくのを見て、僕はふっと体の力を抜く。

 

「一樹さんっ」

「紗夜さん、ごめんね」

 

よほど、さっきのが怖かったのか、体を震わせている紗夜さんをそっと抱きしめながら落ち着くのを待つのであった。

 

 

 

 

 

周囲が薄暗くなる時間帯、僕たちは集合場所であった駅前広場にいた。

 

「「……」」

 

だが、僕たちの間に会話はなく、気まずさだけが残っていた。

ただでさえミス連発のデートにとどめを刺す形でのナンパ騒動だ。

今回のデートは大失敗だ。

このまま破局になったとしてもおかしくはないほどの。

 

「今日は、ごめん」

「え?」

 

無言で歩いていて、住宅街に差し掛かったところで僕は紗夜さんに謝る。

 

「本当はもっと楽しいデートにするはずだったんだけど、紗夜さんを怖がらせてばかりで……頼りない男でごめんね」

「一樹さん……」

 

僕を呼ぶ紗夜さんの声は、哀れみなのかとても静かで柔らかかった。

 

「一樹さんは、私と一緒にいて、楽しくないんですか?」

 

その問いかけに対する僕の答えは決まっている。

 

「そんなことはないっ。僕は今日一日紗夜さんと一緒に遊べて楽しかった」

「でしたら、それでいいじゃないですか」

 

紗夜さんは柔らかい笑みを浮かべながらそう言ってくれるが、それでも僕の気持ちは晴れない。

 

「でも、紗夜さんがそう感じてなければ―――」

 

意味がないと言おうとした瞬間だった。

僕の口をふさぐように、紗夜さんが唇を合わせてきたのだ。

 

「ん……」

「はぁ……」

 

それが”キス”であることに気づいたのは、紗夜さんが僕から離れた時だった。

 

「これでもまだ、一樹さんは私が楽しくなかった、って言いますか?」

「………」

「私は、今日一樹さんが頼もしく見えました。ナンパから私を守ってくれた時も、その……とてもかっこよくて一樹さんのことがとても好きになったんですよ」

 

キスをした恥ずかしさからか、頬を赤くしながらも言ってくれる紗夜さんの言葉は、僕の心の中に染み込むように入ってくる。

 

「確かに、ちょっと頼りないところもあるかもしれません。でも、そんな一樹さんだから、私は好きになれたんです。ですから、自分に自信を持ってください」

「……そうだね。うん、別に背伸びをする必要もないもんね。ありのままの僕で、これからも行くよ」

 

よくよく考えれば、今日の僕は初デートということもあって、少し背伸びしていたような気がする。

好きになった人のために、自分を成長させることは重要だけども、一番重要なことは、ありのままの自分でいることなのかもしれない。

今になって、そんな簡単なことに、僕は気づくことができた。

 

「ところで紗夜さん」

「はい、何ですか?」

 

僕は、ふと気になったことを紗夜さんに聞いてみることにした。

 

「紗夜さんは、どうして僕にずっと敬語で話してるの?」

「これはその……癖のようなもので」

 

それは前々から気になっていたことだった。

 

「もう恋人同士なんだからさ、普通に話してくれてもいいんだよ? 日菜さんと同じ感じとかで」

 

友人としてであればともかく、今は恋人同士だ。

他の人はどうかは知らないが、僕はできれば日菜さんと同じような感じで話してほしいと思う。

 

「そ、そうですか? わかりました……わかったわ。それじゃ、私からも一ついいかしら?」

「何? 紗夜さん」

 

紗夜さんが日菜さんと同じ感じで話してくれたことがうれしい僕は、紗夜さんの頼みごとを聞く。

 

「さん付けはいらないわよ。恋人同士なんだから、呼び捨てでいいわ。その……私も一樹君って呼ぶから」

「………わかったよ。紗夜」

 

呼び方一つ変えるだけで、距離感が変わったような気がするのは、どうしてだろうか?

そんな疑問がどうでもよくなるほどに、僕は……いや、僕たちはうれしかった。

 

「ねえ、紗夜」

「何? 一樹君」

 

まだ若干呼び方に違和感を感じるが、そのうち慣れるだろう。

僕は紗夜にある提案をする。

 

「その……もう一度いいかな?」

「……ええ」

 

主語を抜いても、紗夜にはそれが伝わったようで、恥ずかしがりながらも承諾してくれた。

それを確認した僕は、彼女に近づくと彼女の顔に近づいて

 

「ん……ちゅ」

 

もう一度、キスをするのであった。

 

 

 

今日の初デートは結局のところ失敗だったのかもしれない。

それでも、僕と彼女の絆はさらに強くなったようにも思えた一日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、これは余談だが。

 

「おはよう」

『お、おはよう』

 

デートの翌日に、いつものようにRoseliaのメンバーが集まっているスタジオに練習のため向かうと、どこかよそよそしい態度で迎え入れられた。

 

「それじゃ、さっそく練習を始めようか」

「あ、あの。一樹君。ちょっといいかな?」

 

練習の始まりを宣言する僕を遮る形で、リサさんが口を開く。

 

「昨日のあれは、冗談だよね?」

「あれ?」

「無限地獄のことよ」

 

リサさんが言わんとすることが分からない僕に、紗夜が教えてくれた。

 

「あー、あれか。もちろんさ」

『ッ!?』

 

満面の笑みを浮かべながら口にした僕の言葉に、紗夜以外のみんなの表情が明るくなる。

それを見計らって僕は

 

「やるに決まってんだろ」

『ッ?!』

 

表情を引き締めて告げた。

すると、リサさん達の表情もまた面白いように絶望に染まりきる。

 

「あ、あの。紗夜も一緒に、だよね?」

「もちろん。バンドだからね」

「それって、彼氏として、どうなのかなーって思ったり」

 

リサさんは、恋人である紗夜を引き合いに出して、辞めさせようとするが、そんなことは予想済みだ。

 

「紗夜からは、やってほしいって言ってあるからお構いなく。それに、多少は加減するし」

 

本当は紗夜を除外するつもりだったのだが、彼女たっての希望で一緒にこの練習をすることになったのだ。

まあ、そのおかげで彼女たちの地獄も少し楽なものになったのだから、ここは紗夜に感謝してほしいところだ。

 

「さあ、始めようか」

『ひっ!?』

 

それが最後だった。

その後、紗夜を除くRoseliaのメンバーは、文字通り地獄を見ることになった。

彼女達は、身をもって”人の恋路を邪魔すればどうなるか”を体験することになった。

ちなみに、この練習のおかげか、彼女たちの技術力が高まったのである意味良い練習になったのかもしれない。

また、これはどうでもいいことだが。

別の日に今度は啓介たちが真っ白に燃え尽きることになるのだが、それはこれ以上話す必要はないと思う。

 

 

 

こうして、幸せな日々を過ごす僕たちだったが、この時の僕はまだ知らなかった。

僕の知らないところで、大きな闇が蠢き始めているということに。

 

 

第6章、完




ということで、今回にて本章は完結です。

ここで、紗夜ルートを終えるのも一つの理想のエンドですが、まだ続きます。
早速ですが、次章予告を。


初デートを終え、絆を深めた紗夜たちは新学期を迎える。
彼女たちの未来は明るく、幸せに満ちた日々を過ごしていく





――――――はずだった。

次回、第7章『胎動』

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