学校も始まりしばらくしたある日のこと。
夏休みでたるんだ気持ちも一気に引き締められていき、夏休みモードの人はもう誰もいない状況だった。
そんな中、僕のもとにかかってきた一本の電話は、状況を一変させるのに十分だった。
「いらっしゃいませ。どうぞ、こちらへ」
放課後、僕はある喫茶店を訪れていた。
今日はRoseliaのバンド練習の日なので、本当は紗夜と一緒に行こうと思っていたのだが、この電話のために紗夜には先に行ってもらうことにした。
紗夜には野暮用ができたとしか伝えなかったのだが、声から悲しそうな感じがはっきりとしたため、僕は強い罪悪感を感じずにはいられなかった。
それは一応置いておくとして。
そこは少しだけ薄暗いレトロ感の強い場所だった。
そこのマスターと思われる人物に案内される形で、僕は店の奥のほうに移動していく。
「遅れてすみません」
壁際の最も目立たない場所にある席に腰かけていた人物に、僕は声をかける。
その人物は、僕の声に反応して立ち上がる。
そこにいたのはリーゼント風の髪型の男だった。
「おう、坊主。突然呼び出してすまねえな。立ち話もなんだ、座れや」
彼は、前に花咲ヤンキースのリーダーを務めていた人物なのだ。
名前は”団長”。
僕は団長に促されるまま、向かいの席に腰かける。
団長もまた椅子に座ると、一気に表情を引き締める。
「おめえさん、最近阿久津という野郎にケンカを売っただろ?」
「……売ったというより変な要求をされたので、蹴り飛ばしただけですけど」
団長からなぜあの男の名前が出てくるのかは疑問だが、とりあえず聞かれたことに答える。
「坊主、トンデモねえ野郎に目を付けられてるぞ」
「それって、どういう―――」
「それについては私から説明します」
僕の疑問に声を上げたのは、団長と一緒にいたマツさんだった。
「早速ですが、兄貴は”
「大蔵って……確か政治家でしたよね?」
名前はテレビでよく聞いたことがある。
超が付くほどの大物の政治家で、前にはどこかの省庁の大臣を務めたこともある経歴の持ち主だ。
「ええ。実はその一人息子である雄一という人物と、阿久津は親戚関係にあるんです」
「………」
マツさんから告げられたその真実に、僕は言葉も出なかった。
「でもそんなこと、資料には」
「すいません。お教えすると兄貴の身が危険にさらされる可能性があったので、伏せてました」
「……どういうことですか?」
マツさんの口調から、ただならぬ何かを感じた僕は、詳しい説明を二人に求める。
「大倉家には、暴力団と深いつながりがあるんだ。自分にとって気に食わねえ奴を暴力団の連中に頼んで始末させてる。これまでもそうだった」
政治家と暴力団がつながっているというのは、都市伝説レベルではあるがささやかれていた噂だが、その真実を知って嬉しいという気持ちは全くない。
「そして、阿久津を怒らした奴は、従弟である雄一に電話で泣きつき、で泣きつかれた雄一は暴力団の奴にそいつをつぶすように命令を出す。そう言うことがこれまで何回もあった」
「なるほど……なまじっか、自分を神とか言っていたのも納得だ」
そりゃ、絶対的な権力を持った人物が知り合いにいれば、あそこまで気が大きくなるだろう。
まあ、人としては終わってるが。
「相手怪我をさせたとしても、もみ消すかトカゲのしっぽ切り……下手すれば殺したって、うやむやにすることができる……最低なクズ野郎どもだ」
団長は嫌悪感を隠すことなく言い切る。
彼の気持ちは痛いほどわかる。
僕も団長と同じ気持ちだ。
「でだ。この間、その暴力団に新しい通達が来たんだよ」
「……もしかして」
僕が呼び出された理由、そして大倉家の説明などで大体の事態を察することができた僕の予想を肯定するように頷くと、団長はその指令の内容を口にした。
「『美竹一樹』を”殺せ”とな」
「………」
もはや驚きという言葉など、凌駕するほどの衝撃だった。
でも、不思議と恐怖心はなかった。
「今日兄貴を呼んだのは、そのことを教える目的と、今後の対策を練るためです」
「俺たちは、坊主を奴の毒牙から守りてえんだ。協力できることは何でもしよう」
「団長……マツさん。ありがとうございます」
もしかしたら何の力にもなれないかもしれないけれど、二人の協力の申し出は、僕にはとても嬉しかった。
(とはいえ、いったいどうしたものか)
相手の出方が分からなければ、対策のしようもない。
おまけに、相手はやくざに政治家。
警察などに頼ることは絶望的だろう。
(いや、待てよ)
冷静に考えたからこそ、僕はある疑問を抱いた。
「あの、団長」
「おう、なんだ」
「どうして団長は、大倉家のやり口に詳しいんですか?」
そうだ。
マツさんが調べたとしても、団長が口にした内容は不自然など程に詳細で説得力があった。
「しかも、暴力団に出された命令の内容まで知っているなんて……」
「……誰にも言うなよ?」
僕の問いに観念したように深いため息を漏らした団長は、僕にその理由を説明した。
今度はさすがに、驚きはしなかったが、納得はできた。
「ありがとうございます」
「気にすんな」
団長の表情から、あまり言いたくなかったのは十分すぎるほど伝わってくる。
それでも、僕が聞いたその理由は、一つの作戦が完成させるきっかけとなった。
「一つだけ、作戦があります。多分皆さんの力をフルにお借りすることになると思いますけど」
「何でも言って下せえ。不肖このマツ、兄貴のためなら火の中でも飛び込んで見せますっ」
「俺もだ。大倉家の野郎には俺達で印籠を渡してやろうじゃねえか」
団長とマツさんの二人は、僕にとっては最強の味方となってくれた。
おそらく、この二人がいれば大倉一家はそれほど恐ろしくはない。
「マツさん。大倉家の不正などを調べてもらってもよろしいですか?」
「ヘイッ。お安い御用でっ」
政治家ともあれば、知られてはまずいようなことが一つか二つはあるはずだ。
まずはそれを調べてもらうのだ。
「団長には――――」
そして、僕は二人にお願いする内容を説明すると、喫茶店を後にする。
(後は、僕がいかにうまく動くかだな)
僕は、今後に備えて、気を引き締めるのであった。
今回で、敵の正体は明らかになりました。
次回あたりから、一気に物語は動き出します。