第207話になります。
「まったく、あなたのせいで恥ずかしい目にあったわ」
「だからごめんって」
帰り道、僕は何度目になるかわからない謝罪の言葉を口にしていた。
あの後、皆が落ち着くのにものすごく時間がかかってしまったが、何とか練習を始めることができたのはさすがというべきだろう。
とはいえ、かなり練習時間は短くなってしまったが。
そして、そのことで湊さんからお小言を言われたのは余談だ。
「一樹君、本当に反省してるんですか?」
「だからしてるって」
「でしたら……」
そこまで言うと、紗夜は頬を赤らめてモジモジとし始める。
僕は、いつものように紗夜が言ってくれるのを待つ。
「遊園地に……」
「え?」
何を言うのかと思っていると、紗夜の口から予想外の単語が出てきた。
「ですからっ……遊園地に一緒に行ってください!」
「別に構わないけど、どうしていきなり?」
それはデートの誘いだった。
「日菜と行ったのに私だけ行ってないのが……その」
「えっと、もしかして……」
なんとなく紗夜のそわそわした様子から、何を言いたいのかが予想できてしまった。
「し、仕方ないじゃないっ。日菜が一樹君と遊園地に行った時のことを嬉しそうに話してくるのを聞いていれば、嫉妬くらい……あ」
それが彼女にもわかったようで、真っ赤な顔をすると矢継ぎ早にそうまくしたてたが、自分が何を言ったのかに気づいた紗夜は、しまったといわんばかりに口に手を当てる。
とはいえ、もう口にした言葉を取り消すようなことは不可能だ。
「わかった。今回の一件が終わったら、行こう」
「……ええ」
恥ずかしがったりむくれたり、嬉しそうにしたりといろいろな表情を見せてくれる。
それがまたかわいいところなのだけど。
尤も、嬉しそうに何度も話をする日菜さんも日菜さんなんだけど。
こうして僕たちは遊園地にデートをする約束を交わした。
(今度は、成功させたいな)
初デートでの失敗を帳消しにできるようなデートにするべく、僕はまず大蔵たちの一件を解決させることを心の中で誓うのであった。
「ふう……今日も異常なし、か」
紗夜たちに今回怒っている出来事を話してから数日が経過した。
あの後、Pastel*Palettesのメンバーや啓介たちMoonlight Gloryのメンバーにも紗夜に話したことと同じ内容の説明を行い、協力を取り付けることができた。
彼女たちは現在、外を歩くときは複数人で、一人にならないようにしてもらっている。
日菜さんも阿久津の恐ろしさは身をもって知っているので、特に反対などされることもなく、動いてくれている。
啓介以外の、格闘技の経験者も一緒にいるようにしているので、守りとしては申し分ない状態だ。
そのおかげかはわからないが、相手からのアクションは未だ見られない。
(罠の可能性もあるけど、それならそれで望むところだ)
仮に罠だとしても、それを利用してみせると強気でいられるのも、頼もしい仲間がいるからかもしれない。
(とはいえ、同じことを繰り返してくるような真似はしないはずだ)
阿久津はともかく、その後ろにいるのは強大な力を持ったやつだ。
何も、あのような襲撃を続ける必要などどこにもない。
もしも僕が大蔵であれば、一度やってダメだったら、違う手を打つ。
何事も最悪を想定しておかなければいけない。
今回の協力もまた、僕にとっての安心材料の一つでもあり、保険でもあったのだ。
そんな時だった。
「ん?」
僕のもとに一本の電話がかかってきたのは。
★ ★ ★ ★
某日、公園。
夜ということで、人の気配も全くなく、付近を照らしている電灯が、寂しさを醸し出してる中、三人の人影があった。
「で、兄ちゃん。いきなりこんなところに呼んで何だよ」
「俺にいい策が浮かんだんだよ」
それは正と雄一と黒服の男の三名だった。
「本当かよ? あの愚民は仕留めそこなったっていうのに」
「ああ、こうなったら次の手だ。奴にはまさしく”鉄槌”を受けてもらうのさ。この世の定めという名のな!」
疑いの目を向ける正に対して、雄一は楽し気に両手を広げて答える。
「それで、一体どうするんだよ」
「ああ、それはだな――――」
そして、雄一は正に計画を伝える。
それに相槌を打っていた正の表情は、見る見るうちにほころんでいく。
「な? イカスだろ」
「兄ちゃん最高だ! これなら、あいつを……ぐははは」
雄一の言葉に頷くように、ほくそ笑んだ。
「さあ、早速仕込みを始めるぞ」
そして、彼らによる次の一手という名の魔の手が、一樹に忍び寄ろうとしているのであった。
★ ★ ★ ★
電話があって数日後の日曜日。
「さて、いつもの日課でもやりますか」
僕はいつものように羽沢珈琲店に向かうべく、財布を片手に自室を後にしようとしていた。
いくら命が狙われているとは言っても、日課であるこれを止めるのは難しい。
いや、むしろ止めるつもりもない。
「あれ、メールだ」
いざ行かんとドアノブに手をかけた時、まるで見計らっていたかのように、携帯から着信音が鳴り響いた。
その音から、メールを受信したものであることが分かった僕は、そのメールを確認することにした。
「事務所から?」
それは僕たちが所属する芸能事務所のMoonlight Gloryのスタッフ(というよりマネージャーだけど)でもある相原さんからの物だった。
件名は『至急確認をお願いします』という文言で、緊急性を感じさせるには十分な内容だった。
僕は書いてある通り、メールを確認する。
「なんじゃこりゃ!?」
それを確認した僕は、それしか言うことができなかった。
本文に添付されていたのは、おそらく事務所でとったと思われる写真だった。
その写真には週刊誌のようなものが写し出されていたのだが、問題はその文面だ。
そこにはこう書かれていたのだ。
『特大スクープ!! 人気バンドメンバー、一樹に特大スキャンダルが発覚! 罪のない一般人を一方的に暴行か!?』
そして、メールの最後には、事務所に来るようにと締めくくられていた。
第7章、完
今回で、本章は完結となります。
今回は、ある意味の準備運動のようなもので、次回あたりから本格的に阿久津たちのたくらみが始まっていきます。
それでは、さっそく次章予告をば。
―――
一樹のもとに迫る魔の手はさらに一樹を追い詰めていく。
世間からの非難という名の攻撃を受ける中、一樹がとった行動は……。
次回、第8章『炎と鏡と』