BanG Dream!~隣の天才~   作:TRcrant

210 / 302
第210話 鏡

「ただいま」

 

家に帰った私は、憂鬱な気持ちでいっぱいだった。

 

「一樹君……」

 

それは、私の大好きな人、一樹君のことだ。

一樹君は、どうしてかわからないけど、誰かにけがをさせたというニュースが報道されたのだ。

もちろん私は一樹君のことを信じた。

彼は、決して理由もなく人を傷つけるようなことをするような人じゃないというのがよくわかっているからだ。

でも、世間の目はとても冷たく、どのニュースでも一樹君が犯人であると決めつけた報道をしている。

学校でもぼそぼそと何かを言いながらこちらを見てくるクラスの人たちのおかげで、気が休まることがない。

それもこれも、私と一樹君が付き合っていることがニュースで報じられてしまったせいだ。

 

(今日が練習のない日でよかったわ)

 

もし練習があったら、また私はみんなに迷惑をかけていたと思う。

リビングに入るが、母はお使いに出掛けたのか、誰の姿もない。

日菜も、今日は仕事だったはず。

私は、何の気もなくテレビをつける。

 

『一樹容疑者に暴行されたという方にお話をお伺いします』

 

テレビは運の悪いことに、ニュース番組だったようで、テレビに映し出されたのはモザイクがかけられた”被害者”の人だった。

 

『歩いていたらいきなり金属バットで襲われたんですっ』

 

開口一番で、その人はそう訴えだす。

 

『何度もやめて、やめてと言っても、その人は笑いながらバットを振り下ろしてきたんです! 有名な人なのに、罪を認めていないなんてひどすぎますっ』

 

(違う! それは一樹君じゃないッ!!)

 

テレビで話している被害者の人の説明に、私は心の中で否定の声なき声を上げる。

当然、私の声なき声は、テレビの向こう側には届かない。

私にできるのはただ見ているだけなのだ。

 

『ということで、未成年の人が起こした犯罪では、類を見ない卑劣な事件ですね』

『しかも、犯行の姿がこうしてあるのにもかかわらず、まだ逃げ回っているなんてけしからんですね』

 

評論家の人の言葉とともに、テレビの映像は一枚の写真に入れ替わる。

それはどこかの公園を映し出した一枚で、地面に横たわって右手を掲げて止めようとしているのが被害者の人だろう。

そしてもう片方のバットを振り上げている人物の姿は、確かに一樹君にも見える。

ただ、写真が不鮮明なので、この人物が別人だということは難しかった。

 

『ちょっと待ってください。ただいま入った速報です! 先ほど、Moonlight Gloryの一樹容疑者が警察に出頭したとのことです!』

「ッ!?」

 

アナウンサーの人が慌てた様子で告げたニュースの内容に、私は一瞬意識が遠くなってしまった。

 

『繰り返します。暴行事件を起こしたとされる一樹容疑者が、たった今警察のほうに出頭しました!! 続報が入り次第、お知らせいたします』

 

(一樹君っ)

 

私は、ただただ一樹君の無実を信じることしかできなかった。

 

 

★ ★ ★ ★

 

 

警察に到着した僕を待ち構えていたのは、数人の男性の警官たちだった。

僕はそのまま半ば強制的に取調室に連れていかれる。

取調室は、ドラマなどとは違い、いすや机が固定されて動かないようにされていた。

僕がパイプ椅子に腰かけると、取調室にたくさんの警官が入ってきた。

僕は自然と警官たちに取り囲まれるような状態になったのだ。

こうして始まった取り調べは、ある意味地獄だった。

僕を見る警官の目はにらみつけ威圧するような感じだった。

そのうえ、

 

「おい!! いい加減正直に言え! お前がやったんだろ!!」

 

と怒鳴り散らしてくる始末だ。

 

「違います。私ではありません」

 

そう答えても

 

「嘘つくんじゃねえ。もう証拠はあるんだ。お前の人生は終わりだな! 何なら二度と外に出られないようにしてやろうか!? あぁ?!」

「てめぇ、学校には行かせねえぞ、この野郎!」

 

などと複数人の警官からの罵詈雑言が返ってくる始末だ。

 

「嘘かどうかを調べるのは皆さんのお仕事のはずです。私は真実を口にしています」

「今すぐ裁判にかけて死刑にしてやってもいいんだぞ。よく考えろ、クソガキがっ」

 

僕の言葉が癪に障ったのか、警官が机を勢い良くたたいて威圧しながら次々に罵声を浴びせる。

 

「何だよその態度は、あぁ? お前地獄見せてやる。 逮捕して豚小屋にぶち込んでやる」

 

(こりゃ、やくざと同レベだな)

 

僕はそこで、この人たちとの対話をあきらめた。

どうやら、大蔵の圧力が凄まじいのだろう。なんとしてでも自白させようとするのが見え見えだ。

 

「これ以上私は何も言うことはございません」

「んだとごらぁ! お前が子供だからわざわざ話を聞いてやってんだぞ、この野郎」

 

よって、僕はそれ以降は黙秘を貫くことにした。

当然警官が一斉に罵声を浴びせてくる。

 

(まあ、4時間耐えれば終わるしね)

 

僕の感覚だと、残り3時間30分ほどだ。

それだけ我慢すれば、この地獄は終わりを告げることになるだろう。

その後、僕は警官の罵声を受け流しながら目を閉じて時間が過ぎていくのを待つ。

やがて、それは一気に動き出した。

 

「失礼します! 大変ですっ」

「何だ、どうした!」

 

1人の警官が慌てた様子で取調室に駆け込んできたのだ。

 

「今、犯行時刻に彼をタクシーに乗せたと証言がありましたっ」

「犯行現場からか?」

 

入ってきた警官の言葉に、取調室内にざわめきだす。

おそらくは、決定的な証拠で、トドメをさせるとでも思っているのかもしれない。

 

「いえ、それが乗せた場所は、現場から遠く離れた場所だと」

「何ぃ!?」

 

入ってきた警官の言葉に、取調室のざわめきはさらに大きくなる。

それもそうだろう。

いきなり、クロだと思っていた人物のアリバイを証明する人物が現れれば、誰だってそうなる。

 

「それと、彼の弁護士が、すぐに解放するようにと」

「くそっ、仕方ねえな」

 

僕は正面に座っていた警官の言葉を聞いて静かに立ち上がると、出入り口のところまで歩き

 

「大変お手数おかけしました」

 

と、一礼をしてその場を後にした。

 

「お待たせしました。さあ」

「ありがとうございます」

 

取調室の前で待っていた背広を着た黒髪の男性……ベンさんにお礼を言いつつ、一緒に警察を出た。

外には大勢のマスコミの人がおり、一瞬で僕は囲まれた。

 

「無実を証明する証人が現れたというのは本当なんですか!?」

「本当に無実なんですか!?」

「えー、皆さん! 今から2時間後に○○ビルの会議室で記者会見を行います。ご質問はそこで願います!」

 

どうやら僕の無実を証明する証言が報道機関にもあったようで、次々に投げかけられる質問に答えたのは、ベンさんだった。

ベンさんの言葉のおかげで、報道機関の人たちの勢いはなくなり、僕はその場を離れることができた。

 

「記者会見をしても大丈夫でしょうか?」

「事務所に確認をとりました。行っても問題ないようです」

 

ベンさんの答えで、僕にある問題はすべてがクリアとなった。

 

「それじゃ、行きましょう」

 

こうして僕は、警察署前を後にするのであった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。