「お疲れ様です、美竹さん」
「いえ、今回は協力ありがとうございます」
帰り、マスコミの目もあるためタクシーで自宅に向かう中、僕はベンさんと運転手であるトモさんにお礼の言葉を口にする。
「いえいえ、私はただ自分の職務を全うしただけです」
「私もですよ。逆に大どんでん返しを見れて楽しかったです」
お礼の言葉に対して、みんなの反応はおおらかなものだった。
「しかし、ここまでうまくいくとちょっと怖くもありますね」
「ええ……」
そう、僕は今回の一件が起こることを前もって知っていた。
なので、僕は策を講じたのだ。
最初に、相手が指定する犯行日時に、離れた場所でタクシーに乗っておく。
そうすれば、自分のアリバイは完璧だ。
これは花咲ヤンキースのメンバーであるトモさんに協力してもらった。
その次に、今回のでっち上げられた事件が報道されることになるが、僕はあえてそれが大きくなるのを待っていたのだ。
最初に週刊誌に取り上げられただけでは、事件のインパクトがかけており、その状態でアリバイを証明して無実を証明したところで、そのこともうやむやにされてしまうだろうことは簡単に想像ができた。
一番最悪なのは、解決したにもかかわらず、向こう側が別の証拠をでっちあげられて『疑惑が深まった』と言われることだ。
なので、かなりリスクはあるが、事件をあえて大事にさせて大炎上させた状態になるのを待つことにしたのだ。
これも実に単純で、沈黙を貫けばいいだけのことだ。
そうすれば相手は逃げていると勝手にとらえて、勝手にバッシングなどで騒いでくれるからだ。
案の定、事件は大事になて、僕は世間から思いっきり叩かれまくることになったわけだ。
そして、それらが最高潮に達したところで、警察への出頭と無実を証明という流れに持っていけば、世間から見て僕の無実は火を見るよりも明らかとなりその後に何があろうとも疑惑が再燃する可能性は低くなる。
そういう意味では警察の方で威圧的な取り調べがあったのは、非常にラッキーだったと思う。
何せ、マスコミや世間の注目を別の方向に持っていきやすくなおかつこちらが被害者であることを印象付けさせるのに、十分な効果を発揮したからだ。
飯田さんに録音をしておくようにと言われて貸してもらったICレコーダーがここまで役に立つとは思わなかった。
「多分、明日からはマスコミの報道は一気に変わっていくはずですから、ご安心ください。おそらく分代あたりは吠え続けると思いますが、その際はご連絡いただければマツ共々動かさせていただきますので」
週刊分代の荒木と、大蔵とは黒いつながりがあることはマツさんからの報告で知っている。
そういう意味では、会見の場で奴を論破できたのはとても気分がよかった。
「すみません、一つだけ頼みごとをしてもいいですか?」
「何なりと」
僕は飯田さんたちの返事を聞いて、ある頼みごとをした。
「み、美竹さん!?」
「別にそうなる気は全くないです。ただ、万が一の時は……お願いします」
僕の頼みごとに明らかに動揺した様子の飯田さんに、僕は頭を下げてお願いした。
それは僕なりの決意表明のようなものであった。
(本当にそうならなければいいんだけど)
僕はそんな思いを抱えながら、自宅に向かうのであった。
こうして、ある意味慌ただしい一日は幕を閉じるのであった。
二日後、僕は羽丘にいつものように来ていた。
先日、事務所と学園の謹慎処分が解除される旨の連絡を受けた時は、ほっと胸をなでおろしていた。
ちなみに、先日テレビニュースでは僕が無実であったことがしっかりと報道され、また会見での様子を”最近の若者の見本”、”流石トップバンドなだけはある”とおおむね高評価している出演者の手のひら返しぶりに、僕は呆れるべきなのか怒るべきなのか、微妙な感情を抱いたのは記憶に新しい。
現時点では、この件に関する報道は全くなくなり、代わりに自白を強要した警察への批判的な報道が続いているが、もはや僕にはどうでもいいことでもあり、僕自身にはいつもの日常に戻りつつある。
後始末として大変だったのは、バッシングに伴って予想される攻撃を防ぐために電源を切っていたスマホの電源を入れた瞬間に、通信会社から不在着信があった旨の連絡で着信数が4桁にも及んでいたことだった。
削除しようにも一番最後まで読まなければいけなく、最後のほうまで飛ばすにもかなりの時間を要した。
また、同じ件数のメールも来ていたというのを付け加えておきたいと思う。
もちろん、読まずに削除したが、これもかなりの時間を要した。
そんなわけで、いつも通りの日常に戻ったわけだが……
「なあ、一樹。まだこんなこと言ってるぞ」
休み時間に、そう言って啓介が僕に見せてきたのは週刊分代の僕のことを書いている記事だった。
内容は『ペテン師一樹の、凶悪な素顔』というもので、もはや悪口にも近い内容だ。
この雑誌の中では僕は、サイコパスで殺人鬼な軍国主義者という、どんだけだと言ってしまうような人物像にされていた。
「全く飽きないよね。放っておいていいよ。ていうか関わり合いたくない」
僕は啓介にそう言いながら雑誌を返す。
「そうか。っと、そろそろ授業だった。じゃあな」
次の授業を受けるために、足早に去って行く啓介を見送りながら僕は
(そろそろ潰すか)
と心の中でつぶやくのであった。
後日、週刊分代の荒木という人物がインサイダー取引を強要した容疑で、警察に逮捕されたというニュースが報道され、そのあおりを食らってこの週刊誌が廃刊になるのだが、それはどうでもいいことだろう。
「え、出かける!?」
その日の夜、僕は夕食を食べる前に義父さんから伝えられたことに驚きを隠せなかった。
「明日は華道の集まりで、私と義母さんとで行かないといけないんだ」
「あ、私明日はモカのとこに泊まることになってるから」
義父さんに続いて蘭から言われたことをまとめると
「もしかして、明日は僕一人?」
僕が1人でるうs版をしなければいけないということだった。
「食事代は置いておくから、出前を取るなりしてね」
「兄さん、一人で大丈夫?」
蘭の言葉こそ心配しているような感じだが、表情は笑みを浮かべており、それが僕にはからかっているように感じてしまった。
「大丈夫に決まってるでしょ。子供じゃないんだから」
そう、子供でもないんだ。
全く問題はない。
……夕飯をどうするのかは別として。
そんなわけで、土曜日は一人で留守番をすることになるのであった。
解決したと見せかけて、実はまだやり返すという謎の二段構え。
次回からは軽く恋愛要素を入れていこうかなと思います。