今回の話では、暴力的な描写があります。
ということで、第217話始まります。
「―――――ろ」
どこからか声が聞こえる。
「だろっ!!」
「いつッ?」
やけに大きな声とともに感じた何かで、僕の意識は強引にはっきりと取り戻すことができた。
最初に気づいたのは自分の状況だ。
両手は上のほうに引っ張り上げられていたのだ。
それはまるで、何かに吊るされているみたいに。
(いや、本当に吊るされてるな)
視線を上に動かすと、鎖のようなもので僕の両手は縛り付けられ、それが上空に引っ張られている状態だった。
足は地面についているが、直立がやっとで、ちょっとでも前に進もうとすれば足が浮いて元の場所に戻されてしまいそうだった。
頬にはじんわりとした痛みが走っていることから、おそらく意識を取り戻す際に感じた何かは、何らかの方法で叩かれたのだと推測することができた。
そして、今僕のいる場所は、最初に指定された空き地ではなく、どこかの工場(もしくは廃工場)と思われる。
「やっとお目覚めか。雑種」
「……」
一通りの状況が把握できたところで聞えてきた威圧的な男の声に、前方を見るとそこには、椅子に腰かけた銀髪の男性の姿とその横に立って気持ちの悪い笑みを浮かべる阿久津の姿があった。
「おいおい、何とか言っただろうだぁ? 愚民」
(こいつもこいつで……類友ってっか)
人を見下した態度などが、阿久津とうり二つなところに、僕は若干あきれ果てていた。
「おい、なんとか言えっつってんだろうが、よっ!!」
「っぐ!?」
そんな僕に、阿久津はこっちに向かってくるといきなり顔を殴ってきた。
顔がものすごく痛む。
「おいおい、客人には丁重にしないか」
「ごめんね兄ちゃん☆ この愚民の顔見てたらつい♪」
目の前でやられている茶番じみたやり取りに、僕は顔の痛みなど忘れて引いていた。
「さて、よくも俺のかわいいかわいい正を脅してくれたな」
「脅したつもりはないんだが? 私はただ単語を並べただけだ。それともそこのクズを犯罪者として警察に突き出してやれ、とでも言いたいのか?」
我ながら、よくこの状況で言えるよなと思うが、自然と口から出ていた。
「貴様、マジでムカつくやつだな」
「それはそっくりそのまま返させてもらうよ」
僕の言葉に、二人の顔に怒りのようなものはみられない。
どう転んでも自分が優位にあると思っているからだろう。
「それよりも、こちらは要求に応じたんだ。そっちも約束通り人質の二人を解放したらどうだ?」
「あぁ、あいつらか……いいだろう」
僕の要求に、大蔵は今思い出したと言わんばかりに携帯を取り出すとどこかに電話をかけ始める。
「私だ。ああ、二人を殺せ」
「おい! 約束が違うじゃないか!!」
大蔵が相手に指示した内容に、僕は声を荒げる。
「したさ。だからやってんじゃねえかよ。”生きる事”からの解放をなぁ」
「あーあ、どうせ死ぬんなら楽しんでおけばよかったぜ」
「この人間の屑がっ!」
「がははっ。負け犬の遠吠えどーもー」
今の二人にとって、僕の罵声は喜ばせる材料でしかない。
そう感じた僕は口を閉ざすしかなかった。
「さーて、そろそろ始めますか」
「よぉし! お楽しみタイムだねっ」
(今は何時なんだ)
大蔵の言葉にはしゃぎ始める阿久津をしり目に、僕の頭の中にはただそれだけしかなかった。
僕たちの勝利条件は『12時を迎えること』だ。
そうなれば、僕の勝利だ。
いや、まずその前に紗夜たちの身の安全を確保しなければ。
「何、よそ見してんだよっ」
そんな僕の考えも、阿久津の声とともに感じた衝撃や痛みでかき消された。
「これから、おめえの、教育を、してやる! ありがたく、思うんだな!」
「がふっ」
言葉を区切りながら、阿久津は僕の顔や体を容赦なくぐり飛ばしてくる。
体中が痛みに悲鳴を上げる。
「お前に、教育されるほど、落ちぶれていな――がっ」
「何、喋ってんだよ? 俺のことは神と呼べっ!」
僕の顔を殴り飛ばした阿久津の言葉に、僕は無言で睨みつけるが、それにたいしてもドロップキックを繰り出してきた。
当たったのはみぞおち付近なので、一瞬息が止まったような気がしたが、何とか生きてる。
「あーははは! 気分がいいなぁ! ほら、やり返してみろよ! ま、出来ればだけどなぁ!」
痛みに耐えている僕を、楽しげに笑いながら挑発してくるが、両手は拘束されて吊るされている状態だ。
できるはずがない。
今僕にできるのは、必死にその場にへばりつくように立っているだけだった。
(あれ、そういえば……)
その時、僕はある違和感に気づいた。
若干ではあるが、少し足に余裕が出てきていたのだ。
さっきまでは少しでも前に進めば引き戻されるようだったのが、前に進める距離が伸びているようにも思える。
(これってもしかして……)
僕は上のほう……つるし上げられている先のほうに目をやる。
そして見えたのは、天井の何らかの装置に括りつけられた何かが、僕をつるし上げているという仕組みだった。
この建物は老朽化が進んでいるのかもしれない。
(だとするならば……)
もしかしたら、この状況を打破できるのではないか?
僕の中に、反撃のチャンスという微かな希望が見えた。
だからこそ、僕は耐えた。
途中で俺も混ぜろとリンチに加わる大蔵と阿久津のサンドバックにも耐えた。
「げほっ、げほっ」
どのくらいそれが続いていたのか。
体中に痛くない場所はどこにもなく、息をするのも苦しかった。
(もしかしたら、骨の一本でも持ってかれてるかもしれない)
自分のことなのに、どこか冷静に考えてしまう自分が、ある意味恨めしい。
それからも殴られ続けたが、あまりにもやられつづけて痛覚がおかしくなったようで、殴られても痛みをあまり感じなくなっていた。
「ねーえ、兄ちゃん」
そんな僕の様子に、阿久津は気持ち悪い猫なで声を大蔵に向けてあげる。
「何だい、弟よ」
「これ、反応しない。つまんなーい」
まるで、おもちゃで遊ぶのに飽きた子供のように言い放つ阿久津に対して、大蔵はしばらく考えるそぶりを見せると
「だったら、これを使おう!」
そう言って大蔵が取り出して見せたのは、ナイフだった。
「これをここからあれに向けて5本ずつ投げるんだ。当たった場所で点数を競おう。顔なら30点、心臓付近なら100点みたいなね」
「うわーっ! 面白そー!」
阿久津たちは僕に向けて不気味な笑みを浮かべながらそれぞれが持っている5本のナイフを見せつけてくる。
こうしてゲームは始まった。
デスゲームという名の地獄でもあった。
もはや、絶望しかなかった。