ということで、第218話です。
今回もかなり暴力的な描写がありますので、ご注意ください。
一体あれからどれだけの時間が経ったのだろうか?
「―――っ……はぁ、はぁ……」
「いょっしゃぁ! 50点で俺のリード!」
左足に鋭い痛みが走る。
それを見て笑っている男たちが二名。
どれくらいのナイフが、僕に向けて投げつけられたのだろうか?
体中はたぶん、ナイフの刺し傷がたくさんついているのかもしれない。
阿久津が放ったナイフの2本は外れ、1本はわき腹にもう1本がお腹に。
そして最後の1本が左足に刺さったのだ。
急所に刺さらなかったのは、奇跡だと思う。
一回目に刺さりそうになったが、横にかわしたことで何とか回避はできた。
ただ、その際にナイフの刃が顔をかすったのか、今も側頭部が痛い。
服が体に張り付いていてそれが実に気持ち悪かった。
それでも、悲鳴を上げなかったのはもはや意地にも近かった。
絶対にこの二人を楽しませるようなことはしないという、意味のない。
「にしても、なかなか100点にはいかないな」
「だったらさ、直接やっちまおうぜ! そらぁっ!」
「ッ!!」
そういうや否やナイフを手にした阿久津が僕のもとに向かってくると
「おらぁ!!」
「がっ!」
右足に勢いよくナイフを突き刺してきた。
「おーおー、もっと叫べ、もっと泣けっ!!」
「がぁぁあ!!?」
突き刺したナイフで傷口をえぐるようにグリグリと回す痛みは、これまで感じたどの痛みよりもすさまじく、僕はついに悲鳴を上げてしまった。
「なら、俺はこいつの右腕にするぜ。もう二度と動かせないようにしてやるよ」
「ッ!? やめ―――――」
利き腕をつぶされれば二度とギターは弾けない。
だから僕は、やめるように言おうとしたが、それもむなしく僕の右腕に大蔵はナイフを二本突き刺した。
そして、阿久津と同じように、えぐり始める。
「ふぅ……さて、そろそろフィナーレにするか。おい、こいつにとどめを刺すぞ」
「あいよ、兄ちゃん」
(ここまでか……)
視界がどんどんと真っ白に塗りつぶされていく中、二人が笑みを浮かべてこちらに歩み寄ってくるのを、僕はただただ呆然と見ることしかできなかった。
そして、僕が死を覚悟した瞬間だった。
この場には似つかわしくないチャイムを聞いたのは。
(このチャイム……もしかして)
学園でも聞くチャイムだが、街中で聞くチャイムには別の意味もある。
それは、正午になったことを知らせるチャイムだ。
それを理解した瞬間、白みがかった視界は一気にクリアになった。
「ちょっと待ってくれ!」
「ぁ? 命乞いか?」
「がははは! 良いな、それ! 最後に楽しい命乞いをしてくれよぉ」
僕は慌てて二人を止める。
それは命乞いではない命乞いだ。
「ラジオかテレビのようなものを付けて」
「は? 何を急に言ってやがるんだ? 頭でもイカレたか?」
小馬鹿にした様子で言う大蔵に向けて、僕は声を荒げる。
「いいからつけろっ。それでお前たちの終わりを知ることになるだろうからな」
「んだと? そこまでいうんなら、付けてやるよ。冥土の土産に聞いてきな」
僕の安い挑発に乗ってくれたのもまた幸運だった。
大蔵は、阿久津に僕にナイフを突きつけたままでいさせると、椅子に向かいその手に端末を持って戻ってきた。
それは持ち運びができるテレビのようで、電源を入れると、結婚したてのカップルが幸せそうに話をしている内容のバラエティ番組が流れ始める。
「こんなのが見てえのか? あの世で結婚式ッてか? ガハハハッ」
「違う! ニュースを見ろ」
今日は日曜だ。
ニュースをやっている番組はかなり限られる。
大蔵はチャンネルを変えたのか、音が静かになった。
『では、続いてのニュースです。つい先ほど、民大党が大蔵昭三議員の罷免処分を発表しました』
「…………は?」
そのニュースを聞いた大蔵の動きが止まる。
『大蔵議員は過去に文部科学大臣を務めた経歴もあり次期総理の声があっただけに、今回の処分は政界に大きな衝撃を与えるものとなります。民大党は、処分事由について一切の名言をしておりません』
「何だよこれ……何なんだよっ!!」
大蔵議員の突然の処分に混乱しているのか、先ほどまでの余裕はどこへやら、喚き散らし始めた。
阿久津はただ呆然としているだけだった。
「てめぇ、何しやがった! 僕のパパに何をしやがったぁ!!」
「何をって……あなたのご自慢のパパさんを調べた結果を、いろいろな場所にリークしただけだけど?」
先ほどまで感じていた痛みがまるで嘘のように消え去ったおかげで、僕はすらすらと自分がしたことを告げることができた。
「人の彼女にまで手を出した上に、僕を殺そうしたんだ。お前たちもそれ相応の報いを受けるんだな。まあ、この後もいろいろ出るんじゃないか? 不倫に賄賂に売春に違法献金等々。どちらにしても終わりだよ」
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だぁ!!」
これが、マツさんにお願いして調べてもらった調査結果の集大成だ。
色々と苦労したらしいが、マツさんもここまでの証拠がそろえば大蔵議員をつぶすには十分だと言っていたので、おそらくはもう終わりだろう。
『続いてのニュースです。多発していた連続通り魔事件の被疑者として少年一名に逮捕状が請求されました』
「は!?」
「阿久津、お前の犯した罪もしっかりとけりを付けさせてもらうぞ」
いいタイミングで阿久津の起こした事件も取り上げてくれたおかげで、二人の動揺を見ることができた。
そして、僕の反撃はまだ始まったばかりだ。
「貴様ぁ!! こんなことして生きていられるとは思うなぁ!! この俺の後ろにはな、泣く子も黙る大和田組がいるんだ!!」
先ほどまでの余裕ぶりはどこへやら、大蔵が取り乱して吠えていると、後ろのほうで出入口だろうか、ドアが開く音が聞こえてきた。
「坊主、どうした? そんなに血相をかいて」
「お、親父さん! 良いところに!! こ、こいつを殺してくれ!」
入ってきた男性に、大蔵は取り乱した様子で僕を殺すように命令を出す。
おそらくは、この人物が大蔵とつながりのあるやくざの”大和田組”の組長なのだろう。
「ほぅ? なぜだ?」
「こいつが、僕のパパを……お前の友達をめちゃくちゃにしやがったんだ! そいつを懲らしめろっ!」
「そうか……わかった」
大蔵は男性の返事を聞いてほっと安心した様子で、こちらに向けて余裕の笑みを浮かべようとした時だった。
「ぶんっ!」
「がっ!!」
大蔵の体に、組長と思われる人物は容赦なくけりを入れたのだ。
「兄ちゃ―――ぐぇ!?」
地面に崩れ落ちてうずくまる大蔵のもとに駆け寄ろうとした阿久津もまた、同じようにけりを入れられていた。
「げほっ、どう、してだ……俺じゃなくて、あいつだ!」
「もうてめぇの尻ぬぐいはごめんなんだよ」
突然のことに動揺を隠せない大蔵に、まるで熊をも彷彿とさせるオーラをまとっている男性が冷たく言い放った。
「おい、坊主! 大丈夫か! 今すぐ解いてやる!!」
そこでタイミングよく表れた団長によって僕の拘束は解かれた。
だが、これまでの暴行で足に力などはいるはずもなく、僕はそのまま尻餅をつく形で地面に倒れた。
「っ、すごい出血……すぐに止血する。少し痛むが我慢してくれ」
「すみません。パンチはどうってことなかったんですけど、さすがにナイフはきついですね」
団長が僕の足や腕の部分を何かで圧迫して止血するが、すでに片足の痛みなどは全く感じられなくなっていた。
動かすことはできるので、おそらくは痛覚がいかれてしまったのだろう。
「すみません、二人は?」
「ああ、心配するな。あの嬢ちゃんは俺達で無事に保護した。今は外の車にいる。無論、ここには来れぬように見張りもつけている」
「ご配慮、ありがとうございます」
紗夜たちが無事だったのは、僕にとってはこの上ないほどに嬉しい知らせだ。
それに、この場に来れないようにしてくれたこともありがたい。
もしここに来れば、紗夜の心にいらぬ傷を与えてしまいかねない。
何せ、少し地面のほうに視線を移せばそこには僕の物であろう血の海ができているほどだし。
「ど、どういうことだ……お前、一体何をした!!」
「まだわからねえか? ならちょうどいい。冥土の土産にネタバラシでもしてやらあ」
錯乱状態の大蔵たちに、団長は大声でそう告げると、すべてを話し始めた。
この一連の計画についてのすべてを。