それはあの日、喫茶店で団長たちから大蔵のことを伝えられた時のことだった。
「……誰にも言うなよ?」
僕の問いに観念したように深いため息を漏らした団長は、僕にその理由を説明した。
「実はな、その暴力団……大和田組っていうんだが、そこは俺の実家でな。俺もゆくゆくは後継者になる予定だ」
「……ということは、団長って……」
僕の予想を肯定するように、団長は無言で頷いて答える。
本人的にはあまり言いたくはなさげだったみたいだが、ある意味納得がいった。
確かに、それならば色々と詳しいはずだ。
「ありがとうございます」
「気にすんな」
団長の表情から、あまり言いたくなかったのは十分すぎるほど伝わってくる。
それでも、団長が大蔵の後ろ盾である暴力団の次期組長であるのなら、一つの作戦が可能になる。
「一つだけ、作戦があります。多分皆さんの力をフルにお借りすることになると思いますけど」
「何でも言って下せえ。不肖このマツ、兄貴のためなら火の中でも飛び込んで見せますっ」
「俺もだ。大倉家の野郎には俺達で印籠を渡してやろうじゃねえか」
団長とマツさんの二人は、僕にとっては最強の味方となってくれた。
おそらく、この二人がいれば大蔵一家はそれほど恐ろしくはない。
「マツさん。大蔵家の不正などを調べてもらってもよろしいですか?」
「ヘイッ。お安い御用でっ」
まず僕が頼んだのは、大蔵家の弱みをあぶりだすことだ。
「団長には、大蔵が命じた内容を僕に伝えてほしいんです」
「それでいいのか?」
僕の口にした言葉に、団長は意外だと言わんばかりの表情で聞いてきた。
「ええ。もし、相手の要求を無視すれば、奴は別の暴力団に命令を出す可能性があります。それならば、何をされるのかを知っておいたほうがいろいろと都合がいいんです」
「……お前がいいのであれば、俺もかまわねえが」
団長はあまり納得はしていない様子ではあったが、最終的には僕のお願いを受け入れてくれた。
そして、僕の計画は幕を開けたのだ。
「つまり、俺達の命令はすべて筒抜け……だったということか?」
団長の話を聞き終えた大蔵たちは呆然としていた。
まあ、その気持ちもわかる。
何せ、自分が優位だと思っていたら、実はそれは僕たちの掌の上で踊らされていたということでもあるのだから。
「く、狂ってやがる」
「確かにそうだけど、私は合理的な作戦だと思うがね。例えば、僕を襲わせたときに”偶然”を装って助っ人を呼んでおいたりとか。僕が暴行事件を起こしたときに”偶然”アリバイを用意しておいたりとか」
何もかも、事前に向こうが何をしてくるかを知らなければ、できないことだ。
「………」
二人とも、すでに言葉を失っていた。
「さて、ではこのクソガキどもを警察に突き出すとしよう。暴行に拉致監禁……どう考えてもお勤めは長くなるだろうがな」
もうこれで終わり。
この場の誰もが……少なくとも僕はそう思っていた。
「――――――な」
だが、それもすぐに一変することになる。
「ふざけるなぁ!!! 日本を牛耳る選ばれた俺が、こんなことで終わってたまるかぁ!!」
大蔵が大声で叫ぶと、ポケットから何かを取り出して、こちらに向けて掲げた。
それは何かのリモコンのようにも見えるものだった。
上部にはアンテナが付いており、アンテナの反対側には赤いスイッチのようなものが付いている。
阿久津も大蔵の後ろに隠れるように立った。
「いいかよく聞け!! この建物に爆弾を仕掛けた! 押されたくなければ、俺たちの前で自害しやがれぇ!!」
血走った目で喚き散らす大蔵の姿に、哀れみを感じつつも彼の行っていることが偽りではないことは直感で分かっていた。
もし、ブラフであればもっと前の段階でできていたはずだ。
少なくとも、この期に及んではったりを言うほど浅はかな連中ではない。
何より、彼の手にしているリモコンが偽物には見えないのだ。
大蔵の言葉に、全員が身動きをとれない中、僕の体は自然に立ち上がっていた。
「おい、てめえ何して―――」
どうしてかはわからないが、奴を一発ぶん殴りたいと思っていたんだ。
右足にあまり力が入らない。
それでも動く左足を動かして、ふらふらしながらも奴のもとに近づく。
「ふっ」
「うがっ」
僕の渾身の一撃は、リモコンを手に立ち尽くしている大蔵の顔面をとらえた。
吹き飛びはしなかったものの、体が少しよろめいたのを、その場にいた人たちは見逃さなかった。
「ふんっ!」
「おおおおお!!!」
一気に二人の元まで迫った団長と組長は、それぞれが攻撃を繰り出す。
大蔵は組長から、素人目でもかなりの威力のあるアッパーを。
そして、阿久津は団長の背負い投げで出入口のほうに吹き飛ばされていた。
(……僕、よく生きられたな)
団長に中学の頃暴行され続けていたころの自分のタフさに、自分でも呆れていた。
当然だが、大蔵たちはピクリとも動くそぶりを見せない。
阿久津に至っては生きてるのかを逆に心配してしまうほどだ。
「お前、動けるか」
「はい、何とか」
走ったりするのは無理だが、ゆっくりとであれば何とか歩けなくもない。
「お前無茶しすぎだ。念のために救急車を呼んである。ここを出たらすぐに治療を受けな」
「すみません」
団長には僕がけがをすることなどお見通しだったようだ。
まあ、誰でも無傷でいられるとは思わないだろうけど。
組長が、ノックダウン状態の大蔵を担ぎ、団長は投げ飛ばされて気を失っているであろう阿久津のもとに向かっていく中、僕は右足を引きずりながら出口に向かって移動していた。
(ここを出れば、紗夜に会える)
紗夜になんて声をかけようかなどと、考えていた時だった。
団長が阿久津の横に落ちている何かを拾い上げる。
「おい! 爆弾のスイッチが押され――――」
そして、それを見た団長が慌てた様子で最後尾にいた僕に向かって言いかけた時だった。
何かが崩れるような凄まじい音と共に、僕は気が付くと出口とは逆の方向に吹き飛ばされていた。
「ケホッ、ケホッ……いったい何が」
あたりに立ち込める土煙のようなものに咳き込みながら、僕は一体何が起こったのかを把握しようとするが、それもすぐに終わることになる。
土煙が薄れ、僕の前方……出入り口付近に積み重なるようにしてある瓦礫の山によって。
(横一面か……こりゃ、向こう側に行くのは無理そうだな)
どうやら、出入り口付近の天井が崩れたのか、出入り口だった場所を覆うように瓦礫の山が出来上がっていたのだ。
工場内を見回すも、出入口は潰された一か所のみで、ほかには見当たらない。
もはや、脱出は不可能だ。
(団長たちは……)
このような時でも、僕は自然にあの場所に立っていた団長たちの身を案じる。
「電話?」
そんな時、僕から少し離れた場所の地面に落ちている僕の携帯が、着信を告げる音を鳴らし始める。
僕はその携帯のところまでゆっくりではあるが移動すると、手に取って電話に出る。
「もしもし」
画面はひびが入っているので、スピーカーに切り替える。
『おい、大丈夫か!』
「団長……こちらは特には。そっちは?」
『俺たちは辛うじて無事だ。それよりも、あの野郎爆弾のスイッチを押してやがった。お前の場所から爆弾を見つけ出せるか?』
団長が無事で安心したのもつかの間、僕は団長に言われた言葉を受けあたりを見回す。
それっぽいのは割とすぐに見つかった。
「ありました。多分時限式ですね。残り時間4分弱でカウントダウンしてます」
その爆弾は、工場の壁際……僕のいる真横に存在していた。
これ見よがしなデジタル式の爆発までの残り時間を表示しているので、おそらくはこれが爆弾で間違いない。
しかも、下の方には何やらすごそうな爆薬みたいのがあるので、間違いなく本物だろう。
『なんてことだ……』
団長は、それ以上何も言おうとはしなかった。
団長にもわかっているんだ。
僕がこれから迎える運命が。
『おい、お前何をっ―――』
そんな時、電話口で団長が誰かと言い争いを始める。
『一樹君!! ねえ、返事をして! 一樹君!!』
一体何がと思っている僕の耳に聞こえてきたのは、ずっと聞きたかった最愛の人の声だった。
「紗夜! 良かった……ケガとかはない?」
『え、ええ。あなたのおかげで私も日菜も無事……って、そんなことより、早くそこから出てっ!! そうしないと爆弾がっ』
どうやら僕と団長の会話を聞いていたらしい。
紗夜の切羽詰まったような悲鳴にも似た声を、僕はどこか冷静な気持ちで聞いていた。
「ごめん、それは無理っぽい。出入口はもうなくなってるし、爆発から身を守るようなものもない……こればかりはお手上げだよ」
『そんなっ……どうしてッ』
僕の言葉に、紗夜は嗚咽交じりに喋る。
僕はまた、紗夜を泣かせてしまった。
『約束したじゃないですか! ずっと一緒にいるって。だからっ、早く私のそばに来てっ……私をぎゅって抱きしめてよっ』
「……ごめん」
泣きわめく紗夜に、僕が言えたのは、謝罪の言葉だけだった。
それでも、僕は伝えたかった。
「僕は何があっても紗夜のそばにいるから。だから、紗夜は幸せになってほしいんだ」
本当はもっと話すことがあったはずなのに。
もっと話していたかったのに。
携帯の画面に表示されたバッテリー切れを告げるメッセージが無情にも、僕と紗夜との会話の終わりを告げようとしていた。
もう、何秒も持たない。
「紗夜、大好きだよ」
そう感じた僕が口から出たのは、紗夜に対する本当の気持ちだった。
そして、まるでそれを言うのを待っていたかのように、携帯の電源は落ちた。
「はは。携帯はバッテリー切れになって終わり、僕は命が終わる、か」
僕は床に寝そべり上を仰ぎ見る。
死ぬことが怖くないかと言われればうそになる。
爆発まで残りの時間は1分を切った。
(啓介、みんな……ごめん。みんなの夢、かなえられそうにないや)
僕は心の中で、みんなに謝る。
もちろん、それが相手に伝わるわけがないのは十分わかっている。
それでも、謝りたかったのだ。
(日菜さん、あんたとの約束も叶えられなかったな)
ものすごい勢いで怒っているであろう彼女の姿が、目に浮かぶ。
紗夜たちは無事だった。
僕は大事な人を守ることができたんだ。
ならば、何も思い残すこともない。
でも、あえて言うのであれば
「紗夜と遊園地……行きたかったな」
★ ★ ★ ★ ★ ★
その日の、正午過ぎ。
倉庫街の一角において、すさまじい爆音とともに火の手が上がった。
「……ぁ」
まるで地獄をほうふつとさせるその光景に、その場に居合わせた者たちは呆然とする。
「いやあああああっっ!!!」
そんな中、一人の少女の悲鳴はむなしく響き渡るのであった。