聞こえてくるのは、あらゆる場所に打ち付ける雨の音。
今日の天気は、雨だった。
それでも、私は傘を差さずにバスの停留所でバスを待つ、周囲に人はいない、
もしいれば、私の姿は異様に見えたかもしれない。
別に雨に濡れ合いというわけではなく、ただ外を歩いていたら雨が降り出したというだけのこと。
(いえ……もしかしたら)
雨が降っていたとしても、私はたぶん傘を差さずに来ていたかもしれない。
それからどれくらいの時間が過ぎただろうか?
目の前に留まったバスに、私は乗り込む。
もともと私しかいない停留所なので、私が乗り込むとすぐにドアが閉まり、バスは動き始める。
バス内も、どういうわけか私以外の乗客は見当たらない。
『次は――――』
バスのアナウンスが聞こえる。
でも、私にとってそれは、まったくどうでもいいことだ。
さっきまで雨に降られていた私の髪の毛から水滴となって足元を濡らしていくのも、私にはどうでもいいことだ。
『本日は、○○バスをご利用いただきありがとうございます。次は終点、○○霊園です。どなた様もお忘れ物をなさらないようご注意ください』
どれだけバスに揺られただろうか?
バスは終点に近づいていた、
決して、私がぼーっとして乗り過ごしたというわけではなく、そここそが私の目的地なのだ。
私はバスの運賃を支払ってバスを降りる。
そのころには、すでにあれだけ降り続いていたはずの雨は上がっていた。
「ずっと降っていてもよかったのに」
どうしてこういうときだけやんでしまうのだろうか?
そうでなければ、頬を伝う物が雨であると言えるのに。
そんなことを思いながら、私は先ほどからずっと握りしめていた花を手に霊園内に足を踏み入れ、あるお墓の前でその足を止める。
「また、来たわよ」
私はそのお墓の前で静かに声をかける。
私以外の人から見て、私はお墓に向かって話しているだけなのかもしれない。
それは私も同じことで、私に見えるのもお墓だ。
もし、”なにか”が見えていたのだとしたら、この時ほどうれしいと思うことはないかもしれない。
「おかしいわよね。あれからもうあんなに時間が経つなんて」
それでも、私にはそれが見えることはなく、私の声が届けばいいなという思いで話しかけていた。
私の前にあるお墓の墓石には誰のお墓なのかを表すように家の名前が彫られている。
そこに掘られているのは『奥寺』という文字。
私が、愛した……いえ、愛している人物が眠る場所だ。
一樹君は、あの後……亡くなってからすぐに火葬されたばかりか、名前も旧姓に戻されていた。
どうしてなのかは分からない。
田中君は、国の陰謀だと怒りをあらわにしていたけど、その真偽は定かではない。
一樹君は、誰に見送られることもなく静かにここで眠りについた。
「……っ!」
私は気が付くと、彼のお墓の前で力なく地面に座り込んだ。
「どうじて……どうじで……」
今日は絶対泣かないと決めていたのに、やっぱり無理だった。
「約束、したじゃないですかっ!!」
この声が本当に彼に届いているのかなんてわからないけど、それでも私は声を上げる。
「一緒に……っ……遊園地に行こうって……ずっと一緒にいるって……なのに」
あれからもう二か月が過ぎ、徐々に肌寒くなる季節に差し掛かっていた。
この日まで、私の周りでは変化があったような、なかったようなそんな感じだった。
一樹君が死んだ事件は、テレビで大々的に報じられた。
戦後稀に見る卑劣な事件とまで言われているけど、私にはあまり実感がわかない。
一樹君を死に至らしめた人たちも、殺意があったことの証明ができないという理由で、傷害致死で逮捕され、大蔵という人物には死刑の判決が、もう一人も無期懲役の判決が下された。
死刑の判決に対して最高裁に上告していたらしいけど、それが棄却されたことで彼の死刑は確定されたのが、つい先日のこと。
二人は最後まで自分は選ばれた、俺は悪くない、あいつが悪いと叫び続けていたらしい。
正直なところ、私は彼が死刑になっても嬉しくはない。
だって、死刑になっても、一樹君が生き返るわけではないのだから。
(それでも、私はいつものように生活できるのね)
どんなに絶望しても、悲しんでも。
朝起きて、学校に行って授業を受けて、そしてバンドの練習に行ってというのを、私は繰り返し続けていた。
自分でも、薄情なのではと思ったことがあったが、今はそれも天国で見ているかもしれない彼に心配をかけないためだと、私は言い聞かせている。
そんな私に近づいてくる足音が聞こえる。
(もしかして……)
私の横で止まった足音に、一樹君が会いに来てくれたのではと、かすかな希望を抱いて顔を上げる。。
「おねーちゃん……」
「日菜……」
そこにいたのは、一樹君ではなく日菜だった。
その表情はとても悲しげだった。
「ごめんね……」
「……急に何よ?」
突然私にあ謝りだすひなに、私はつい冷たく返してしまう。
「だって……私のせいでっ…一君が―――」
「そんなことはないわよ。一樹君はあなたのせいで死んだわけではないの。私を助けようとしたせいで……」
「違うっ! 違うの……」
私と同じように地面に膝をついて頭を振りながら叫ぶ日菜の姿に、私は改めて日菜も傷ついているんだと実感した。
一樹君が死んでからしばらくして、私は日菜と一緒に寝ることになった。
夜にいきなり『おねーちゃん、一緒に寝よ?』と私の部屋に来た時は驚いた、
落ち込んでいる私を、日菜的に励まそうと思ってのことだと思っていたけど、そうではなかった。
日菜が寝言で『一君……ごめんね』と言っているのを最近になって聞くまでは。
表面上では大丈夫だと思っていた日菜も、動く傷ついていたのだ。
「おねーちゃん?」
「いいのよ、日菜」
私はそんな日菜の体を抱き寄せる。
それはいつか自分が日菜にされたのと同じだった。
「ひっく……うああああっ」
それがきっかけだったのか、日菜はせきを切ったように泣き始める。
それを私は日菜の背中をやさしくさすりながら空を見上げる。
徐々に青みが買ってくる空を。
★ ★ ★ ★ ★ ★
同日、某所。
「で、例の情報は?」
「へい。兄貴の遺言通り、リークいたしました」
静かにコーヒーを飲む男……団長の問いに、マツが答える。
それに、団長は”そうか”と相槌を打つ。
「今だから思うが、もしかしたらあいつは、こうなるのを見越していたのかもしれねえな」
「……ええ」
団長の脳裏によぎるのは、ベンから伝えられた遺言の内容だ。
『自分に万が一のことがあったら、マツさんが持っている情報をすべてリークしてください』
それは、一樹にかけられた狂言の暴行事件が解決した時のタクシー内で出た言葉だった。
まさか、その”万が一”が本当に起こるとは、その場にいた誰もが想像できていなかっただろう。
(美竹一樹。お前は正真正銘の漢だ)
団長は心の中でそう呟きながら、再びコーヒーに口をつけるのであった。
「……あれからもう二か月か」
同時刻、羽沢珈琲店で裕美と花音がお茶をしていた、
「花音ちゃん、もう大丈夫?」
「うん。まだちょっと思い出すことがあるけど、もう立ち直れたと思う」
花音は力なく微笑みながら応えると紅茶を一口飲んだ。
「Moonlight Gloryの皆は……」
「うん、まだ割り切れてないよ。聡志君もまだ死んでないって言ってるから。……私もだけど」
そういって裕美は表情を曇らせる。
一樹の死は、少なくない影響を様々な場所に与えていた。
啓介たちは、一樹の死という現実を受け入れられず、Moonlight Gloryの活動を続けようとしている。
だが、それもそう長くはもたない。
「この間事務所の人に言われたの。このまま、一樹君が死んだことを告知をするのか、それとも告知をしないで事務所を去るかって……」
「そんな……なんて答えたの?」
「……何も」
裕美のその一言で、花音は察した。
彼女たちが後者の道を選ぼうとしていることを。
そんな時、裕美の携帯が鳴りだす。
「あ、ごめんね花音ちゃん」
マナーモードにするのを忘れていたようで、花音に誤りを入れながら、携帯を見て相手の番号を確認すると、電話を切ってすごい勢いで携帯をバックにしまう。。
「……? どうしたの裕美ちゃん?」
「う、ううん。何でもないよ、なんでも」
その様子を不思議そうに見ていた花音に、裕美は気丈にふるまって答えるが、その表情は青ざめていた。
「ひゃ!?」
そして再びなり始める電話の着信音に、裕美は体を撥ねらせる。
「もしかして、す、ストーカーから?」
「違うよ……違うんだけど………ウーっ」
裕美の反応からストーカーからの電話だと思った花音だが、どうやらそうではないらしく、しばらくためらっていたが、意を決したように携帯を取り出すと電話に出た。
「―――――」
「え……嘘」
電話先の人物に、裕美の動きが止まる。
「ゆ、裕美ちゃん? どうしたの?」
「そ、それが……」
信じられないといった様子で、不安げな様子の花音にその電話のことを言うのであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
私と日菜が肩を寄せ合っていると、日菜が来た方向からこちらに向かってくる足音が聞こえる。
この霊園のどこかのお墓詣りに来たのだろうと、私は直ぐに結論付けた。
もう希望を持つのはやめたのだ。
そのたびに裏切られているから。
「人のお墓の前で何をやってるんだ?」
そんな私たちの耳に聞こえてきたのは、どこかあきれているのか弾いているのか……もしくはその両方の感じのニュアンスの声だった。
「……え?」
そして、その声は私がこれまで何度も聞きたいと思っていた人の声だった。
横にいる日菜の様子から、私の幻聴ではないのは確かだ。
私たちは慌ててその声のしたほうに顔を向ける。
そこには、手にお墓に供えるための花を持っている、あの時と同じ姿の私が好きな人の姿があった。
「か、一……君?」
「それ以外の誰に見えるんだ? というか、まるでお化けを見るような目で見るのやめて。お化けじゃないから……たぶん」
日菜の言葉に、ツッコミを入れながらも、最後には自分で確認しているあたり、他人の空似でもお化けというわけでもない。
いや、本当はどっちだってよかった。
「一樹君……なのよね?」
「だから、そうだって。ちょっと遅くなっちゃったけど、心配かけてごめんね」
「……一樹君っ!!」
一樹君が生きている。
それがはっきりとしたのと同時に、私は気が付くと一樹君に抱き着いていた。
「うわ!?」
「一君っ!!」
「っいた!? 」
私と日菜のそれに一樹君は耐えられなかったようで、私たちはなだれ込むように地面に倒れた。
「よかった……良かったっ」
「ぐす……馬鹿ッ! どうして、今までッ!」
もう堪えることなんてできなかった。
これまで心の中に秘めていた気持ちが一気にあふれ出してくる。
そんな私たちに、一樹君は申し訳なさそうに私の背中をさすってくれた。
「紗夜、日菜さん」
一樹君は、私たちの名前を呼ぶと、申し訳なさげな表情のまま
「ただいま。二人とも」
と口にした。
その言葉の意味を理解した私たちは、
「「おかえりなさい」」
と、返すのであった。
これが今年最後の投稿となります。
ここまで登校できたのは、ある意味良かったともいます。
流石に、全話までの内容で年越しはいろいろとまずいので(苦笑)
今年一年、本作を読んでいただいた皆様に感謝の思いを込めまして、今年最後のご挨拶とさせていただきたいと思います。
次回は、説明会的な話になりますので、楽しみにしていただけると幸いです。
それでは皆様、よいお年を