あれから、上半身を起き上がらせた状態で医者に診察をしてもらい、僕の体の状態など色々な話を聞かされた。
僕は、あの後現場に駆け付けた救急隊員によって地下の貯水スペースから救出されたらしい。
軽くやけどは負ってはいたが、爆発によるダメージは皆無に等しいらしい。
おそらくは、僕はギリギリのタイミングで飛び込んだのかもしれない。
「残念ながら、君の右腕と左足には麻痺の後遺症があるが、これはリハビリ次第で日常生活を送れるまでには回復できるだろう」
「……そうですか」
また、阿久津たちによって色々な場所にけがなどをしていたが、心臓のほうは、幸いなことにそこまで大きなダメージを受けていなかったため、経過観察が必要ではある物の異常はないそうだ。
だが、一番深刻だったのは右腕と左足だ。
阿久津たちがえぐるように傷つけたナイフの刃先は、幸いなことに神経は避けたものの、かなり重いダメージを与えていたらしく、麻痺という後遺症が残されてしまった。
もし、避けていなかったらと思うと、背筋が凍った。
とはいえ、医者は言葉を濁したが、リハビリをしても日常生活を送れるようになるまでは回復できても、それ以上は無理ということだ。
それは、ギターを弾くことができなくなるということでも同義だった。
ギタリストにとって、手は命の次に大事だ。
手が動かなければ、弾くことができないからだ。
(絶望から希望に行ったかと思ったらまた絶望か)
これまで自分は音楽だけしかやってこなかったが、ここで音楽を止めるというのはかなり残酷なものだった。
(あきらめないで、やってみるか)
まずは、日常生活に支障がないほどまでになるように、リハビリをして回復してから考えよう。
僕はそう結論付けた。
もちろん、それがただの先延ばしであることは分かっていた。
それでも、今だけはそのことを考えたくはなかったのだ。
そして、医者からの説明が終わり病室を出て行ったと思ったところ、新たな来訪者が僕の前に現れたのだ。
不思議なのは、その人が入ってきたと同時に、その部屋にいた人たち(医者に聞いたところ警察と言われた)が、畏まりだしたことだ。
「君が、美竹一樹君かね?」
「はい……そうですけど」
僕に話しかけてきたのは、初老の男性だった。
物腰はやわらかで、どこにでも良そうな感じの印象を感じた。
男性は無言で僕のことを見つめる。
病室は、言いようのない緊張感のようなものに包まれていた。
「私は――――の、小木と言います。簡単な質問をしてもいいかね?」
「え、ええ」
僕の目の前にいるのは、非常に立場が上の人だった。
役職は言えないが、治安維持組織のかなり上の役職の人だった。
「総理大臣に、大蔵議員のスキャンダルを記したものを送り付けたのは、君かね?」
「………」
「そうか」
男性の問いに僕はあえて何も答えなかったが、それでも偉い人を欺けるわけもなく、相手に答えを知られてしまった。
もしかしたら、口封じでもされるのかと思ったが、男性の口から出たのは、僕でも信じられないものだった。
「君に、総理大臣から感謝の言葉を預かっている。あのスキャンダルが世間に公表されれば、政権にも大きなダメージは避けられないですからねぇ。それを回避する処置を講じることができたことがを非常に感謝されておりました」
(あれは別に、そういう目的でやったわけではないんだけどね)
僕がマツさんに、総理大臣にこの調査で判明した不祥事の結果を送るようにお願いしたのは、大蔵議員の権力を消滅させるためだ。
権力さえ消滅すれば、向こうの有利な状況をひっくり返すことができる可能性がある。
何せ、あの二人の武器は”権力”その物なのだから。
まあ、隠ぺいか握りつぶすかをされたとしても、不倫報道によって大蔵議員の足元を揺るがせられることができるわけなのだが。
「そこで、君に礼をしたいそうなのだが、何でも願いを言ってみなさい。できる範囲ではあるが、かなえさせてもらうよ」
「別に、自分はそういう目的でやってるわけでは――」
「まあまあ、そう頑なにならずとも、別に裏なんてないんだからありがたく受け取っておきなさい」
さすがに、見返りをもらうのはまずいと思って辞退しようとする僕に、その人は優しい口調で諭してきた。
確かに、この人の言う通りではある。
だが、金銭的なものを要求するのはさすがに気が引ける。
だとすれば、僕が言うのは限られているだろう。
「自分をこうしたやつ……阿久津と大蔵雄一に、できるだけ重い刑罰を与えてください。可能であれば死刑を、無理なら実質的な終身刑の無期懲役を」
それは、彼らの刑罰だ。
あいつらに対して、怒りがないと言えばうそになる。
もし可能なら、奴らを同じ目にあわせてやりたいほどだ。
だからこその要求だった。
「なるほど。超法規的措置で、叶えさせてもらうとしよう」
男性は、僕の要求に顔色を変えることなくそう答える。
実際のところどうなるのかはわからないが、これで少しはすっきりするだろう。
「さて、今君は世間では”死亡”という扱いになっている」
「……え」
そんな僕に告げられた言葉に、僕は言葉を失う。
(いま、僕が死んでいるって言った?)
たちまち僕の頭の中がパニックになる。
「あー、失礼。ちょっと説明が簡潔過ぎたようだね。順を追って説明していこう」
そんな僕の様子を見かねてか、男性は順を追って説明をしてくれた。
「まず、君は大蔵議員の息子に命を狙われた。それは分かるよね? そして、その大蔵議員は失職したものの、報復を受ける可能性があるのもわかるかね?」
僕は男性の問いに頷いて答える。
もちろん、報復はある意味一番懸念していることでもあった。
いくら権力を失わせても、報復などしようと思えばいくらだってできるのだ。
また、自暴自棄になった本人が来ることだって考えられる。
すべてを失った人ほど最強の人はいないという話を、前に聞いたことがあるほどだ。
「そこで、政府は非公式ではあるが、君を戸籍上では死亡扱いにする”超法規的措置”をとらせてもらった」
「それって、証人保護プログラムみたいなやつですか?」
海外では事件の重要参考人を報復などから守るために、名前などを全く別人にした状態にして保護する仕組みがあるというのを聞いたことがある。
これは、どこかそれに似ていた。
「残念ながら、この国には戸籍というものが存在するからね。そう簡単には……とまあ、話はそれたがそんなわけで君は戸籍上では”死亡”扱いになっている。これを知っているのはこの場にいるものと医者。あと君のご両親だけだ」
ようやくではあるが、理解が追い付いた。
つまり、僕を大蔵議員の報復から守るために死んだことにされたのだ。
「あの、それでしたら、死んだのは”美竹”ではなく”奥寺一樹”にできませんか?」
「君の旧姓だね。できなくもないが、本当にいいのかね?」
「お願いします」
この男性の言いたいことは分かる。
僕の身を守るための措置なのに、旧姓のほうにしてしまっては意味が半減してしまう可能性がある。
それでも、僕は”奥寺”という名前にしてもらうのを希望したのだ。
「わかった。後でそのように取り計らおう。そして、君にはここを退院してからしばらく……そうだね、大蔵雄一の刑が確定するまでは別の場所で別人として生活をしてもらうよ」
「……はい」
僕が男性から告げられたのは、この地を離れるということだった。