BanG Dream!~隣の天才~   作:TRcrant

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第225話 電話と少女と

僕が岐阜で生活を始めてしばらく経ったある日の夜。

 

「よし……行くぞ」

 

僕は緊張の面持ちでテーブルを見つめていた。

テーブルにあるのは新しく購入した携帯電話。

僕はそれを手に取ると、電話帳を呼び出す。

そして、ある人物の項目を開いた。

その人物の名は『佐久間啓介』

僕の幼馴染だ。

 

(Moonlight Gloryのこともあるし、生存報告だけでもしておかないと)

 

そういう理由での電話だ。

僕は啓介に電話をかける。

電話口で呼び出し音が聞こえる中、僕は相手が出るのを待った。

5,6,7コール続くも、出る気配がない。

 

「切れた」

 

そして、いきなりそれが切られたのかツーツーという音に変わった。

僕は再度かけ直すが

 

『おかけになりました電話番号への通話は、お客様のご都合によりお繋ぎできません』

 

というアナウンスが流れるだけだった。

そして、そのアナウンスが意味するのは

 

「着信拒否された」

 

おそらく、啓介はこの電話を幽霊電話とでも思ったのだろう。

そういう意味ではこの対応も納得だ。

とはいえ、切ない気持ちがあるのも本当だけど。

 

「それじゃ、紗夜に電話してみるか」

 

もしかしたら同じようにされるかもしれない。

それでも、もしかしたらという希望に賭けてみることにした。

再び電話口から聞こえるコール音。

僕は、口から心臓が出るのではないかと思うほど緊張しながら、相手が出るのを待つ。

やがて、コール音は途切れた。

 

『もしもし』

 

その代わりに聞こえてきたのは、これまで聞きたくて仕方がなかった最愛の人の声だった。

 

「紗夜?」

『一樹君……?』

 

久々の会話がお互いの名前を呼び合うというのもあれだが、この時の僕はうまく言葉が出なかった。

 

『突然どうしたの?』

「いや、元気にしてるかなって思って」

 

一瞬違和感を感じたものの、僕は紗夜さんに電話をした要件を告げる。

 

『私は元気よ。一樹君はどうなのよ?』

「こっちもまあ、ぼちぼち元気だよ。心配かけて申し訳ないけど、全部終わったらそっちに行くから、少しだけ待っててくれるかな?」

『ええ、もちろんよ』

 

それから紗夜とは小一時間ほど電話を楽しんだ。

話した内容は他愛のないことだ。

Roseliaの練習のことや、学校でのこと。

そのどれもが僕にとっては懐かしさを感じさせるのに十分だった。

 

「それじゃ、元気でね。紗夜」

『ええ、貴方もね』

 

それを最後に、電話は切れた。

そして、すぐに携帯の電源を切る。

 

(紗夜、思ったよりも元気そうでよかった)

 

ことがことなだけに心配はしていたが、大丈夫そうで僕はほっと胸をなでおろす。

もしかしたらそれは表面上で、内面ではかなりダメージを追っている可能性もあるが。

 

(後を追いかけてとかにでもなったら洒落にならないからな)

 

自惚れているわけではないが、最愛の人を亡くした人がとる定番の行動の一つなだけに、僕はかなり不安な気持ちを募らせてはいたが、最悪の事態には発展していないのはある意味良いことであった。

 

(とはいえ、あまり手放しで喜べないかな)

 

紗夜との電話で、たびたび感じていた違和感の正体に、僕はぼんやりとではあるがわかっていた。

あの日の出来事……僕が死んだとされる出来事が、紗夜の中では夢に近い出来事として認識されている可能性があるということに。

それだけ紗夜にとっては、ショックが大きすぎたのかもしれない。

だからこそ、現実逃避にも近いような状態になっていると予想できる。

とはいえ、それのおかげで紗夜は僕の考える最悪な行動をとらないで済んでいると思うと複雑なところだ。

 

(早くみんなのところに帰らないと)

 

僕はこの日を境に、さらに強くみんなのところに帰る気持ちを強めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……今日も成果はなしか」

 

あれからさらに時間が経過した。

リハビリの成果はあまりない。

僕がやっているのはギターを弾く練習だ。

無論、この場にギターなどはないので、イメージトレーニングではあるが。

ギターを弾くのに重要なピッキングに関しては、何とかできるようになるまで回復することができた。

僕の場合、麻痺は手首から先の部分らしいので、スナップを使わなければピッキングにそれほど支障はなかった。

問題はスナップを使うピッキングだ。

これは手首を動かすので、手首を自分の思うように動かす必要がある。

これも、かなり苦労はしたが何とか改善の見込みは出てきた。

 

(後は、タッピングと速弾きか)

 

タッピングや速弾きは、当然だが指を使う。

速弾きでは、手先の器用さも一つのカギを握る。

そして、これを完全に克服できれば、僕にとってのリハビリの第一段階は終了ということになる。

後は、実際にギターを使っての練習だ。

だが、これがなかなかうまくいかない。

指が思うように動いてくれないのだ。

それでも、最初のころに比べれば、動きはよくなってきているが、僕の頭の中で思い描くスピードには程遠く、まだまだ道のりは険しい。

 

「……ニュースでも聞くか」

 

僕は気分転換にと、ラジオの電源を入れる。

ここにはテレビは置いていない。

今はどうかは知らないが、昔は一人暮らしの若者がテレビを持つなど贅沢なものだったらしい。

そういうわけで、僕はラジオを持ち込んでいるのだ。

 

『続いてのニュースです。大蔵衆議院議員が、本日辞職の意を表明いたしました』

「やっとか」

 

ラジオから聞こえてきたニュースに、僕はぽつりと漏らす。

大蔵議員の不祥事は、僕のシナリオ通り不倫から始まっていろいろと報じられていった。

当初は体調不良を理由に病院に入院していたが、世論をごまかすことなど到底できるわけもなく、ついに辞職することにしたようだ。

この後は、警察の捜査などで、色々とあることは言うまでもないが。

 

『本日開かれた、暴行傷害事件の二審の裁判で、大蔵雄一被告は起訴内容を否認しました』

「……はぁ」

 

その次に流れたニュースの内容に、僕は思わずため息を漏らした。

一審の判決は、僕の願い通り死刑となった。

だが、予想通り彼は判決内容を不服として控訴したようで、今回は二審のようだ。

とはいえ、これも一審の判決通りになりそうだが。

 

『大蔵雄一被告は、”これはあいつの自作自演で、自分は冤罪だ”と主張しており、その点についてを争点にする模様です』

 

そして、裁判という場でも、彼は彼だった。

 

(とっとと諦めればいいのに。往生際の悪い奴だ)

 

僕はそこでラジオを切った。

 

「今日の夕飯は……買い出しに行くか」

 

今日の夕食を作ろうと冷蔵庫の中を確認するも、食材はあまり残されていなかった。

ここに来てから、僕は毎食手作りをしている。

そのほうが健康的だし、何より食費のコントロールもしやすいのだ。

コンビニ弁当は何気に高いのが難点だったりもする。

 

(まあ、生活費は向こう持ちみたいだけど)

 

あの男性から伝えられた内容の一つで、別人として生活をしている間の生活費はある程度ではあるが向こうが面倒を見てくれるらしい。

とはいえ、あまり贅沢はできないし、何よりそれは僕的にもあまり気分がよくないので、できる限り節約することにしているのだ。

そんなわけで、僕は買い出しをするべく、変装をしっかりとしたうえで外に出るのであった。

 

 

 

 

「今日も中々良い買い物をしたっすな」

 

買い出しの帰り道、僕はこの日の戦利品にほくそ笑む。

今日もまた満足の行く買い物ができた。

食材はスーパーのタイムセールで安く抑え、それ以外のは業務用スーパーで割安に抑える。

それが僕の導き出した節約術だった。

タイムセールでの主婦たちの強大な敵に、最初のころは足も出なかったが、最近では対等に渡り合えるほどにまでなってきた。

 

(タイムセールは戦場だとか聞くけど、まさかここまでとは思ってもなかったな)

 

このような形で、また一つの知識を身につけられたのは、ある意味皮肉なことだった。

 

「ん?」

 

早速手に入れた食材で何を作ろうかと献立を考えていると、ふと聞きなれた音が聞こえてきた。

今通っているのは、初めて通る道で比較的抜け道のような感じの土手でだった。

そこの草むらに腰かけて、ギターを弾く青髪を片側でリボンか何かで括っている少女の姿があった。

 

「うーん、やっぱりここが難しいなぁ」

 

素通りしようとしたとき、聞えてきた彼女の言葉と、再び引き出したフレーズに自然と足を止めていた。

 

「そこは、気持ち遅めに弾いたほうがいい……っすよ」

「え!?」

 

そして、気が付くと僕は声をかけていたのであった。


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