BanG Dream!~隣の天才~   作:TRcrant

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第226話 新たな習慣

(僕としたことが、失敗したな)

 

僕は、自分がした行動をすごく後悔していた。

声をかけた少女は、困惑と警戒が1:9の割合で混ざり合っているような視線をこちらに向けている。

そりゃ、誰だっていきなり金髪に黒いサングラスのいかにもヤンキーですと言わんばかりのいかつい恰好をした人に声をかけられればそうなるだろう。

むしろ、悲鳴を上げられなかっただけでも感謝するほどだ。

 

(とにかく、何か言って警戒を解かないと)

 

親密になるというわけではなく、変な誤解を与えられないようにするために、僕は彼女に声をかける。

 

「あ……いやぁ申し訳ないっす。ちょっとだけ懐かしいフレーズが聞こえていたもんでつい」

 

何とかうまく言えた。

 

「えっと……お兄さんもギター弾いてるんですか?」

「まあ、昔の話っすよ。今はしがない学生っすから」

 

言っている内容は嘘ではない。

少女の反応から、一応最悪な事態は避けられそうだと僕は心の中で安堵する。

後は適当に話を切り上げてこの場を離れればいい。

 

「あの、さっき言ったこともう一度行ってもらってもいいですか?」

「え?」

 

そう思っていたところに、少女から思いもよらぬアプローチを受け、僕は一瞬言葉を失った。

 

「私、このフレーズがうまく弾けないんです。できることはすべて試してみたいんです」

「………」

 

今の自分の状況を鑑みれば、酷ではあるが断るべきだ。

でも、彼女の目を……そのやる気に満ちた目を見ていると、無下にはできなかった。

 

 

 

 

 

「――――と、いう感じっすよ。さあ、弾いてみるっす」

「は、はい!」

 

その後、少女の横に腰かけた僕は、彼女にそのフレーズを弾くコツを教え、試しに弾いてみるように促した。

少女は緊張しながらも、先ほどのフレーズを弾き始める。

それは少々たどたどしくはあったが、最初に聞いた時よりはうまく弾けていた。

 

「やった……やったぁ! 弾けましたっ 弾けましたよ!」

「おめでとうっす。よかったっすね」

 

そのことがうれしい少女は、嬉しそうにはしゃいでいた。

それを見ていると、自分まで嬉しくなってくる。

 

(あのフレーズって、やっぱりつまずくんだな)

 

左手の運指が一つでも違うとうまく弾くことができず、かといってあまりにも滑らかに弾くとその音の重みが消え去るという天邪鬼なフレーズは、僕も小さいころに悩まされたものだ。

遅くても早くてもだめで、ちょうど真ん中のストライクゾーンをつかなければいけない……どう考えても上級者クラスのフレーズだとは思っていたが、まさか本当に上級者だったとは。

そしてそれをやらせようとした父さんは、今更ではあるが鬼だと思った瞬間だった。

 

「それじゃ、自分はここで――「あのっ!」――はい?」

 

ちょうどキリもいいし、今度こそこの場を離れようと腰を上げかけた僕に、少女は意を決した様子で声をかけてきた。

 

「私にギターを教えてください!」

 

それは理にかなったものだった。

まあ、あそこまでアドバイスをしちゃえば、そういう風に言われる可能性だって十分にあった。

 

「あの、私この間東京で、あるガールズバンドのライブを見たんです。そのライブがとてもすごくて、私もそういう風にバンドを組みたいって思ってるんです。なので、私にギターを教えてくださいっ」

 

(東京のガールズバンド……ねえ)

 

ガールズバンドのブームが巻き起こりかけている現在、そういったライブの一つや二つがあってもおかしくはない。

何度も言うが、本当であれば断ったほうがいいのは明らかだ。

だが、この少女を前にすると、なぜかそれができなくなってしまうのだ。

 

(どうしてかな……)

 

少しだけその理由を考えてみた。

そして導き出した結論は

 

(そうか、似てるんだ)

 

今の彼女のその姿が、ギターを始めて間もない自分の姿に。

あの頃は、僕はただただギターを弾いてPROMINENCEのようなバンドを結成するんだという目標を掲げてがむしゃらにギターの練習をしていた。

その時の自分に彼女あどこか雰囲気が似ていた。

 

「自分でよければいいっすよ」

 

だから、気が付けば僕は承諾していたのだ。

 

(ほんと、僕ってつくづくめちゃくちゃだよな)

 

目の前で嬉しそうにお礼を言ってくる少女をしり目に、僕は心の中で苦笑するしかなかった。

こうして、僕は彼女にギターを教えていくことになるのであった。

 

 

 

 

 

あれからさらに二週間が経ち、阿久津たちに殺されかけてちょうど二か月を迎えようとしていた。

 

「と、今日はここまでにするっす」

「はいっ! ありがとうございます。師匠!」

 

この日も、僕は彼女にギターを教えていた。

場所はあの時の土手だ。

日曜を除いた夕方の時間に、そこで待ち合わせて小一時間ほどギターについて教えていったりアドバイスをしたりするのが、僕の新たな日課になっていた。

気が付けば彼女は僕のことを師匠と呼んで慕うようになっていたが、日に日に上達していく彼女のギターの腕前に、僕は舌を巻いていた。

……師匠と呼ぶのはできればやめてほしかったりもするけど。

 

(そろそろ言わないとな)

 

「ちょっといいっすか?」

「はい、なんですか? 師匠」

 

僕はできる限り真剣な面持ちで、彼女にそれを告げる。

 

「自分、ギターを教えられるのは今日で最後になるっす」

「え……?」

 

単刀直入に告げた僕の言葉に、少女の動きが止まる。

 

「実家の都合で、この後すぐに地元に戻らないといけないっす」

 

それは嘘だった。

実はこの間、あの男性から僕に連絡があったのだ。

阿久津と大蔵の裁判が終了し、僕の望み通りの結果になったという連絡が。

そして、僕に元に戻る意思があるのかの確認をしてきたので、僕は即答であると答えた。

それによって、僕は佐藤茂ではなく、美竹一樹として生きるために彼女たちの待つ場所に帰ることになったのだ。

とはいえ、すぐに帰るというわけにもいかず、色々な手続きのために数日間ほど待たされることになったが、それも今日までだ。

明日の朝、ここを発ち元の場所に戻るのだ。

それに伴って、彼女にはちゃんとお別れを言わなければいけないと思ったのだ。

本当なら、このまま蜃気楼のように消えたっていい。

だけど、僕はちゃんと挨拶をしておきたかったのだ。

それが、一ギタリストでもある彼女への礼儀だと思ったから。

 

「もう、会えないんですか?」

「別に今生の別れじゃないっすよ。いつか必ず会えるはずっす」

 

悲しげに聞いてくる彼女を励ますように、僕はあえて明るい口調で言う。

でも、それは割と本当のことかもしれない。

彼女の進学先が、東京であるという話が本当であれば。

 

「今まで、お世話になりました。次会ったら師匠がびっくりするくらいギターの腕を磨きますねっ!」

「ええ、楽しみにしてるっす」

 

無理しているのは分かっていた。

それでも、彼女は笑みを浮かべてくれていた。

少女にそのようなことをさせている自分に少しばかり罪悪感を覚えつつ、僕は彼女と別れた。

そして、この日をもって、僕の佐藤茂としての生活は幕を閉じるのであった。




今回で過去編は終わります。

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