「というわけだ」
『………』
あの爆発から、岐阜での生活のことを話し終えた頃には、話し始めてからすでに2時間ほど過ぎており、僕は思い出したように感じたのどの渇きを、話し始める前につぐが持ってきてくれた飲み物で潤した。
「まるでドラマのような内容ね……」
「にわかには信じられねえけどな……」
話を聞いた各々が口を開いていく。
全員の顔にあるのは困惑の色だろう。
まあ、このような話を信じろというほうがどうかしている。
それを目の当たりにいた本人ですら、現実味を感じていないのだから。
「あれ、幽霊電話じゃなかったのか……」
とはいえ、着信拒否した啓介には、あとで嫌味でも言ってチーズケーキをおごらせよう。
そう心の中で決めた。
「それで、腕のほうは大丈夫なのかよ?」
「イメトレのレベルでは、かなり形にはなってはいたけど、後は実際に触れてみてかな」
ここまでやってきたリハビリは、あくまでも僕のイメージトレーニングだ。
実際のギターが想像以上に難しいというのは、僕は嫌というほど知っている。
むしろ、ここからが本当の始まりだろう。
どこまで腕が落ちているのかを知るのはかなり怖いところではあるけど。
「本当に、色々心配かけてごめんね」
「……色々複雑だけど、無事でよかったよ」
「うん、私も同じ気持ちだよ」
中井さんの言葉に賛同するように、花音さんやみんなが頷いて答える。
「私としては、その節約術っていうのに興味があったりするんだよね」
「まあ、色々思うことはあるけど、やっぱり無事なのが一番ね」
全員の表情には、怒りのようなものはなく、ある程度の理解はしてもらえたんだと思う。
(それでも、全部は言ってないけどね)
前の出来事のことを話す際、僕は自分の望みや男性のことなどについては口にしていない。
後者はともかくとして、前者は話した瞬間に引かれてしまうのが目に見えているからだ。
僕のやったことは、殺し屋に殺害を依頼するようなものだ。
まあ、向こうもそれ相応のことをしてくれたわけだから、釣り合ってはいると思うが、できればこのことは墓場まで持っていきたい。
「皆」
それでも、僕が言うのであれば。
「ただいま」
それくらいだろう。
『おかえりっ!』
そして、僕の言葉に温かい言葉が返ってきた。
こうして僕は、本当の居場所であるみんなのところに戻ることができたのであった。
「むぅ……」
「えっと……」
僕はこの日、二度目の困惑するような状況になっていた。
そう、僕のことをジト目で見ている紗夜によって。
「紗夜はどうしてむくれてるんだ?」
「……わからない?」
心なしか紗夜の視線が、さらに鋭くなたような気がする。
「……もしかして、ギターのこと?」
心当たりは十分すぎるほどある。
あえてぼかさずに言った、ギターを教えた少女の話。
あれが原因だろう。
ギターを教えたことに怒っているのではない。
どちらかというと
「一樹君は、ギターを弾いている女の子は誰でも教えるのね」
つまり、そう言うことだ。
確かに、紗夜からすればあまり気分がいいことで花かもしれない。
普通であればまだしも、その時は僕が死んだと思って悲しみの中にいたわけだし。
そのための電話だったのだが、それも紗夜には夢幻のように思われているとなると、あまり意味をなさないだろう。
「一樹君、これはさすがに一樹君が悪いよ」
「そうね、リサの言うとおりね」
「一君の節操なし」
そして浴びせられるその場にいる者たちからの避難や咎める声もまた仕方がない。
「修羅場♪ 修羅場♪」
でも、その横でこの状況を楽しむ某妨害レンジャーのメンバーには、なぜか怒りがわいた。
……逆ギレなのは分かるけど。
結局この後、紗夜の機嫌が戻るのに夜になるまで費やしたことは言うまでもなかった。
しかも、お詫びにファミレスで奢ることになったりもした……Roseliaのメンバー全員分のを。
何とも締まらないなと思うが、それもまた僕たちらしいのかもしれない。
「はい。それでは、そのようにお願いします」
夜、自室で僕はそう言いながら電話を切る。
相手は相原さんだ。
今回の一件では色々と迷惑をかけたので、事情説明(さすがに超法規的措置のことは言えないので、トラブル解決に時間がかかったという風にしたが)を行い、今後の対応のお願いをしたのだ。
(これで、少しは状況が良くなればいいんだけど)
僕のお願いも、しょせんは時間稼ぎでしかない。
出来ればあとひと月でギターの腕を前の70%までにはさせたいところだ。
僕たちMoonlight Gloryの歩みを、これ以上止めぬために。
(それにしても、二か月も離れていると、なんだか新鮮に感じるんだね)
ここでの生活もすでに一年になるが、それがたった二か月場所を変えていただけで、ここでの生活が新鮮に思えてしまっていた。
だからとはいえ、家族の関係が悪くなるというわけではない。
義父さんも、僕の無事を喜んでくれたし、最初はむくれていた蘭もなんだかんだ言って僕が戻ってきたことを受け入れてくれた。
これに関してはみんなには感謝してもしきれない。
きっと、そのお礼はできないだろうけど、それでも感謝の気持ちだけは忘れないようにしようと、僕は心の中で決めたのだ。
「さて、それじゃ、いつも通りの日常を楽しみますかっ」
ついに明日からいつも通りの日々が始まるんだ。
僕は再び始まる日常に胸を躍らせながら、いつもより早めに眠りに就くことにしたのであった。
紗夜ルート完結まで、残り二話です。