そんなわけで、始まったデート(いや、もうデートじゃない)は……
「日菜、少し休ませて」
「だいじょーぶ? おねーちゃん、一君」
ものの見事に日菜さんに振り回される結果になった。
「大丈夫じゃないわよ……いったい何回ジェットコースターに乗れば気が済むのよ」
「本当に、勘弁して」
日菜さんは絶叫系アトラクションをすごく気に入ったようで、すでに10回以上はやっている。
同じアトラクションばっかり乗っているというわけでなく、ジャンルを往復しているだけなのだが。
そして、紗夜はともかく僕はそういうのは苦手ではないが、さすがにたくさん休みなしで乗っていればバテるのは言うまでもない。
「ごめんね、何か飲み物買ってくるね」
そんな僕たちの様子に、少しは反省したのか、日菜さんは申し訳なさそうな表情を浮かべながら飲み物を買いにすぐ前にある自販機に駆けていった。
「ごめんね、紗夜。僕が不注意なばかりに」
「大丈夫よ。これはこれで、いい思い出になるでしょ」
「……まあね」
日菜さんが一緒に行きたがった気持ちもわからなくもない。
阿久津たちの一件以来、遊びに出かけたのは今日が初めてなのだ。
日菜さんも、色々と大変だったというのは紗夜から聞いている。
それならば、今日は彼女のしたいようにさせてあげるのも、また罪滅ぼしになるのかなと思ったりもする。
「二人とも―! るんってする飲み物買ってきたよー!」
と、そんな時僕たちの飲み物を手に戻ってきた日菜さんから、僕は飲み物を受けとった。
(おでんは飲み物じゃないけどね)
まあ、体が温まるからいいかと、僕は日菜さんが買ったおでんと書かれた缶の口を開けるのであった。
それから、再び遊園地巡りを再開させた僕たちは、今度こそ遊園地のアトラクションを楽しんだ。
あれから日菜さんは反省したのか、絶叫系のアトラクションを控えめにしてくれた。
まあ、どのアトラクションでも大はしゃぎしてはいたけど。
そして夕暮れ時、僕たちは遊園地の締めとして、観覧車に乗っていたのだが……
「すぅ……すぅ……」
「すっかり寝てるわね」
日菜さんは乗るや否やすぐに眠りに就いてしまった。
元々観覧車に乗る前から眠そうにはしていたが、まさか乗ってすぐに寝るとは思いもしなかった。
「それだけ疲れたんだろうね」
今日一日中ハイテンションではしゃいでいた日菜さんの様子からも、十分に言える。
日菜さんに膝枕をしながら頭を撫でている紗夜の表情はとても柔らかく、どこか母親のような印象を感じた。
「どうしたの? さっきから私のことを見てるけど」
「いや、紗夜は本当にいい姉だなって思っただけだよ」
「私は、いい姉ではないわよ。少なくとも、胸を張って言えるほどは、ね」
そういう紗夜の表情からは、どこか後悔の念を感じる。
確かに、再会した頃の彼女は、日菜さんに対してかなり冷たい態度をとっていたこともあった。
それでも、今は少しずつ彼女と向き合っている。
「だったら、二人で一緒にそう言えるようにしよう。僕もそう呼ばれることになるだろうから」
「一樹君、それって……」
「……あ、いや」
驚いた様子の紗夜さんに言われて、はじめて気づいたが、僕は今ものすごいことを口走ったかもしれない。
あの内容は、どう見てもプロポーズと解釈されても仕方がない。
「違う、のですか?」
「そういうわけじゃなくて。まだ僕たちは学生なんだよ? だから……その……」
紗夜の悲しげな表情に、僕は慌てて取り繕うとするが、どう言えばいいのかが全く見当がつかなかった。
そんな僕の様子を見た紗夜は、くすくすと静かに笑い始めた。
「ごめんなさい。ちょっとからかっただけよ」
「……もぅ、勘弁してよ」
先ほどまでの慌てようから、僕は脱力してしまった。
「でも、私たちが卒業したら、今度はちゃんと口にしてほしいわ。そうしたら、私もちゃんと答えるわ」
「……ちなみに、今聞いても?」
「ええ。私の答えは、もちろん」
そう言うと、紗夜は静かにこちらに体を寄せてきて、そのまま顔を近づけると
「ん……」
静かに、唇を重ねた。
「ぷはぁ……」
それがどれほどの長さかはわからないが静かに顔を離した紗夜さんの表情は、どこか色っぽく、大人のような印象を感じた。
「喜んで」
そして、柔らかい笑みを浮かべてそう答えた。
その後、観覧車を下りた僕たちは、一向に起きる気配のない日菜さんを僕が背負う形で、紗夜の家に帰ることとなった。
「それじゃ、また明日」
「ええ、また明日ね」
そう言って僕たちは家の前で別れると、僕は帰路につく。
(今日は夜空がきれいだ)
少しずつ寒くなるこの季節。
それでも僕の心は温かく、どこか幸せな気持ちでいっぱいだった。
これからも、僕の隣には紗夜がいるだろう。
そして、彼女と一緒ならば、きっと静かで穏やかな未来を紡げるのではないかと、僕は確信していた。
「あ、流れ星」
そんな時、空に見えた流れ星を見つけた僕は足を止めると、目を閉じて願い事を心の中で唱えた。
(願わくば、紗夜との未来が幸せでありますように)
と。
それは、意味がないことなのかもしれない。
自分自身で何とかしなければいけないことなのかもしれない。
(僕のほうも、問題は山積みなんだよな)
例えばギター。
この間、実際にギターを弾いてみたが、やはり僕の予想通り、大幅に腕は衰えていた。
指が思うように動かないのは何とかなったが、それでもまだ鈍い感じがある。
現状、前の40%ほどまで腕が落ちているとみて、間違いないだろう。
Moonlight Gloryのほうは、事務所から僕が交通事故にあって右腕を怪我したという偽の情報を流してもらった。
大したけがはなく、全治一か月という感じにしているので、マスコミ関連は大丈夫そうだというのが、相原さんの見解だ。
僕は、この一か月の間に70%まで回復させる必要があるわけだ。
そのような状況だからこその願い事だ。
それでも、この願いが自分に対しての一種の誓約になれば……その思いで、僕は願いを込めたのだ。
この先何があっても、彼女を幸せにするというその誓いを胸に刻むように、僕は再び足を進めるていくのであった。
紗夜ルート『隣の秀才』 完。
ということで、今回の話を持ちまして、紗夜ルートは完結となりました!
約三か月にも及ぶ紗夜との物語は、いかがでしたでしょうか?
読んでいただけた皆様にご満足いただければ幸いです。
さて、ここからが本題です。
少々長くなってしまいますが、お付き合いいただけると幸いです。
紗夜ルート完結を持ちまして、本作の色々な個所の変更を行わせていただきます。
主な変更点は下記のとおりです。
・各ルートへのリンクの設置
・一部章の表記をわかりやすく変更
順番にご説明いたします。
まず、『各ルートへのリンクの設置』ですが、こちらはこの後書いていくことになる、日菜との物語に向けたものでございます。
分岐点である『第162話』において、それぞれの読みたいルートを選択していただけることで、読みたい人物のルートの話をダイレクトに読めるようにいたします。
書いていく順番としては『紗夜ルート(今ここ)→最終章に向けた話→日菜ルート』になります。
これに伴いまして、日菜ルートの話数表記を『1話』から始めさせていただきます。
リンクの設置は、本作の最終章が終了し、日菜ルートの話が始まった時点を予定しております。
次に、章のほうですが変更するのは『第四部』の表記です。
こちらを『紗夜ルート 隣の秀才』に変更いたします。
これによって、さらに誰の話かが分かりやすくなるのではないかと思います。
こちらは本日中に行わせていただきます。
読者の皆様には混乱とご迷惑をおかけしてしまいますが、ご了承のほどお願いいたします。
最後に、紗夜ルートを読んでいただいた皆様に感謝の意を述べて、あとがきを締めくくらせていただきたいと思います。
本当に、ありがとうございました。
そして、いつも恒例の次章予告を。
―――
大蔵たちが起こした事件を無事に解決した一樹。
だが、その代償の爪痕は深く残され、一樹は復帰に向けての練習に明け暮れていた。
そんな中、その練習をある人物に目撃されてしまい……。
次回、最終部 第1章『幻の誇り』