今回は新たに原作キャラが一人登場します。
それでは、どうぞ。
(やっぱり、相談しよう)
4月の下旬。
あと少しでゴールデンウイークという名の大連休が訪れようとしているある日の休日。
僕は、自室で一大決心をしていた。
「出てくれればいいんだけど」
正直、こっちから連絡したことは一度もない。
そのうえ、相手がどういう反応を示すのかはわからない。
下手すると、プロポーズレベルに緊張していた。
そして、僕はある人物に電話をかける。
「もしもし、奥寺君?」
「あ、突然ごめん。今大丈夫?」
電話に出た相手は、突然の電話に不思議そうな感じだった。
「うん、大丈夫だよ」
「実は折り入って相談したいことがあるんだ」
「相談……私なんかでいいのかな? 裕美ちゃんとかじゃなくて」
相談という単語を聞いた瞬間、電話に出た相手は不安そうに聞いてくる。
確かに、こういうのは幼馴染に相談するのが手っ取り早い。
だが、
「君だから相談したいんだ」
「うん、わかったよ。それじゃすぐに行くから商店街にある『羽沢珈琲店』っていう喫茶店で待ててもらってもいいかな」
「もちろん。ありがとう恩に着るよ」
正直ダメもとだったので、OKが出てただけでありがたい。
「ううん。気にしないで」
それじゃ、と言って僕は電話を切る。
僕はすぐに財布とスマホを手に自室を後にした。
「義父さん」
「なんだ? 一樹」
僕は出かける前にリビングにいる義父さんに声をかける。
「ちょっと友達に会いに行ってきます」
「そうか。あまり遅くならないように」
義父さんからの注意に、僕は分かりましたと答え、家を後にする。
玄関にある靴から蘭さんは家にいるようだ。
(とりあえず、鉢合わせになる前に出よう)
そして僕は美竹家を後にするのであった。
「商店街に来るなんて、久しぶりだな」
商店街に足を踏み入れた僕は、久しぶりの場所に周囲を見回す。
去年の今頃は不定期ではあったけど、ここに足を運んでいた。
でも、それも引っ越しとともに無くなった。
(奥寺の時のことを思い出しそうなのが嫌だったからなのかな)
ここの人たちは僕が”美竹”になったことを知らない。
だからここに来れば僕は奥寺に一時的にとはいえなることができる。
それでも、奥寺と呼ばれることには少しだけ抵抗があった。
それは、僕にとって奥寺というのはもう存在しない名前だからかもしれない。
「あ、山吹ベーカリーだ」
昔はお使いのたびに足を運んでいたお店も、夏の一件以来訪れていない。
お見舞いをしてくれたらしいので、お礼を言わなければいけないという気持ちはあるのだが、なかなかあそこに入る勇気は出なかった。
(とりあえず、目先の問題を解決してからにしよう)
いくつも問題が山積みだが、一つずつ解決するしかなかった。
(ん? いい香り)
そんな時、コーヒー独特の何とも言えない良い香りがした。
香りに導かれるままたどり着いたのは、商店街にある喫茶店だった。
「ここからだ。……なるほど」
店名を見ると、そこには『羽沢珈琲店』と書かれていた。
そこは彼女の指定されたお店だった。
(とりあえず、先に入ってコーヒーでも飲んで待とうかな)
店先で待っていたら相手がとても待ちましたと捉えそうなので、中に入って待つことにした。
「いらっしゃいませー」
中に入ると、そこにはここの制服だろうか、エプロンをつけた僕と同じ年代の栗色の髪の少女だった
「ちょっと人と待ち合わせをしているので、テーブル席を使ってもいいですか?」
お客の姿はまばらではあったが、一応待ち合わせをしていることを伝えて、テーブル席でもいいかどうかの確認をとる。
さすがにこういう話は顔と顔を見合わせておかなければいけないと思うし。
「はい。大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
とりあえず僕は、手ごろな席に座り、相手を待つことにした。
「こちらお水になります」
「失礼ですけど、おすすめを教えていただけませんか?」
何も頼まないのも失礼なので、ここのおすすめを聞くことにした。
「それでしたら、このコーヒーセットがおすすめですよ」
「では、それで」
”かしこまりました”と言ってお辞儀をすると、少女はパタパタと注文を伝えに駆けていく。
コーヒーは好きというわけではないが、嫌いでもない。
僕は待ち合わせ中ではあるが、これから出てくる品に胸を躍らせていた。
「お待たせしましたー。こちらが、コーヒーセットになります」
「ありがとうございます。それでは……」
ほどなくして運ばれてきたのはコーヒーとケーキだった。
ケーキは何の変哲もないイチゴのショートケーキだった。
(まずはコーヒーを)
コーヒー独特の香りを楽しみつつ、一口飲んでみる。
(少し苦いな)
ブラックなので当然かもしれないが、この味をおいしいと思うにはまだ舌を肥やす必要がありそうだ。
僕は苦みを消すべくケーキをフォークで切り分けると、それを口に入れる。
(こっちは甘っ)
ケーキはケーキですごく甘かった。
いつもならこの時点ではずれだと思うのだが、ふと違和感を感じた。
(なんだろう、甘さの余韻がない)
普通はすごく甘いものを食べると、それが口の中に残り続けるのだが、一瞬でその甘みがなくなったのだ。
(もしかして……)
僕はある仮説を立ててもう一口、ケーキを口に入れる。
やはりケーキは甘かったが、そこへ間髪入れずにコーヒーに口をつける。
(むっ……これは)
その瞬間、僕は驚きに固まってしまった。
「あの、どうですか?」
「すごく……おいしいです」
そんな僕の様子を不審に思ったのか、先ほどの少女が不安そうな表情で感想を聞いてくるので、僕は静かにそう答えた。
「ほ、本当ですか?」
「ええ。最初はコーヒーは苦すぎますし、ケーキは甘すぎるのであれだと思ったんですが。ケーキを食べてコーヒーを飲んだ瞬間に、ケーキの甘さをコーヒーの苦みがうまく打ち消したので、とてもいい余韻を感じることができました」
「良かったです」
僕の感想を聞いた少女は、ほっとしたようで、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
「実は、このケーキを作ったの私なんです」
「そうだったんですか!? それは大変お見それしました」
まさか目の真の少女が、このような逸品を作るとは思いもよらなかったのだ。
「あ、私は
「これはご丁寧に……って、羽沢というと……」
少女……羽沢さんが自己紹介をしたところで、僕は苗字がここの店名と同じことに気が付いた。
それを察したのか、羽沢さんは恥ずかしそうに微笑みながら
「ここ、お父さんが経営しているんです」
と付け加えた。
「なんと。そうとは知らず、無礼の数々大変失礼しました」
「い、いえいえ。そんなにかしこまらないでください」
だが、娘であるのであれば、このメニューの出来も納得がいく。
しっかりと計算されていたケーキから見ても、彼女のすごさはうかがい知ることができた。
きっとこれは、親から受け継いだ才能の一種なのかもしれない。
「あ、良ければあなたの名前を教えてもらってもいいですか?」
「おっと。これは失礼しました」
少し控えめな様子で名前を聞いてくる羽沢さんに、僕はお詫びの言葉を口にした。
相手の名前を聞いたら自分も名乗るのが礼儀だ。
「私は――――すみません、ちょっと失礼します」
名前を言おうとした瞬間に、それを遮るようになりだす着信音に、僕はスマホをポケットから出して相手を確認すると、羽沢さんに断りを入れつつ電話に出た。
「もしもし」
「奥寺君、助けて~」
電話に出た僕に開口一番で助けを求められた。
「もしかして、道に迷いました?」
「うん」
どうやら、彼女のある種の才能が今日も発揮されてしまったようだ。
「すぐに向かいますので、何か近くに目印とかありますか?」
「うん。えっとね……白いビルがあって、あと壁に赤丸印の看板がついているビルがあるよ」
(どこだよ!)
電話の相手の伝えてくる目印の場所がさっぱり思い浮かばない。
(いや、待てよ。ビルの壁に赤丸印の看板って、確か同じ模様の銀行が入っているビルがあったはず)
しかもその周辺には白っぽいビルもある。
(でも、あそこって隣の駅だったような……)
どうすれば隣の駅のほうまで行きつくのだろうかと、頭を抱えたくなるが、今回に限っては原因はこっちにあるので考えないようにした。
「すみません、待ち合わせている人が道に迷ったそうなので、ちょっと救出に行ってくるのでお勘定をお願いします」
「あ、はい!」
たぶんここの喫茶店にはもう来れないと察して、僕は会計を済ませると、羽沢珈琲店を後にするのであった。