「はぁ……」
僕は自室で一人ため息を吐く。
「言ってしまった」
後悔しているわけではないが、まだ胸の中がモヤモヤしている。
それもこれも、あの時のことが原因だ。
それは、ミーティングルームで、相原さんが去って行った後でのこと。
『一樹! どういうつもりだよ!! これに出ればお前の言う目的にまた一歩近づくんだぞ!』
僕の言葉を受けて、田中君が信じられないと言わんばかりの勢いで声を荒げる。
『そんなのは分かっている』
『なら、どうしてだ? 怖気づいたわけでもないだろ?』
僕の言葉を聞いて少しだけ落ち着いたのか、田中君は少しだけ静かな口調で問いかけてくる。
他のメンバーも何も言わないが、同じようなことを考えているような気がした。
『……ごめん、少しだけ考えさせて』
でも、僕はそんなみんなから視線を逸らすように言うと、そのまま逃げるようにミーティングルームを後にしたのだ。
田中君の怒りも十分理解できる。
それほどのことを、僕はやってるのだから。
(一体どうすれば)
僕は一人、悶々と考えるが答えは見つからなかった。
……いや、見つかってはいるんだ。
でも、それをやるだけの勇気が自分にはなかった。
(いろいろ変われたと思ったんだけどな……)
初めて恋人ができ、その後もいろいろなことがあって、僕も少しは変われたと思っていたが、根本的な部分はまだ変わってはいなかったようだ。
「僕の意気地なし」
挙句の果てがこれだ。
理由は分かっている。
それでも、それを何とかする勇気が出ないのだ。
僕は、そんな自分に呆れていた。
「あ、紗夜からだ」
そんな時、僕の憂鬱な気持ちを吹き飛ばすように鳴り響く着信音に、僕は相手が誰なのかがわかっていた。
まあ、着信音を紗夜だけ別のにしたので当然だが、それがなくともこの時間帯で何となく察しはつく。
「もしもし」
『ごめんなさい、大丈夫かしら?』
電話に出ると、いつものようにこちらの都合を聞いてくるあたり紗夜らしいなと思う。
「うん、全然大丈夫だよ」
『そう』
言葉からはそっけなさそうでも、その口調はどこかうれしそうであるのはうかがえることができた。
こっちに戻ってから紗夜とはほぼ毎晩、電話で話をしている。
学校があるということも重なって、二人っきりの時間が減ってしまったがためのことなのだが、僕はこのひと時を楽しみにしている。
話す内容は、その日お互いの学校であったことという何気ない日常風景が主だ。
『今日は日菜がごめんなさい』
「いきなり何?」
突然日菜さんのことで謝ってくる紗夜に、僕はどういうことかを聞く。
『日菜から、今日一樹君のギターを弾かせてもらったって話を聞いたのよ。それで、もしかしたら日菜が迷惑でもかけたんじゃないかって』
「大丈夫だよ。むしろ、いい刺激になったぐらいだから」
紗夜は僕の言葉に”そう”とどこか安心した口調で相槌を打った。
まあ、確かに色々と迷惑をかけられることが多いのは事実だけど、そのことはあえて言わなくてもいいだろう。
『あの……私も一樹君のギター、弾いてもいいかしら?』
「あはは、大丈夫だよ」
多分日菜さんが弾いたことに嫉妬をしているのか、ギタリストとしての血が騒いでいるのかのどちらかだろうなと思いながら、僕は即答で答える。
それから、紗夜ととりとめのない話をした。
『それじゃ、一樹君。また明日』
「うん、また明日」
と、いつものセリフを言って電話を切った時刻は、いつも僕が寝るくらいの時間だった。
(すごいというか、何というか)
これまで紗夜と電話をしていて、そこまで長電話をしたことはない。
話が続かないというわけでもなく、単純に不規則な生活にならないようにしているのだ。
現に、どんなに話し込んでいても日付が変わったことはなく、大体が同じ時間で電話を終わらしている。
そういうのもまた、彼女らしいなと思う一面だった。
「それじゃ、僕も寝ますか」
そして僕はそのまま眠りつくのであった。
「すぅ………」
それからしばらく経ったある日のこと。
この日、僕はいつもよりも緊張していた。
それは、日菜さんの言葉を受けて僕が思いついた策を試すためだ。
「よしっ」
そして、僕は演奏を始める。
それは、かなり前……HPの時に演奏した楽曲のギターソロだ。
最初は単調だが、次第に難しくなるそれは、正確なリズムキープと細かなストロークがカギになる、右手のリハビリにはうってつけの楽曲だった。
いつもは途中で音の勢いが落ちている個所。
そこを超えさえすれば、僕のこの作戦は成功ということになる。
やがて、その個所に差し掛かった。
僕は自分が持てるすべての技術を駆使してその場所を見事に超え、ソロパートを弾ききることに成功した。
「ふぅ……うん、いい感じだ」
これまでのリハビリの時よりはかなりいい音だったと思う。
僕が行ったのは単純で、”出したい音と同じ音を違う抑え方で出した”だ。
元々僕の愛用しているこのギターは、普通に弾こうとしても素直に出したい音を出さないへそ曲がりなギターだ。
そのため、どこを抑えればどんな音が出るのかを頭に叩き込むことになったのだが、これに要した時間は約半年ほどだ。
だが、その甲斐もあってか僕は、このギターのどこを抑えればどのような音が出るのかが正確に把握することができ、速弾きなどでは左手のほうを見ずとも正確に演奏ができるようにまでなったという経緯がある。
今回はそれの応用で、自分の出したい音でうまく対応できない個所を対応のできるフレーズで代用するというものだった。
無論、この方法はこのギターだから成立するのであって、普通のギターでは意味をなさない。
(とはいえ、今のところはこれで十分だ)
これまでの練習によるものか、右手の動きもだんだんと良くなってきているようにも感じる。
この分なら、近い将来右手はほぼ完治するだろう。
(うん。もう一回やろう)
今掴んだこの感覚をものにするべく、僕は練習を再開させることにした。
それを見ている者がいるとも知らずに。
もし、過去に戻れるのであれば、この時の自分を止めていただろう。
それは翌日の、Roseliaの練習でのことだった。
「どうかしら?」
「うん。いつも通り、いい感じだと思うよ」
演奏も終わり、湊さんから意見を求められた僕は、頷きながら応える。
「やったー! あこ、ちゃんとリズムをキープできてるか不安だったんですっ」
「あたしも、少し不安だったけど、一樹君のOKが出たってことは一安心ってことだね☆」
(いや、パーフェクトじゃないけど、現状の段階においてはいいという意味なんだけどな)
言葉足らずが原因なのは分かるけど、それでもこの喜びようは諫めるべきか何も言わないでおくべきか。
非常に悩ましいところだった。
そんなことを考えていた僕は、いつも通りの表情の湊さんの口から出た言葉に、固まることになる。
「それじゃ、”HYPER-PROMINENCE”としてではどうかしら?」
という、言葉に。
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