「それじゃ、セトリはこんな感じで問題ないかな?」
ついに海外ライブのために出国する前日にもあたるこの日、僕たちは事務所のミーティングルームに集まって、セトリの相談をしていた。
セトリは開催する国ごとに地味に入れ替えている。
最初に行く中国では、観客の反応を見るため、王道の曲を。
そこの反応を見て次の国からはここでやっているようなCの曲を入れつつ、反応が良ければ最後のロンドンでのライブで日本と同じ感じの曲をセトリでまとめていた。
ゆえに、用意されたセトリのパターンは5種類ほど。
練習は行ったが、どのセトリを使うかはライブ前のリハまで確定させないので、少々難易度は上がってしまうが、それくらいは軽く乗り越えなければいけない。
「で、例のやら何とかのほうはどうなんだ?」
「やらかしね」
「今のところこれといった反応はないみたい。エゴサの鬼にも確認してもらったから間違いない」
相変わらず名称を覚えようとしない田中君に森本さんがツッコミを入れているのをしり目に、僕は調べていた結果を答える。
この間エゴサの鬼こと丸山さんに、僕たちの海外ライブツアーについて調べてくれるようにお願いをしておいたのだ。
残念ながら、エゴサについては素人だ。
ならば、プロフェッショナルである丸山さんにお願いしたほうが手っ取り早いと判断したのだ。
無論、やらかし関連のことは説明はしていない。
ただ、ネットの反応を見てもらっただけだ。
それでも、丸山さんから何も言われていないので、物騒なことをほのめかすような書き込みや反応などはなかったようだ。
「よし。なら安心して行けるな。それじゃ、明日は現地集合ということで、体調を万全にさせておくこと。解散!」
田中君の号令で、僕たちは解散となり、それぞれが足早にミーティングルームを後にしていった。
そして、僕が最後に部屋の明かりを消して、ドアに鍵をかけてその場を後にするのであった。
「えっと……日用品はよし。ギターの弦は十分あるし……エフェクターもある。あと、譜面とパスポートと」
自宅に帰った僕は、ライブツアーで持っていく持ち物の最終確認をしていた。
着替えなどもキャリーケースに入れており、歯ブラシなどの日用品も十分用意できている。
変換アダプターを複数種類持つことになったのは、計算外だったけど。
他にもいろいろと重要なものをチェックしていき、準備を整えていく。
特にギターは環境の変化などでダメージを受ける可能性もあるので、調湿剤などは必須だろう。
他にも、不測の事態に備え、弦を張り替えられるように予備を大量に持っていくのも忘れない。
「よし……こんなものかな」
そいして、一通り確認を済ませた僕は一息ついた。
(このライブは、失敗できない)
今回決まった海外ライブツアーは、僕たちのもとに転がり込んできたステップアップのビッグチャンスだ。
これを逃す手はない。
「頑張ろう!」
僕は自分にカツを入れつつ、この日は少し早いが眠りに就くことにした。
翌日、ついに日本を出る日となったこの日は、文句なしの快晴だった。
僕は予定時間よりも早めに、成田空港に到着していた。
「うわぁ~、見て見て! あの石造とってもるんっ♪てするよ!!」
「日菜っ、あまり大きな声ではしゃがないの!」
……氷川姉妹と一緒に。
(紗夜は分かるんだけど、なぜに日菜さんまで)
特に約束をしていたわけではないが、朝家を出る時に紗夜と日菜さんが家を訪ねてきたのだ。
何でも見送りをしたいのだとか。
おじさんたちには許可は取ってあるらしく、僕が拒否する理由も特になかったので、一緒に行くことになった。
日菜さんからは”寂しくないでしょ”と、小悪魔のような笑みを浮かべながら言われたが、断じて寂しいわけではない。
……たぶん。
そんなわけで、氷川姉妹と一緒に成田空港まで来たわけなのだが、日菜さんはいつもよりもかなりテンションが高めだった。
止めようとする紗夜も、苦労しているようすだが、僕はあえて何もしないことにした。
(僕が言ってもかえって逆効果になりそうだし)
それは、これまでの経験が十分証明していたことだ。
「一樹さん、おはようございます」
「相原さん。おはようございます」
とりあえず、こちらはこちらであいさつを済ませておくことにした。
「おっす」
「お、おはよう」
「おはよう」
「おはよう」
そして相原さんに送れるように、啓介たちと合流できた。
「それでは時間まで、皆さんはこの周辺でお待ちください。私のほうは手続きなどをしてまいりますので」
『はいっ』
「……あれ、もしかして緊張してる?」
「う、うん」
相原さんはカウンターのほうに向かって小走りに向かっていくのを見届けたのか、日菜さんが中井さんに話しかけ始めた。
「なあ聡志、一樹。中国についたら何食おう?」
「……啓――「佐久間君、これはライブツアーではなかったのかしら?」――む」
啓介の発言に、ため息交じりに注意しようとしたところで、紗夜が口を開いた。
「大体、あなたはキーボードとしてまだまだ課題はあるはずです。それなのに、そのような考えでは向こうの方々に失礼ではないんですか?」
「お、おっしゃる通りです」
「第一、貴方のその軽い言動は皆さんの輪を不用意に乱すことにもなるんです。これから行くのは海外……もう少し慎重に行動されてはいかがです?」
「うわー」
「自業自得とはいえ、ちょっとかわいそうだな」
紗夜による説教に、体が見る見るうちに縮んでいくような感じの啓介に森本さんは顔を引きつらせ、僕と田中君は少しだけ同情していた。
啓介はたぶん、緊張をとるためにワザと軽口を言ったのだと思う。
だが、タイミングが悪かった。
「フォローしたほうがいいかな?」
「いや。あれはあれでいい薬だからほっとけ」
とりあえず、田中君のその言葉に従って、僕は放っておくことにするのであった。
「皆さん、そろそろ時間です。移動しましょう」
そんなこんなで少しすると、相原さんがこちらに戻ってきた。
「あ……」
相原さんと一緒に向かおうとすると、紗夜から悲しげな声が出てきた。
「……すみません。すぐに追いかけるので、先に言って待ってもらってもいいですか?」
紗夜の顔は少しだけ赤く、落ち着きなくあたりに視線を向けていたが、何となく彼女が望んでいることが分かった僕は、皆を先に行かせることにした。
「……わかりました。なるべくお早めに」
相原さんも、僕の言わんとすることを察してくれたのか、一言告げると、そのまま歩いて行った。
「あたしは向こうのほうにいよーっと」
そして日菜さんは日菜さんで、わざとらしく言いながら、こちらにウインクしながらその場を後にする。
「「………」」
そして残されたのは、僕と紗夜の二人だけだ。
紗夜はまだ顔を赤くしていた。
「気を……使われてしまいましたね」
「……みたいだね」
静かに口を開く紗夜に相槌を打つと、紗夜は僕にそっと抱きついてきた。
「気を付けて行ってきて」
「もちろんだよ」
「それじゃ………その」
僕の答えに、紗夜はさらに顔を赤くすると、上目づかいで僕のことを見て
「その証を……示してください」
「……うん」
紗夜の言わんとすることが分かってしまった僕は、目を閉じる彼女の口に自分の唇を重ねる。
「んぅ……」
そして、どれくらいそうしていたのか、静かに顔を離すと紗夜は顔を赤くしながらもどこかうれしそうな表情を浮かべていた。
「それじゃあ、行ってきます」
気が付けば、紗夜は僕から離れていた。
僕は紗夜にそう言って、今度こそみんなのところに駆けていくのであった。
その後、啓介たちに空港での紗夜とのキスのことでいじられることになるのは余談だ。
何気なく恋愛要素を絡めつつ、次回から海外ライブツアーの話になります。
読みたい作品は?
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1:ほかのヒロインとの話
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2:いっそのことハーレムを
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3:その他